第1540話 それぞれの欲のままに
エドゥが全身のツタを地面に突き刺した。
この行動が自分たちにとって危険だと直感した日向たち。
エドゥにトドメを刺すこともせず、わき目も振らずにその場から離れた。
直後、エドゥの周辺で異変が起こる。
周囲から緑色のエネルギーが湧き上がり、地面を伝ってエドゥのもとへ集まっていく。
そして同時に、エドゥの周辺のツタや雑草がみるみるうちに枯れていく。
道路に生えている草木も、建物の外壁に絡みついてるツタ植物も、何もかも。
枯れ果てたのは植物だけではない。
その上に立っていた人型ヴェルデュたち、虫類ヴェルデュたちもまた茶色に枯れて、死に絶えた。
エドゥを中心として、枯れた植物のエリアはどんどん広がっていく。
そして緑色のエネルギーもエドゥに集まり続け、先ほど彼が受けた傷が瞬く間に塞がっていく。
やがて、半径およそ百メートル以内の植物を全て枯らした後、エドゥは道路から自身のツタを引き抜いた。
自身の両手のひらを眺めながら、エドゥは恍惚とした笑みを浮かべる。
「くくく……くははははッ! すげぇ能力ダ! 身体の中に、溢れそうなくらいの力がみなぎっているのが分かル! この能力さえあれバ!」
言いながら、エドゥはロストエデンがいるであろう方角に目を向けた。
今の自分なら勝てる。そう確信した表情をしながら。
「この能力でもっとヴェルデュどもからエネルギーを奪って、俺はもっと強くなってやル。生きていれば、必ず逆転のチャンスは来ル。ようやくそのチャンスを掴む時が来たってわけダ! ははは、はははははァ!」
そしてエドゥは、逃げた日向たちを追いかけることなく、その場から立ち去った。
そんなエドゥの様子を、近くのビルの屋上から隠れて見ていた、一つの小さな人影。
その人物は全身がミイラのように緑色のツタで包まれ、そのツタの上から様々な色の花が咲き誇る、やたらとカラフルな人型ヴェルデュである。顔もツタと花に覆われ、顔は見えない。
『……エドゥ。わかったよ、きみの願いが……』
その小さなヴェルデュは、少年の声でそうつぶやいた。
◆ ◆ ◆
一方、こちらは日向たち五人の様子。
彼らは、立ち去っていくエドゥの様子を、植物が枯れ果てたエリアの範囲外から窺っていた。そして同時に、前方に広がる、大地そのものが殺されたような惨状を見て息を呑む。
「これは……さっきのエドゥの能力はいったい……?」
日向が唖然としながらつぶやくと、その言葉にスピカが答えた。
「どうやら彼の周囲から、植物もヴェルデュも関係なく、手当たり次第に生命エネルギーを吸収したみたいだねー。あのままエドゥくんの近くに居続けたら、ワタシたちも危なかっただろうね」
「これだけの範囲から一気にエネルギーを吸収したら、いったい一度にどれだけのエネルギーがあいつに集まるんだ……? エドゥは政府市庁舎で戦った時と姿が変わってた。たぶん、これまでヴェルデュと同じように進化したんだ。放っておいたら、今の能力を利用してエネルギーを集めて、どんどん進化してしまう……」
エドゥを放っておけば、さらに強くなって、再び日向たちの前に立ちはだかるかもしれない。彼がこれ以上強くなる前に排除しておきたいところではあるが、ここで本堂が口を開く。
「しかし、日影をそのままにしておくわけにもいかん。いくらあいつでも、ロストエデンとヴェルデュ化した北園を同時に相手取るのは難しいはずだ」
「どうするヒューガ? またグループを二つに分ける? ヒカゲを助けに行くグループと、エドゥを追いかけるグループで」
シャオランがそう提案したが、日向は少し考え込んだ後、首を横に振った。
「いや……エドゥは追いかけない。俺たちはこのまま全員で日影の援護に向かおう」
