第1531話 墜落と堕落
日向たちとロストエデンの頭上を通過して、飛空艇が墜落した。日向たちの背後のオフィス街に、大きな音を立てて地面に落ちたようだ。
それはあまりに衝撃的な光景で、この場にいる七人は、目の前のロストエデンのことも忘れて、一瞬だけだが固まってしまっていた。
最初に動いたのは日向。
弾かれたように、飛空艇の墜落地点を目指して走り出した。
「き、北園さんたちが!」
「あ、おい日向!」
日影が日向を呼び止めたが、彼は止まらない。
顔面蒼白になりながら飛空艇のもとを目指す。
無論、日影たち他のメンバーも、急いで飛空艇へ駆けつけたい気持ちはあった。しかしロストエデンを放置するわけにもいかない。
ここでロストエデンを無視すれば、この怪物は日影たちを追いかけてくるだろう。最悪の場合、墜落して大混乱している飛空艇に、ロストエデンを連れてくることになりかねない。
「……つっても、きっと飛空艇の方も大変だろうからな……。騒ぎを聞きつけてヴェルデュどもが飛空艇に集まってくる可能性もある。放っておくわけにはいかねぇ。日向しか向かわせないのも心配だ……」
悩む日影。
ロストエデンが動けなくなるくらい弱らせてから飛空艇に向かおうにも、相手もたった今、本気を出し始めたところだ。おまけにあのタフネス。まともに戦えば長期戦は避けられないだろう。
しばらく考え込んで、日影は皆に声をかけた。
「ロストエデンはオレが引き付けとく。お前らは飛空艇の方に行ってやれ」
「ヒカゲ一人でロストエデンの相手をするつもりなの!? 大丈夫!?」
シャオランが心配そうに聞き返してきたが、それをミオンが制止する。
「いえ……良いかもしれないわ。日影くんには”オーバーヒート”がある。あの能力の火力と機動力をフルに活用すれば、一人でロストエデンを相手取ることくらい、余裕とまでは言わずとも問題は無いはずよ」
「そういうこった。行ってやれ。向こうは一人でも多くの助けを必要としているはずだからな」
「ヒカゲ……分かった! 気を付けてね!」
仲間たちも納得し、日影を残してこの場を後にした。
ロストエデンは日影を無視せず、緑に光る両目で彼をまっすぐ見ている。
「さぁ、とことんまでやり合おうぜ。ロストエデンさんよぉ」
ロストエデンは、日影に返事をしない。
ただ、日影の周囲に複数の緑の蕾を咲かせて、やる気であることを伝えた。
緑の蕾が大爆発する。
その直前に、日影は”オーバーヒート”で地上から飛び立ち、ロストエデンめがけてまっすぐ突撃した。
「るぁぁぁぁッ!!」
◆ ◆ ◆
一方こちらは、一足先に飛空艇へと向かった日向。
まだ飛空艇までかなりの距離がある。
路地裏を抜けて、別の大通りを走り抜け、日向は飛空艇のもとへ急ぐ。
「はぁっ、はぁっ! はぁっ……!」
日向の心臓が激しく鳴る。全力疾走の酸欠と、北園たちの無事を願う祈りによって、これ以上ないくらいに激しく高鳴っている。
「なんでだ……なんでだよ……! ドゥームズデイと空中で渡り合えたあの飛空艇が、今さらヴェルデュに墜とされたっていうのか!? 何が起こったんだよちくしょう……!」
酸欠で頭がクラクラしてきたが、それでも日向は歯を食いしばって走り続ける。一刻も早く飛空艇のもとへ、そして北園のもとへ駆けつけるために。
「北園さんがヴェルデュ化して、それを俺が始末するっていう最悪の展開は回避できたはずだろ! 予知夢は回避できたはずだろ! なのにどうして……どうしてこんなことになってしまってるんだ……!」
走りながら、必死に日向は自分に思い込ませる。
予知夢は回避できたから大丈夫だと。
北園が死ぬ運命は回避できたはずだから、大丈夫だと。
