第1539話 望まぬ再会
日影の援護に向かう日向たち五人だったが、その途中でヴェルデュ化したエドゥと遭遇してしまった。
政府市庁舎でエドゥと戦った時から、まだ一時間くらいしか経過していないはず。それなのに、エドゥは一時間前とは似ても似つかない姿に変異している。
ツタで覆われた彼の肉体は分厚く、筋肉質になっており、身長も伸びているようだ。黒っぽい短髪だった頭には、触手のように蠢く緑の長髪が生えている。
日向が切断したはずのエドゥの左腕も、それより前にレイカに切断された右腕のように、ツタで造られた義手のようになって再生していた。しかしその左腕は、右腕よりもやや肥大化しており、左右非対称で異形感が増している。
そんなエドゥは現在、右手で人型ヴェルデュの顔面を鷲掴みにして引きずっている。そのヴェルデュはカラカラに干からびたような姿になっていた。恐らくは政府市庁舎でエドゥに襲われた生存者たちのように、このヴェルデュもエドゥにエネルギーを奪われてしまったのだと思われる。
「そこいらのヴェルデュを手当たり次第に食らいまくってたら、いつの間にかこんなにパワーアップしちまったゼ。これだけの力があれば、今度こそお前らを皆殺しにできル!」
「どけエドゥ! お前の相手をしている暇はないんだ!」
「ぬかセ! お前にぶった切られた左腕が今も疼くんだヨ! お前を殺さねぇと、この怒りと痛みはきっといつまでも収まらねェ!!」
そう言うとエドゥは右腕から触手のようなツタを複数本生やし、それを日向たちめがけて振り上げ、叩きつけてきた。
その予備動作が大きかったので、エドゥのツタが振り下ろされるよりも早く、日向を含めて全員がその場から飛び退いて回避。
エドゥが叩きつけたツタの触手は、アスファルトで舗装された道路を抉るほどの威力だった。それだけでなく、少なくとも日向の動体視力では捉えきれなかったほどのスピードで振り下ろされた。
「全然見えなかった……。とんでもない速度の触手だぞ……」
「ははハ! これだけじゃねぇゼ!」
エドゥは、今度は左の手のひらを日向へ向ける。
その手のひらの中心に、緑色のエネルギーが集まる。
「それは……ロストエデンも使う、”生命”のエネルギーを攻撃に利用する技か……!」
「消し飛びやがれぇェッ!!」
エドゥが日向に向けて緑色のエネルギー弾を発射した。
日向はエドゥに接近しながら『太陽の牙』を振り下ろし、このエネルギー弾を真っ二つに切り裂く。二つに分かれたエネルギー弾は日向を両脇を通過し、彼の背後のビルに着弾して大爆発を起こした。
そのままエドゥに接近する日向。
しかしエドゥは、右腕の触手のツタを収束させ、大きな右手のように変形させ、その変形させた右手を日向に向かって振り上げた。
「わざわざ近づいてきてくれてありがとヨ。ひねり潰してやるよ、雑魚ガ!」
……が、そのエドゥの右から、放たれた弓矢のような速度で本堂が飛んできて、エドゥのわき腹に強烈な飛び蹴りを食らわせた。
「はっ!」
「ぐぅッ!?」
今の本堂の蹴りを並の人間が喰らえば、一撃でわき腹は砕かれ、十メートル以上は吹き飛ばされていただろう。
しかしエドゥは数メートルほど後ろへ押し下げられただけだった。わき腹が粉々になったような様子もまったくない。
「クソッたれガ! 邪魔しやがっテ!」
「随分と打たれ強くなったものだな」
「そうサ! もうお前らの力なんか借りずとも、俺は戦えル!」
そう言ってエドゥは右腕の触手を伸ばしたが、あらゆる生物を凌駕した反射神経を持つ本堂は、この触手を軽々と回避する。
するとその隙に、今度はシャオランがエドゥの左から接近。
震脚で踏み込み、渾身の右正拳を繰り出す。
エドゥもとっさに反応し、これはガードされる。
「ちッ!」
「確かに強くなったけど、まだまだ経験不足だね! 強い力を持っていても、それをただ振り回すだけじゃ限界がある!」
「るっせぇッ! 偉そうなこと言いやがっテ!」
エドゥは髪の毛を動かして、無数の触手のようにシャオランを捕まえにかかる。この数の触手に囚われたら、一瞬で生命エネルギーを吸い尽くされてしまうだろう。
だがシャオランは、触手に捕まるよりも早く、その場で踏み込んで鉄山靠を繰り出した。
「やぁッ!!」
その鉄山靠の勢いたるや、踏み込みの際にアスファルトの道路が砕けたほど。
これをまともに受けたエドゥは、強烈な衝撃と共に吹き飛ばされる。
「ぐふァ!?」
後頭部から道路に落下し、その勢いで一回後転。
うつぶせになる形でエドゥは倒れた。
怒りと、痛みへの忍耐で、エドゥは身体をワナワナと震わせつつ身を起こす。
「この……カスどもがよぉぉッ!!」
エドゥがそう叫ぶと、彼の全身から生えている触手のようなツタが蠢き、その先端に”生命”のエネルギーを宿す。そして、全方位に向けて緑色のビームを乱射してきた。
ビームが着弾した時の爆発は小規模だが、それでも建物の外壁に命中したら、そのコンクリート製の外壁に穴を開けるほどの威力を見せる。これでは迂闊に近づけない。
