第1536話 真の原因
コーネリアスの説得を受けて、日向は再び立ち上がった。
そしてちょうど、甲板からスピカと共に本堂も戻ってきた。
「あ、本堂さん」
「む、日向……。先程は、すまなかったな……」
「いえ、本堂さんの言うことも正しかったですし……。それで、その、俺も覚悟を決めました。こうなった以上、北園さんとは決着をつけないと」
「無理はしていないか? 先の俺の言葉を気にしているのでは?」
「いえ。ただ、また別の喝を入れてもらいました」
「そうか。それがお前の決断なら、尊重しよう」
珍しく強烈な衝突をした日向と本堂だったが、無事に仲直りできたようだ。
そしてようやく我に返ったのか、今さら日向は気恥ずかしそうに本堂から目を逸らす。
そんな二人の様子を見ながら、ジャックがコーネリアスに声をかける。
「アンタがあんなこと言うなんてな。珍しいこともあるモンだ」
「ヒュウガへの話のことカ。俺が他人を説得するのガそんなに珍しかったカ」
「少なくとも俺は初めて見たね。そして、この中じゃアンタ以外誰も……たとえマードックが生きてたとしても、同じような言葉はかけられなかったと思った」
「そうカ」
「もしもあの時、アンタがマードックの代わりにグラウンド・ゼロに自爆しに行ってたら、こんな展開にはならなかっただろうな」
「俺が生き残ってしまった責任ヲ、少しは果たすことができただろうカ」
「おつりが来ると思うぜ」
「そうカ」
それから今度はエヴァが本堂のもとにやって来て、彼に自然治癒力向上の能力を行使。先ほど北園から受けたダメージを回復させる。
「助かる、エヴァ」
「どういたしましてです。良乃が離脱してしまった以上、私が皆さんの回復係です。張り切らなければ」
そして本堂は、エヴァから治癒を受けている間、何やら物思いにふけっている様子だった。真剣に考えこんでいるらしく、視線はずっと彼の足元に向けられており、誰とも目を合わせようとせず思考に没頭している。
そんな彼の様子が気になって、日向が本堂に声をかけた。
「本堂さん? 何か考え事ですか」
「ああ。気になったのだ。北園はいったいどのタイミングでロストエデンの細胞に感染し、ヴェルデュ化してしまったのか」
「そういえば。途中まではずっと、間違いなく俺たちの味方をしてくれていたのに。ヴェルデュ化予防薬が作れそうって話が出た時に本堂さんが言ってた『まだ残ってるヴェルデュ化の不明点』に関係があるんでしょうか?」
「まずは、彼女がこれまで受けた攻撃を思い返そう。いったいどの攻撃がきっかけでロストエデンの細胞に冒されたのか」
「ええと、エドゥに思いっきり蹴られた時と、それから……ええと、それから……」
しばらく本堂と共に考え込む日向。
しかし二人は、ハッとした表情で顔を見合わせた。
「ほ、本堂さん。北園さんはこのブラジルに来てから、エドゥから蹴られた以外に何か攻撃を受けてましたっけ……?」
「いや、俺はそんな場面は見ていないな……。ブラジリアの国立公園でロストエデンを探していた時、俺は北園と同行していたが、彼女はかすり傷一つさえ負っていない」
「日影と一緒に第三形態のロストエデンと空中戦してた時も、特にダメージを受けた様子はありませんでした。基本的に北園さん、被弾したら報告してくれるから……」
「つまり、エドゥに蹴られたのが北園の感染の原因という事か? 馬鹿な。ヴェルデュ化の原因は、ヴェルデュの攻撃による傷からロストエデンの細胞が侵入する傷口感染のはず……。いくらエドゥの蹴りが強烈でも、とても感染の原因だとは……」
そう言いかけて、本堂は再び考え込む。
再び視線を足元に落とし、小声かつ高速で何かをつぶやいている。
頭の中で、日向の想像がつかないような速度で思考を回転させているのだろう。邪魔をしたら悪いので、日向は本堂の様子を見守るしかない。
やがて本堂は視線を上げて、口を開いた。
「……分かった。ヴェルデュ化の真の原因が」
「わ、分かったんですか本堂さん?」
「ああ。まず『エドゥに蹴られたことで北園がロストエデンの細胞に感染した』についてだが、これは正確には誤りだ。しかし、間違いなくヴェルデュ化発症の一因ではある」
「どういうことです?」
「『弱り目に祟り目』という言葉もあるが、人間は体力が低下していると免疫力も落ちるというのは有名な話だ」
「体力の低下と免疫力……。まさか、エドゥに蹴られたことで北園さんの体力が低下して、それがトリガーになってロストエデンの細胞が成長を……!?」
「恐らくそういう事だ。ロストエデンの細胞は、ただ普通に感染しても、その感染者の免疫力によって除去される。しかし感染者の体力が一定以上低下すると免疫力も低下し、その隙にヴェルデュ化を発症させるのだと思われる」
