第1535話 大人と大人
コーネリアスが日向を説得しているころ。
こちらは本堂の様子。
彼は飛空艇の甲板までやって来ていた。
いつの間にか夕焼けの時間も過ぎて、暗くなりつつある曇り空を本堂は見上げている。
空を見上げている本堂は、普段より目を細めている。
全体的に、何とも言えない寂しさのような雰囲気が漂っていた。
そんな彼のもとに、スピカがやって来た。
「あー。こんなところにいたー。大丈夫かい本堂くんー?」
「スピカさんですか……。ええ、俺は大丈夫です。お見苦しいところをお見せしました」
「まぁワタシはいいんだけどさ。それにしても珍しかったねー。キミがあんなふうに感情的になるなんて」
「そうですね。俺らしくありませんでした」
「どうしてそうなったのか、心当たりはあるかい?」
「……そうですね。丁度、それについて自己分析していた最中です」
そう言うと本堂は、再び空を見上げる。
そして空を見上げたまま、スピカに語り始めた。
「俺は、焦っていました。今やこの星の存亡は俺達の行動にかかっていると言っても過言ではない。俺達が失敗すれば、まだ生き残っている人々も、この星そのものも、終わりを迎える」
「そうだね。王子さまの手によって……」
「絶対に失敗するわけにはいかない。たとえどれほど苦難と困難に塗れた道だろうと、この星の未来のためならば、俺達は進まなければならない。自分の心を押し殺してでも。そう考えていました」
「キミたち六人の中では頭一つ抜けて年上で、責任感の強いキミだからこその考え方だね」
「……心のどこかで、俺以外の皆も、少しはそう考えていると思い込んでいたのでしょう。その結果、俺は日向に自分の思想を押し付けてしまった。それは彼を傷つけるだけだった。彼にとって北園がどういう存在か、俺もよく分かっていた筈なのに」
「つまり……絶対にこの星を守らなきゃいけない、その焦りと責任感で、キミは日向くんに大人の思想を押し付けてしまった……ってことかな」
「そういう事だと思います。我ながら、実に冷静さを欠いた、恥ずべき行動でした」
本堂はそう言って結論付けた。
しかしそこへ、スピカが指を一本立てて、話を続ける。
「一つだけ」
「む?」
「一つだけ、ワタシからキミに言いたいことがある。まず聞きたいんだけど、キミはどうして『絶対にこの星を守らなければならない』って思うのかな?」
「それは、当然の事でしょう? この星に生きる者ならば誰もが……」
「ああゴメン、聞き方が悪かった。ええと、つまり、どうしてキミは『絶対にこの星を守らなければならない』っていう、強い責任感を持とうとするのかな?」
「責任感……。それは、俺があの六人の中で一番年上だからです。せめてそこは、年長者としてしっかりしなければ」
「そう答えてくれると思ったよ。それでキミは、どんなに厳しい光景を目にしようと、どんなに苦しい戦いを経験しても、その責任感で自分を律してきたんだね」
「ええ、その通りです」
強くうなずく本堂。
そんな彼に、スピカは憐みの目を向けた。
「……ツラいと思ったことはないかい?」
「それは……無いと言えば嘘になりますが……」
「だろうね。キミも家族を失った。友達も戦友も失った。恩師である王子さまは敵になった。崩壊したこの世界を見て、復興にどれだけの時間と労力がかかるかリアルに計算できてしまう。ツラくないはずがない。それどころか、皆に負けず劣らずボロボロハートでしょ」
「ボロボロハート……」
「それで、そのツラい気持ちを誰かに相談したことは?」
「……誰かに相談しても、その人が代わりに狭山さんを倒してくれるわけでもありません。年長者の俺が他の五人に不安をぶつければ、皆にも不安が伝播する」
「もー。そういうところだぞ本堂くんー。ツラいときはツラいって、ちゃんと言葉にしなきゃ。そのツラい気持ちを誰かと共有するってだけでも、心の軽さって全然変わってくるんだから」
「む……」
気まずそうに、本堂は口をつぐんだ。
しかしその後、スピカが遠い目をしながら、息を一つ吐いた。
「……まぁ、でも、きっと難しかったよね。キミは本当に頼りになる青年だ。それこそ、キミがひとたび動揺すれば他のみんなも動揺してしまうくらいに。だからキミは、年長者であるキミの役割と責任感に殉じるしかなかった。ワタシやミオンさんみたいな大人組がもっと寄り添うことができればよかったんだけど、飛空艇回収の件で長期離脱してたしねー……」
そう言ってスピカは頭をかくと、急に本堂の正面に回り込み、そっと彼の左頬を右手でなでた。
「今まで放っておいてゴメンね本堂くん。本当に今さらだけど、ツラいときはワタシたちに相談してほしいな。皆を支える大人であろうとするキミを、ワタシたちにも支えさせてほしい」
「……敵いませんね。あの六人の中では年長者の俺も、貴女が相手では赤子も同然だ」
「まぁねー。伊達に六十億年生きていないよー。まぁ今は死んでるんだけど」
「ふっ……。有難うございますスピカさん。おかげで少し、心が軽くなりました」
「どういたしましてー。さっそくだけど、何かぶちまけたいコトとかないかいー? ほら、ワタシなんかこんな幽霊状態なんだから、キミたちのメンタルケアくらいしか仕事がなくてさー」
「いえ。今は大丈夫そうです」
「本当かいー? 言った側から無理して抱え込もうとしてないだろうねー?」
「嘘偽りなく本当です。事実、この問答だけでも、俺の胸は十分過ぎるほどスッキリしたのです」
そう答えると本堂は、また空を見上げた。
その表情は最初と違って、普段は無表情な彼が口角を上げるほどの、とても晴れやかなものだった。
「……ああ、久しく忘れていました。誰かに悩みや不安を聞いてもらうという行為が、これほど己の精神に良い影響を与えるとは」
そんな彼の様子を見て、スピカも大丈夫と判断したのだろう。微笑みながら一回うなずき、それ以上は何も言わなかった。
ここから離れたビル街で、爆炎と土煙が巻き上がる。
恐らくは日影とロストエデンの戦闘によるものだ。
「そろそろ、俺達も復帰しなければなりませんね。いつまでも日影を一人にしておくわけにはいかない。それに、北園がヴェルデュ化したのは『日向のため』だと言っていた。恐らく彼女は、日向の代わりに日影を倒すつもりなのでしょう。放っておけば、彼女は日影を狙う」
「やっぱりそうなるのかぁー。あー、今から日影くんに北園ちゃんのこと伝えないといけないと思うと憂鬱だー……」
「彼ならきっと受け止めてくれるでしょう。強いですから」
「もしも日向くんの二の舞になったらー?」
「その時は、落ち着いて理解してもらえるまでゆっくり待つだけです。今、俺達がこうしているように」
「うん。正解。経験が活きたねー?」
「お陰様で」
やり取りを交わした後、二人はコックピットルームへ戻っていった。