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第141話 水が止まる

 4月も終わりに差し掛かる頃。

 夜、福岡市の動物園にて。


「……おや?」


 巡回中の飼育員が、ワニの檻を見て、異変に気付いた。

 檻が破られているのだ。巨大な何かに、内側から粉砕されたかのように。


「な、なんだこれは!? とにかく皆に知らせないと!」


 飼育員は、すぐに他の職員たちに知らせるべく、走り出した。



◆     ◆     ◆



 そして次の日、土曜日。

 日向たちの学校はお休みである。


 午前9時ごろ、日向の自宅にて。

 日向は、自室の部屋のベッドの上に座って、ジッとしていた。

 いつぞやのように、ひどい痛みに必死で耐えているような様子である。


「はーっ、はーっ……」


 呼吸は荒く、身体が少し震えている。

 ただ事ではないような様子だが……。


「……とりあえず、飲み物でも飲んで落ち着こう」


 そうつぶやいて、日向は部屋から出た。

 飲み物を求めて日向がリビングへ下りてくると、母がテレビでニュースを観ているところだった。


『福岡市動物園から脱走したワニの行方は未だ掴めておりません。警察は付近住民に警戒を呼び掛けると共に……』


「ワニが脱走ですって。怖いわねー」


 テレビを見ながら話しかけてきた母に、日向も返事をする。


「ホント怖いなぁ。クイーン・アントリアの件といい、福岡市内は大変だな」


「え、なんて? クイーン……何て言ったの?」


「あ、いや。気にしないで。アレだよ、ゲームの話だよ」


「ああ、そう。本当にゲームが好きね、この子は」


「うん。どうしようもないくらい、ね」


 と、親子が談話していると、ここでテレビのニュース番組に何やら動きが。アナウンサーや他の職員が慌ただしく動いている。


 そしてしばらくすると、テレビの中のアナウンサーが再び口を開いた。


『臨時ニュースです。福岡市内で大規模な断水が発生しました。繰り返します。福岡市内で大規模な断水が発生しました。福岡市水道局によりますと、現在のところ原因は不明。点検などのための断水ではないとしており―――』


 どうやら、福岡市内で水道の水がストップしてしまったらしい。

 とはいえ、市内から離れた十字市に住む日下部親子にとってはあずかり知らぬ話であった。


「今度は断水ですって。大変ねぇ。十字市こっちに住んでて良かったわぁ」


(大規模な断水……異常現象……)


 母親が話を続けているが、日向は上の空でそれを聞きながら、思考する。


 日向の頭の中によぎるのは、『星の牙』。

 連中の異能は、あらゆる非常識を現実のものとしてしまう。

 そして、この「水のトラブル」に相応しい能力が、星の牙の種類にある。

 ”水害ウォーターハザード”だ。


(『水害』って聞くと、洪水みたいなのをイメージするけど、水が止まるのだって立派な水害だよな。まさか、これもマモノ案件じゃ……いや流石に考えすぎか……?)


 思いを巡らせながら、日向は自分の部屋へと戻る。

 その時、部屋の中で自分のスマホが鳴っているのを聞いた。


「……まさか」


 部屋に入り、スマホを手に取る。

 画面には『狭山さん』の文字が。

 画面の電話マークをスワップし、狭山からの電話に出る。


『ああ、日向くん、おはよう。早速なんだが、君は福岡市内の断水のニュースを観たかな?』


「ええ、観ましたよ。……あの。やっぱりこれって、マモノ案件ですか……?」


『ご明察。臨時ニュースは今さっき流れたばかりだが、実のところ、水は二時間ほど前から止まっていて、水道調査も一時間ほど前に行われている。そして、調査に赴いた水道局の職員三名が、帰らぬ人となった』


「……!」


 その言葉に、日向は目を見開き、息を飲んだ。


 狭山曰く。

 現在、福岡市の下水道にてマモノが発生している。職員たちは下水道に住み着いたマモノに襲われたのだ。容赦なく人を殺すその姿勢から、住み着いたのは恐らく『過激派』のマモノだと思われる。