「追いかけないの!? 大丈夫かなぁ……」
「どのみちエドゥもヴェルデュ化しているのなら、ロストエデンの本体であるレオネ祭司長を倒せばカタがつく。日影を助けて、ロストエデンと北園さんの相手をしつつ、少しでも早くコーネリアス少尉にレオネ祭司長を狙撃してもらう。エドゥが自分の進化に夢中になっている間に終わらせるんだ」
「な、なるほど。今、エドゥもボクたちを追ってこないってことは、しばらく進化に集中するつもりってことだろうしね。猶予はあるってことだね」
日向の考えを聞いて、納得した様子のシャオラン。
彼の師匠であるミオンもうなずいている。
「良い考えだと思うわ日向くん。それじゃあさっそく行きましょう……と言いたいところだけど、その前に一つ、伝えておきたいことがあるの」
「え、なんですか?」
「さっきエドゥくんと戦っていた最中にね、彼とは別の何者かの気配を感じたのよ。高いところから私たちの様子を見ているようだった」
「何者かの気配? ヴェルデュですか?」
「たぶんヴェルデュだとは思うのだけど、そんなに殺気は感じなかったのよね。仮に北園ちゃんやレイカちゃんだとしたら、私たちにもバリバリに殺意を向けてくるだろうし」
「うーん、何なんでしょう? その気配は、今どこに?」
「さっきのエドゥくんのエネルギー吸収の時、巻き込まれないようにどこかへ逃げちゃったみたい。もう見失っちゃったわ。ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください。俺なんか気配どころか、そんなのがいるなんて夢にも思わなかったんですから。ありがとうございますミオンさん」
気になる情報ではあるが、どのみち今は日影の援護が最優先だ。
新手の敵に注意しつつ、日向たちはその場から移動した。
◆ ◆ ◆
そしてこちらは、日向たちとは別行動中のジャック、コーネリアス、エヴァの様子。
三人はこのリオデジャネイロの街でも特に高いタワーマンションの屋上を確保し、そこから街を眺めている。特にエヴァはレオネ祭司長の気配を探るため精神を集中し、ジャックたちより鋭く険しい表情をしていた。
やがてエヴァが、ジャックたちに声をかけた。
「……見つけました。方角は私が向いている方向。ここからおよそ……六百めーとるの位置です。単位は『めーとる』で合ってますよね?」
「オーケー、でかしたエヴァ。単位はメートルでもマイルでもどっちでもいい。最悪、方角さえ分かりゃ、コーディはやってくれるぜ」
「任せロ。人間サイズの標的なら七百メートル以内なら確実に撃ち抜けル」
そう宣言しながら、コーネリアスは対物ライフルのスコープを覗き込む。
スコープの中のレオネ祭司長は、当然ながらコーネリアスに狙われていることなどまったく気づいていない様子だ。日影と戦っているであろうロストエデンがいる方角を見つめている。
「よシ……撃つゾ」
……が、その時だった。
コーネリアスが引き金を引こうとした、その直前。
タタタタタ、と三人の背後で何者かの足音が。
足音はかなり速く、そして三人に近づいてきている。
この足音が聞こえた時には、音の主はもう三人のすぐ後ろに。
足音の主はレイカだった。
ダッシュの勢いを緩めることなく、コーネリアスに斬りかかった。
「はぁっ!!」
しかし、そのレイカをジャックが横から蹴り飛ばし、コーネリアスへの斬りかかりを阻止する。
「させるかッ!」
「おっと……!」
ジャックに蹴り飛ばされたレイカだが、ほとんどダメージはない。
足でブレーキをかけて、蹴り飛ばされた身体を止める。
そして彼女は、改めて三人に向かって高周波ブレード『鏡花』を構えた。
「狙撃はさせませんよ。ロストエデンは守らせてもらいますから」