「エドゥと戦った時、北園さんだけじゃなくて日影やシャオランもエネルギーを吸収されて体力が低下してましたけど……」
「二人は北園と比べてずっとタフだ。元々の体力が高いぶん、ヴェルデュ化発症のボーダーラインも高めに設定されているのだろう。日影に至っては"再生の炎"もある」
本堂の言葉を聞いて納得しかける日向だったが、すぐに別の疑問点が思い浮かんだ。
「で、でも、いま本堂さんも言ってましたけど、ロストエデンの細胞って人間の体内に入ってもすぐに退治されるんでしょ? その人の免疫機能によって。体力が低下する前にすぐさま細胞が除去されたら、いくら感染者の免疫が低下したところで発症のしようがないですよ」
「そうだな」
「そもそも、エドゥの蹴りは北園さんを感染させた原因じゃないんでしょ? だから今の本堂さんの説だと、北園さんはエドゥと戦う前からロストエデンの細胞に感染してたことになる。この点の説明はできるんですか?」
「出来る。つまるところ、俺達は、常にロストエデンの細胞に感染し続けていたのだ」
「……は?」
本堂の言葉が理解できず、日向は首を傾げた。
そんな彼に、本堂は話を続ける。
「先程、第五形態のロストエデンとの戦闘で、奴が自分自身の細胞群を粉塵のようにまき散らしたのを憶えているか?」
「ええ。あの周囲を大爆発させたやつでしょ? 憶えてますよ」
「そうだ。そして、俺はあの粉塵に見覚えがあった。この街やブラジリアの国立公園など、至る所で宙を舞っていた緑色の粒子だ」
「え……ちょっと待ってください。じゃあ、俺たちが初めてリオデジャネイロに到着したあの時から、すでにこの街はロストエデンの細胞が蔓延してた……?」
「そうだ。その証拠にヴェルデュも発生していた。きっとロストエデンは最初から、あのブラジリアの国立公園で、この国中に向けて自身の細胞をばら撒いていたのだろう。風に乗せて、長い時間をかけて」
その説明を聞いて、そういえば、と日向は思い出す。
先ほどヴェルデュ化した北園は「ロストエデンの細胞に感染した者は、自分の欲望に正直になる」と説明し、その中でエドゥを例に挙げていた。日向たちと出会ったばかりの、堕落しきっていたエドゥだ。
あれがロストエデンの細胞に感染した影響なのだとしたら、本堂の説明もつじつまが合う。リオデジャネイロは最初からヴェルデュ化の温床地帯で、エドゥもまたいつヴェルデュ化してもおかしくない状態だった。
「つまり、俺たちはずっと、ロストエデンの細胞でいっぱいの空間の中、活動を続けてきたってことになる……。それじゃあ、感染の原因は傷口感染じゃなくて……」
「空気感染だ。こうして呼吸している間にも、きっと俺達の体内にはロストエデンの細胞が侵入している。今の俺達は予防薬のおかげで感染はしないがな。……以上の事から、北園がエドゥに蹴られた時、彼女の中にはすでにロストエデンの細胞が侵入していたのだと考えられる」
「結局のところ、ヴェルデュ化の原因っていうのは、『このブラジルで何らかの致命的なダメージを負うこと』……ただそれだけだったんですね……」
「そういう事になる。色々な都合が重なって、とうとうこの時に至るまで発見が遅れてしまった。もっと早く気づいていれば、北園がエドゥに蹴られた直後、問答無用で予防薬を飲ませることも出来ただろうにな……」
そう言うと本堂は、日向に向かって頭を下げた。
いきなりの彼の行動に、日向は混乱してしまう。
「ほ、本堂さん?」
「すまなかった、日向。俺がもっと早くこのヴェルデュ化の真の原因に気づいていれば、北園を助けられる道もあったかもしれなかった。彼女がああなってしまった要因は俺にもあった。にもかかわらず俺は、お前が北園を殺せなかったことを責めた。大馬鹿だ、俺は……」
「や、やめてください本堂さん。気づけなかったのは本堂さんだけじゃなくて俺も同じです。本堂さんだけが責められる謂れはありません」
本堂に顔を上げさせると、日向は一つ深呼吸。
そして表情を引き締め、再び口を開いた。
「もうこの話は終わりにしましょう。悪いのは全部ロストエデン。そういうことにしましょう。ここから先は、ロストエデンを叩きのめすことだけを考えましょうよ」
「……そうだな。お前がそう言うなら、従おう」
「ありがとうございます。……ただ、念のため、他に北園さんみたいにこっそり予防薬を飲まなかった人がいないか、チェックはしておきましょうか……」
「同感だ」
その後、エヴァからの回復も終わり、体勢を立て直した日向たちは、ロストエデンを一人で相手してくれている日影のもとへ駆けつけるため、飛空艇を後にした。
ちなみに、北園のように予防薬を飲まなかった人間は他にはいなかったようだ。皆が空になった試験管を出し、その不味さを熱演してくれた。ただしミオンは賞賛した。