日向たちはそれぞれ建物の陰に身を隠し、エドゥの攻撃が終わるのを待つ。
日向とスピカは一緒にエドゥの様子を覗き見ている。
「エネルギーを射出している以上、そのエネルギーも無限ってわけにはいかないはず。待っていれば、いつか息切れするぞ」
「ところで日向くん、こんな時になんだけどさ」
「はい? どうしましたスピカさん?」
「エドゥくんの欲望って、何だと思う?」
「エドゥの欲望? それは……」
最初、日向はそのスピカの質問に「エドゥの欲望は俺たちを抹殺すること」と答えようとした。
しかしその直前、政府市庁舎でのエドゥの様子を思い出す。
彼はヴェルデュになったものの、それでも彼なりに生存者を守ろうとしていた。
さらにもう一つ思い出す。
日向たちが初めて会った時のエドゥは、食っては寝て、同年代の女子たちを侍らせ、贅沢の限りを尽くしていたという。
「エドゥの欲望……欲望……うーん?」
「気づいた? エドゥくんの欲望って、北園ちゃんやレイカちゃんと比べてたくさん……というか、一貫してないように感じるんだよねー」
「でも、それって結局、叶えたい欲望が複数あるってだけじゃないですか? 人間ならそれくらい普通でしょ?」
「それはそうだと思うけど、レイカちゃんがヴェルデュになった時にさ、言ってたじゃん? あの子みたいに人間の時の知性と人格をそのまま残すヴェルデュは『適性』によってなれるかどうかが決まるって。その『適性』だけど、ワタシは『ヴェルデュになってでも貫きたい強い欲望が一つ、あるかどうか』だと思うんだよね」
「一つ、ですか……?」
「うん、一つ。あれもこれもと欲張っても、効果的な進化はできない。進化の道筋は一つに特化させた方が効率が良い」
「レイカさんはアカネさんに代わる友達が欲しかったから、その友達を具現化できるように”二重人格”の超能力が変質した。北園さんは俺のために日影を倒そうと思って、ただひたすらに強くなった。確かにスピカさんの推測は理にかなってますね。でもエドゥは……」
「『生存者を守る』と『日向くんたちを殺す』。この二つだけなら北園ちゃんみたいに『力が欲しかった』って欲望なんだろうけど、最初の『ただ怠けていたい』っていうのが分からないんだよねー……。仮に強い力を手に入れたら、皆に頼られちゃって、怠けるどころじゃなくなるよね?」
「ですよね……。ところで、どうしてこの状況でそんな話を?」
「そのエドゥくんの欲望が分かれば、彼の戦い方とか弱点とか、色々分かるんじゃないかなって思ったんだけど、これはちょっと無理そうだね」
「ですね。そもそも、確かにエドゥも強くなりましたが、俺はともかく、他の皆ならこの程度、正面突破でもどうにかできますよ」
「そこに隠れてやがるなァ!!」
エドゥが日向とスピカの存在に気づき、二人が隠れている建物の陰に左の手のひらを向けた。”生命”のエネルギーを凝縮した光線を撃ち出し、二人を消し飛ばすつもりだ。
しかし、そのエドゥの左手首を横からミオンが捕まえて、引っ張り、彼の肘関節を左掌底で打ち上げた。
「はいっ!」
”拳の黄金律”まで合わせた、容赦のない一撃。
打ち上げられたエドゥの肘が、曲がってはいけない方向に曲がる。
「あっガぁァぁッ!?」
「良い音したわね~。もう一回いっちゃう?」
「くああア!! 触るなァ!!」
ミオンの手を振りほどこうと、エドゥは左腕に力を込める。
しかしそれと同時に、ミオンがエドゥに足払い。
「それっ」
「うッ!?」
ミオンの手を振りほどこうとした勢いもあって、エドゥの身体が宙に浮く。
その宙に浮いたエドゥを、ミオンは右かかと落としで叩き潰した。
「せいやっ!!」
「ごはぁァ!?」
ズンと地鳴りが響き、三トンのトラックが落下してきたかのように道路がひび割れ、周囲にいた日向たちの足元にも震動が伝わるほど、ミオンのかかと落としは凄まじい威力だった。
そんなミオンのかかと落としと、固い道路の板挟みになったエドゥ。
ミオンの足元で、白目を剥いて悶絶している。
「げほッ……! ご、あァ……!?」
「北園ちゃんが……私たちアーリアの民の最後の姫がヴェルデュになってしまった、その最後のきっかけを作ったのはあなた。それについては私たち、すごく怒ってるの。覚悟……できてるわよね?」
倒れているエドゥを、皆が取り囲む。
今度こそ彼にトドメを刺すつもりだ。
……その時。
両手と両膝でどうにか身体を起こしたエドゥが、叫んだ。
「ああ……あああアあアあメンドくせぇメンドくせぇぇェッ!!」
そして、エドゥの全身から生えているツタが一斉に伸びる。
このツタで攻撃を仕掛けてくるつもりか。
そう思い、身構えた日向たち……だったが。
伸びたエドゥのツタは、日向たちの周囲の道路に刺さった。緑化現象によりツタと雑草だらけになったアスファルトの道路に。
「い、いったい何を……」
日向がそうつぶやいた、その瞬間。
全員が、脳内に電流が迸ったように直感した。
ここから逃げなければマズい、と。