 無用な混乱を避けるため、現在下水道にマモノが発生していることは、世間には伏せている。マモノを無事に討伐するまで「原因は不明」で押し切るつもりだ。


『水が止まる』という現象から、『星の牙』も潜伏している可能性が高いと狭山も予測し、『太陽の牙』を持つ日向に声をかけたというワケだ。


「嘘から出た真……じゃないけど、マジでマモノ案件だったとは……」


『君に何も用事が無ければ、どうか手伝ってほしい。日影くんや他の三人も来てくれるが、君もいてくれると心強い』


「まぁ、もちろん行きますよ。水が使えないんじゃ人々も困ってるでしょうし、過激派の危険なマモノを放置するワケにもいかないです」


『さすが! 君ならそう言ってくれると思っていたよ。こちらも準備ができ次第、いつもの通信車で迎えに来よう。君も準備を整えてくれ』


「分かりました」


 返事をして、日向は通話を切った。

 さっそく戦いに赴く準備に取り掛かる。


「……さて」


 戦闘準備とはいうものの、そんな大層なものではない。

『太陽の牙』は、呼べばこの部屋からどこでも日向の手元に現れるし、街へ観光に行くわけでもない。荷物などせいぜい、スマホと、財布と、汚れた服の着替えくらいだ。その用意が終われば、あとは母を誤魔化ごまかすのみ。



 日向は母に、まだ自分がマモノと戦っていることは打ち明けていない。日向の母は優しい気質であるため、息子が危険な戦いに身を投じていると知ったら、猛反対するだろう。それを嫌って、日向は事実を黙っている。


(だから今は、本当のことは言わない。いつまで誤魔化せるか分からないけど、今はまだその時ではないと思う。打ち明けるのが怖いから、というのもあるけれど……)


 ともかく日向は一階に下りて、母に声をかけた。


「母さん。俺、ちょっと急用ができた。もう少ししたら出かけるから」


「あら、そうなの? 最近は急に出かけることが多いわねー。もっとも、家でゲームばかりしているよりは良いと思うけどね」


「いやいや、最近のゲームだって馬鹿に出来ないのよ? 真剣に遊べば、やってるだけで見聞が広がるってレベルだから。カプセル薬剤投げて瓶の中のウイルスをやっつけるあのパズルゲームばっかりやってた母さんには想像がつかないだろうけどねー?」


「いやー、なんか妙にハマっちゃうのよねアレ。どれだけ遊んだか分からないわ」


「最後の方とか、瓶の中の九割がウィルスだった記憶がある。母さんはよくアレをクリアできたね……。まぁそれはそれとして、帰りは遅くなると思う。下手すると晩飯もどっかで済ませるかも。帰る時は連絡するよ」


「分かったわ。気を付けてね」


「分かってるって」


 これからマモノと殺し合いに行くとは悟られないよう。

 日向はいつもの雰囲気を装って、母に返事をした。



◆     ◆     ◆



 一方その頃、福岡市の某所の川べりにて。


「おうちのお水が止まってしまいました! 原因は何なのか、調査したいとおもいます!」


 誰もいない虚空に向かって、高らかに宣言する少年が一人。

 彼の名前は鈴木雄太すずきゆうた。この近くに住む小学三年生である。


 父親が水道局に務めており、その影響か、雄太も小学校に入る前から水に強い興味を抱いている。将来の夢はズバリ水学者である。


「ふっふっふ。ここから下水道に入れるの、僕知ってる」


 そう言って雄太が向かった先は、川の堤防にポッカリと空いた、高さ2メートルほどの大きな排水管である。大人に注意されると面倒なので、誰も見ていないことを確認してから、雄太は排水管の中へと入っていった。