もちろん北園以外にも、一緒に飛空艇に乗っていたジャックやコーネリアス、そして自分が守りたいと宣言した生存者たちのことも日向は心配している。
しかし、やはり彼女の存在は日向にとって非常に大きいらしく、気が付けば日向は彼女の無事ばかり考えていた。
途中、ビルの壁に生えていたツタ植物が槍のように襲い掛かってきた。ヴェルデュ化した植物だ。
ツタのヴェルデュの鋭い先端が、日向の脚を抉った。
激痛が日向の全身を駆け上がり、そのまま転倒してしまう。
「あぐっ!? く……くっそぉぉぉ!!」
転倒した日向は、すぐさま”復讐火”を使用。
彼の脚の傷、そして転倒した際の全身の擦過傷から、ジェット噴射のごとく炎が上がる。
これにより、日向の身体能力が爆発的にパワーアップ。
しかし日向は、その身体能力でツタのヴェルデュを相手にはせず、そのまま飛空艇を目指して再び走り出した。
「一刻も早く……一秒でも早く駆けつけたら、助けられるかもしれない……! のんびりしてたら、手遅れになるかもしれない!」
そんな日向の疾走を、また別のツタのヴェルデュや、空から襲撃してきた人型ヴェルデュが妨害する。ツタの鋭い刺突や、人型ヴェルデュのエネルギー弾などで、日向は何度も負傷してしまう。
そのたびに日向は”復讐火”で傷を再生し、同時に行なわれるパワーアップを利用して、飛空艇へ急ぐ。脇目も振らず、ヴェルデュたちにも目もくれず、一直線に。
そしてどうにか、日向は飛空艇のもとまでたどり着いた。
普段は飛空艇のシステムの機体重力制御によって、地上では機体はまっすぐバランスよく立っているのだが、今は艦首が地面にもたれかかってしまっている。機体のあちこちからは黒煙も噴き出していた。
しかし機体のシステム自体はまだ生きているらしく、日向が乗り込み用のテレポート装置に近づくと、装置は問題なく起動して、日向を機内に招き入れた。
傾いて不安定な機内を、転倒しないように注意しながら早歩きで通過する日向。
途中、血まみれになって倒れている生存者たちを何人も見つけた。最初に見つけた一人か二人を日向は助け起こそうとしたが、全員がすでに息絶えてしまっていた。それからは日向も生存者たちを諦め、コックピットへまっすぐ向かう。
「くそ……くそっ……! せめて北園さんだけでも無事でいてくれ……!」
彼女が最後まで飛空艇を操縦していたのなら、間違いなくコックピットにいるはず。そこに到着するまでの間、日向の不安は最高潮に達し、吐き気まで感じるようだった。
やがて、日向はコックピットルームに到着。
自動ドアが開き、足を踏み入れる。
日向の目に飛び込んできた光景は、最悪の光景だった。
それも、彼の予感を超えたほどの。
部屋の右側にはジャック、左側にはコーネリアスがそれぞれ倒れていた。二人とも全身血まみれでぐったりとしているが、まだ息はあるようだ。
「ぐ……ヒュウガか……?」
「ヒュウガ……気をつけロ……」
「ジャック! コーネリアス少尉!」
……そして。
この部屋の中央には、北園がいた。
彼女はほとんど怪我もなく、元気そうに直立している。
日向の姿を見ると、いつものように柔らかく微笑んだ。
「あ……日向くん。やっぱり来てくれたんだね。うれしいな。私のこと、心配してくれた?」
「…………北園さん。その恰好は……?」
驚愕で固まりながら、日向は北園に質問を返した。
現在、北園の服の右の袖は大きく破れてしまい、ノースリーブのようになっているのだが、その露わになっている彼女の右腕が、桜色の花で覆われていた。その桜色の花は彼女の肩を通じて、右頬にまで達している。
「あ、この恰好? うん、見てのとおりだよ。私、ヴェルデュになったんだ」
いつものように柔らかく。
北園は、そう返答した。