第1534話 優しい人
ボロボロに破壊され、北園が去った後の飛空艇コックピットルーム。
北園の”氷炎発破”に巻き込まれた仲間たちが、ゆっくりと身を起こす。幸いにして、あれだけの大爆発に巻き込まれながらも、命を落とした者は一人もいなかったようだ。
「くっ……。皆、無事か……?」
最初に立ち上がった本堂が、皆に声をかけた。
全員、余裕があるとは言えないが、それぞれ本堂に返事をする。
「ど、どうにか……。キタゾノは、行っちゃったみたいだね……」
「私も大丈夫です……。爆発の直前、風を圧縮した防壁を張っていたおかげで助かりました」
「一応、ワタシも大丈夫だよ。消し飛んだりとかしてないから。ミオンさんは? 至近距離で巻き込まれてたけど……」
「”大金剛”を使ってたから平気よ。ちょっと頭はぐわんぐわんするけどね……」
「俺たちARMOUREDも無事だ……。さすがに今回ばかりはデッドエンドを覚悟したぜ……」
そして、爆発に巻き込まれた最後の一人である日向は、その場で両膝をつきながら、がっくりと項垂れており、それはまさに絶望の沼に沈んでいるような様子であった。
「北園……さん……」
本堂は、そんな日向を見て、静かな怒りの表情を見せた。
そして日向のもとまで歩み寄ると、強い口調で彼に声をかける。
「日向……なぜミオンさんを止めた……! そのせいで北園を逃がしてしまったぞ……! そもそも、彼女の予知夢に則るならば、あの場面はお前が北園にトドメを刺すべきだった……!」
その言葉を聞いた日向は。
いきなり立ち上がり、本堂の胸倉を掴んで怒鳴った。
「あんた本気で言ってんのかッ!! なんでそんなことが言える!? 今までずっと一緒にやってきた仲間だろ!? 友達だろッ!?」
「ぐ……! 無論、それはその通りだ! だが、もうお前も分かっているだろう! ヴェルデュ化してしまった人間は、たとえロストエデンを倒しても助けられん! そして彼女はこの飛空艇に乗っていた生存者を皆殺しにした! ロストエデンを倒そうとする俺たちのことも妨害してくるはず! もう野放しにするわけにはいかんのだ!」
「それは……分かってます……! それでもっ、俺は……!」
業火のような怒りを見せた日向だったが、だんだんと静かになっていき、やがて俯き、泣きすがるように本堂の前で再び両膝をついてしまった。
「俺は……助けたかったんです……どうしても……だって……俺は北園さんのこと好きだから……」
「……いや、もういい……俺も悪かった……」
そう言うと本堂は、コックピットルームの出口に向かって歩き出す。
あわててシャオランが声をかけた。
「ホンドー! どこ行くの!?」
「少し……頭を冷やしてくる……。ついでに外からヴェルデュが侵入して来ないか見張っていよう……」
それだけ告げて、本堂は出て行ってしまった。
しばらく、静寂がこの部屋を包み込んだ。
まずその静寂を破ったのは、エヴァだった。
「……とにかく、体勢を立て直しましょう。ARMOUREDのお二人の怪我もひどいみたいですし。傷を負った人は私が回復させます」
そう言ってエヴァが動き出し、まずはジャックとコーネリアスのもとへ向かい、二人の怪我を回復させ始める。
その一方で、スピカとミオンが二人で話し合っている。
「本堂くん、見張りをしてくるなんて言ってたけど、あの状態じゃちょっと危険だよね?」
「そうねー……。今まで見たことがないくらい心をかき乱されているわ。彼は今、冷静に見えて冷静じゃない。一人にするのは危険そうね。スピカちゃん、お願いできるかしら?」
「了解でーす。たまには大人らしく、若者に胸を貸しに行きますかー」
そう言って、スピカは本堂を追うようにコックピットルームを出ていった。