「ううん、相変わらずくさい! けど、水はちゃんと下水道の中を流れてるんだね。いったい何が原因なんだろう?」


 雄太の独り言が下水道の中をこだまする。


 そのまましばらく歩いていると、何やら前方に奇妙なものを見つけた。何かの身体のようにも見える、青がかった緑色の、ゴツゴツとした巨大な物体である。


「んん? なんだろコレ……?」


 雄太はその物体に近づいて、その正体を確かめる。



「……え、これって……うわぁぁ!?」


 ()()の正体に気付いた瞬間、雄太は一目散に逃げだした。



◆     ◆     ◆



 それから数時間後、福岡市へとやって来た予知夢の五人と狭山。


 ここは人通りの少ない路地。そこのマンホールに彼らは集まっていた。

 マンホールは開いており、設置されている鉄梯子てつはしごで下へと降りることができる。


 ややげんなりした表情の五人。

 その五人の前で、狭山がマンホールの穴を指差しながら、口を開いた。


「……さて。今回君たちに行ってもらうのは、この下になります」


「まぁそうなるんでしょうけど、下水道かぁ……うわぁ……」


「絶対汚いよねー……。帰ったらしっかり体を洗わないと」


「思いの外、内部は暗いな。皆、明かりは持ったか」


「オレたちに関しては『太陽の牙』を松明代わりにもできるな」


「帰ろう!!」


 シャオランが必死の形相で訴えるが、誰も聞く耳を持たない。

 すっかり恒例となった、探索前のシャオランスルーである。


「今回は地下での任務になる。つまり、衛星カメラのマッピングシステムが上手く働かない。あらかじめ水道局から下水道の見取り図を貰って、そのデータを打ち込んでいるから、マップ自体は表示可能だ。けど、マモノの位置情報までは取得できないだろう。気を付けて行ってきて欲しい」


「承りました。……さて、いつまでも尻込みしていては始まらない。そろそろ行くか」


 本堂の言葉を皮切りに、()()はいよいよ意を決して下水道へと降りる。五人ではない。シャオランが動こうとしない。


「みんな偉いなぁ……何のためらいも無く下水道の中へ……。ボクはとても真似できそうにないや」


「だからって、地上待機してるんじゃねぇ!」


「あああああああああイヤだああああああああああ!!」


 結局、シャオランも日影の手によってマンホールの中に引きずり込まれてしまった。



 下水道内はジメジメしており、悪臭が漂う。

 水が五人のすねの辺りまで溜まっている。


 天井は思ったより高く、180センチの本堂がまっすぐ立ってもまだ余裕がある。


 横幅もそれなりにある。

 日向が真ん中で両腕を伸ばしても、手が端に少し届かない程度だ。

 とはいえ、長めの刀身を持つ『太陽の牙』を振り回す際は注意しなければならないだろう。


 さっそく北園がげっそりとした表情をしている。


「うええ……ジメジメする……帰りたい……」


「気持ちは分かるけど、まだ来たばかりだよ北園さん。早く帰るためにも頑張ろう」


「そうだね……がんばろー……。あ、それと、これだけジメジメしてる場所なら、凍結能力フリージングがいい威力を出せると思うよ。覚えておいてね」


「了解だよ。……うん? 何の音だ?」


 日向が耳を澄ませると、何やら通路の先からドドドドド、という音が聞こえる。その音はどんどん日向たちへと近づいて来ているようだ。


「暗くてよく見えないな。ライトで照らしてみるか」


 そう言って、本堂がライトで通路の先を照らす。

 そして見えたのは、こちらに向かって凄まじい勢いで迫ってくる下水の濁流だ。


「はぁ!?」

「嘘ぉ!?」

「何だと!?」

「イヤあああああああああああああああああああああああああああ!?」

「やべぇ!?」


「シャオラン、少々五月蠅(うるさ)い」


「冷静に突っ込んでる場合じゃないでしょホンドぉぉぉぉぉ!?」


 下水の勢いは止まらない。

 もはや梯子を上っている暇も無い。



「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 日向たちは成す術無く、下水に押し流されてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖がりのシャオラン君は、まるでウチのモルトみたい。 ……って、シャオラン君の方が先輩なんで、モルトがシャオラン君みたいです!(笑) とにかく、可愛い~♪
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