第1537話 孤軍奮闘
日向たちが飛空艇にいるころ、日影は一人でロストエデンの相手をしていた。
背中の六枚の白い花弁を、孔雀の尾羽のように展開したロストエデン。
その展開した花弁から緑色の粒子……ロストエデンの細胞を前方にまき散らす。
細胞拡散の規模は相当なもので、およそ一キロ先まで緑の粒子が広がる。その粒子の範囲内には、ビルの屋上でロストエデンの様子を窺っていた日影も捉えられている。
「ちッ……!」
すぐさま日影は”オーバーヒート”を使い、そのビルから退避。
そのまま音速飛行で細胞拡散の範囲外へと逃れた。
直後、まき散らされたロストエデンの細胞が淡く輝き出し、緑色の大爆発を巻き起こした。細胞拡散の範囲内、ロストエデンの前方およそ一キロ、その中に含まれていた全ての建物が粉々に吹き飛ばされる。
ロストエデンの細胞爆発を回避した日影は、”オーバーヒート”を維持しながらロストエデンの方に向かって進路変更。あっという間に間合いを詰めて、ロストエデンの右肩を切り裂いた。
「るぁッ!!」
音速の勢いと日影自身の火力により、日影が持つ『太陽の牙』の刀身の長さ以上にロストエデンの右肩が大きく焼き斬られる。
しかしロストエデンは悲鳴の一つも上げず、四つん這いの体勢のまま微動だにしない。日影の攻撃がちゃんと効いているのかどうか心配になりそうなほどに静かだ。
「一発でダメなら、何度だってぶった斬ってやるッ!」
日影はUターンし、ロストエデンの背後から再び斬りかかる。
しかしその瞬間、ロストエデンは両膝で立ち上がり、背後から迫る日影を狙って右の裏拳を繰り出した。
ロストエデンの裏拳の精度は完璧。
音速で飛んでくる日影の進路上に、ピッタリ日影がやって来るタイミングで拳が振るわれる。
あわや直撃、かと思われたが。
日影はロストエデンの裏拳を下からくぐり抜け、そのままロストエデンの右わき腹を切り裂いた。
「あっぶねぇな! あのデカさのクセして、良い動きしやがる! 『デカいヤツは動きが大雑把』なんて認識はコイツには通用しねぇな!」
いったん呼吸を整えるため、日影はロストエデンから少し離れたビルの上に着地。
だが、日影が着地した瞬間、そのビルが爆音と共にいきなり崩れ出した。
「うおッ!?」
ロストエデンがビルの下に緑色の蕾を咲かせ、ビルの基盤ごと爆破したのだ。予想外の緊急事態に、日影もすぐには対処できない。
その隙にロストエデンが急接近。
身体を大きく伸ばして、崩壊するビルごと日影に右拳を振り下ろした。
「ぐッ!?」
岩山に押し潰されるような衝撃。
しかし、ロストエデンの拳と地上の土に挟まれる前に、日影は”オーバーヒート”でロストエデンの拳の下から脱出した。
日影が脱出し、ロストエデンの拳だけが大地に叩きつけられる。
ロストエデンも日影を仕留め損ねたことに気づき、逃げた日影の方に視線を向ける。
日影はロストエデンの右側に移動しており、そのままジェット機のようにロストエデンに接近。その際、剣を二回振るって火炎を射出し、ロストエデンに牽制の攻撃を仕掛けた。
これに対してロストエデンは、右腕で身体を支えつつ左の手を日影に向ける。
そして、ロストエデンの左の手の平から緑色の光線が放たれた。
ロストエデンが持つ”生命”のエネルギーを凝縮し、攻撃のために放出したものだ。
ロストエデンが放った光線は、まさに怪獣が放ったそれのように巨大で大迫力。日影が放った二発の火炎を難なく吹き飛ばし、その先の日影へと迫る。
日影はすぐさま高度を上げて、ロストエデンの光線を飛び越える。
光線は日影の背後のビル群をまっすぐ貫き、まとめて倒壊させた。
ロストエデンの光線を飛び越えた日影は、そのまま真下のロストエデンめがけて急降下。この勢いでロストエデンに激突するつもりだ。
「おぉぉぉぉッ!!」
……が、ロストエデンは背中の白い花弁から細胞をまき散らす。
真上にまき散らされた細胞は、ちょうどロストエデンに接近していた日影を包み込んだ。
「くそッ……!」
そして、ロストエデンの細胞が爆発を起こす。
日影も巻き込まれてしまい、その姿が緑色の煙幕の中に隠れてしまう。
しかし、日影はその細胞爆発に耐え、煙幕の中から飛び出し、ロストエデンの背中に激突した。
「”落陽鉄槌”ッ!!」
速度、火力、入射角。
その全てが完璧だった、日影の最高火力。
激突による爆発の衝撃で、周囲のビルの窓ガラスが一斉に割れた。
これにはロストエデンもたまらずダウン。
四つん這いのまま体勢を崩し、頭が地面についた。
「よっしゃ、今のうちにダメージを稼いでやる……!」
日影はまだロストエデンの背中の上にいる。
今、ロストエデンは体勢を崩して隙だらけなのを日影も察知している。
この間に背中を斬りつけまくり、ロストエデンを少しでも弱らせようとした。
だが、それは叶わなかった。
すぐに日影の周囲に緑色の粒子が舞い始めたからだ。
「さすがにゼロ距離だと、細胞が届くのも早ぇな!」
追撃は諦めて、日影はロストエデンの背中の上から”オーバーヒート”で脱出。
その直後、先ほどまで日影が立っていたロストエデンの背中の上で爆発が起こった。
ロストエデンは細胞爆発で日影を追い払ったが、まだ体勢は立て直せていない。いまだに上体は地面に倒れ込んでいて、日影を視界に捉えてすらいない。
すぐにもう一度、ロストエデンに追撃を仕掛けたい日影。
しかし、また近づいたところを爆破されるのは避けたい。
いったんロストエデンを観察し、近づけそうなポイントを探る。
「……というか、飛空艇に向かった連中はまだ戻ってこねぇのか? このままじゃオレ一人でロストエデン倒しちまうぞ? いや、アイツを直接倒したら復活するから、倒すわけにはいかねぇんだが。だがオレ一人じゃレオネ祭司長は見つけられねぇ。せめてエヴァだけでも戻って来てくれねぇと」
ロストエデンの様子を窺いつつ、ぶつくさとつぶやく日影。
だがその時。
日影の頭の中で、バチィッと電流が流れたような感覚が走る。
「ぐッ……!?」
その一瞬で、日影の意識はブラックアウト。
目から光が消え失せ、その場に倒れてしまった。
しかし”再生の炎”が即座に働き、死亡する寸前で意識を取り戻せた。
手足が震えるが、どうにか力を入れて立ち上がろうとする。
「な、何だったんだ今のは……? 脳ミソが電気で焼かれたような感覚だったが……」
そんな日影の脳髄に、また先ほどと同じ痛みが襲い掛かる。
彼の全身がビクリと跳ね、再び身体から力が抜けてしまう。
「がッ……!?」
今度こそ意識が飛ぶ。
その直前、日影の目の前、ぼやける視界の中に誰かがいた。
「き……北園……?」
「ふふ……ふふふ……! 今の私なら日影くんにも勝てる……! これで日向くんを助けられる……!」
恍惚とした笑みを浮かべる、ヴェルデュ化した北園。
そして、日影はそのまま倒れ、動かなくなってしまった。