そしてこちらは日向。
本堂と言い合った直後のまま、その場で膝をついて項垂れていた。
言い争う前よりもひどい落ち込み具合だった。
そんな彼のもとに、エヴァから怪我を治してもらったばかりのコーネリアスが歩み寄る。
「ヒュウガ・クサカベ」
「コーネリアス少尉……ごめんなさい……。二人に怪我を負わせた北園さんを、逃がすわけにはいかなかったのに……」
「……いヤ。逃がして正解ダ」
「え……?」
戦闘マシンのような冷徹さを発揮できる彼なら、迷わず「北園を仕留めるべきだった」と告げてくると思っていたが、予想外な言葉をかけられて、日向は思わず目を丸くしながらコーネリアスの方を見た。
「俺モ、戦場で大事な相棒ヲ失ったことがあル。あの喪失感、絶望感は、今でモ俺の中に残っていル」
「聞いたことがあります……。それでコーネリアス少尉は、戦場では感情を排除するようになったって……」
「しかシ、沖縄でお前たちト戦った時、俺はミス・キタゾノの優しさに触れタ。戦場での個人的な感情を禁忌としタ俺に、再び感情を取り戻させタ。大した少女だ、彼女ハ」
「そうらしいですね……。本当に、北園さんらしいと思います……」
「そうダ。俺は知っていル。彼女が、本来は誰よりも優しい心の持ち主なのだト。あのヴェルデュ化にしてモ、お前のためを思っての行動だったのだろウ? そしてもちろン、彼女の優しさは、お前も知っていル」
「そうです……そうなんですよ……。北園さんは、本当はあんなことする子じゃなくて……! 誰よりも優しくて……! 自分に絶望していた時の俺にも光を与えてくれた、そんな子でっ……!」
言いながら、とうとう日向はその場にうずくまってしまった。
完全に顔を覆い隠してしまい、どんな表情をしているのかは分からない。
ただ、彼の全身が、その悲しみを体現するように震えていた。
そんな日向に、コーネリアスは話を続ける。
「ヒュウガ。お前は優しい少年ダ。そしテ俺たちの誰もが知っているほド、お前と彼女の絆は深イ。だからこソ『ただそうするのが正しいから』という理由で彼女を殺せバ、お前は一生後悔すル」
「でも……それでも……もう北園さんを助ける方法は……」
「……あァ、無いだろうナ……。こればかりハ、俺がどれだけお前を励まそうト変えられない現実ダ。しかシ、決着のつけ方は選ぶことができル」
「決着の……つけ方……」
「かつての俺のようニ敵を確実に仕留めるたメ、全ての感情を排して彼女ヲ殺すか。それとも、彼女と出会ったこト、彼女の優しサ、これまで彼女と過ごした全ての時間に感謝しながラ、終わらせるか」
「北園さんに……感謝して……」
コーネリアスの言葉を反芻するようにつぶやく日向。
そんな日向の様子を見ながら、コーネリアスは再び口を開いた。
「俺もお前たちノ全てを知っているわけではないガ、なんとなく分かル。この戦い、お前がここまで来れたのハ、お前自身の優しさモ大きい要因だったはズ。その優しさはお前の美徳ダ。捨てるべきではなイ」
「……良いんでしょうか? 無辜の人たちまで手にかけた北園さんに、今さら優しさを向けても……」
「構わんだろウ。愛しい者には優しさヲ。その想いは決して間違いではないのだかラ。だから、お前が『彼女を死なせたくない』と思ってミオンを止めたのモ、俺は正しかったと思っていル」
「少尉……」
「ヒュウガ。お前は俺のようにはなるナ。お前が彼女の優しさに救われたようニ、彼女もまタ、お前の優しさを必要としているはずダ」
そこで、コーネリアスの話は終わった。
日向は、すぐには彼に答えを出さなかった。
しばらくうずくまったまま、静かにしていた。
やがて、彼の握りこぶしに力が入る。
そしてゆっくりと、立ち上がった。