第1522話 四回目の
乱心したエドゥを、日向たちは撃退した。
エドゥを追撃しないことを決めた日向は、まず北園のもとへと駆け寄った。彼女はエドゥに蹴飛ばされ、大きなダメージを受けてしまっている。
「北園さん! 大丈夫!?」
「げほっ、ごほっ……う、日向くん……」
せき込み、吐血する北園。
ダメージは日向の想像以上に大きそうだ。
痛みに苦しみ、自身に”治癒能力”を使うこともままならない。
するとそこへエヴァが駆けつけ、北園に”生命”の権能を行使し、彼女の自然治癒力を増幅させた。
「良乃、しっかり……! 私が代わりにダメージを回復させます……!」
「エヴァちゃん、ありがと……」
北園の容態も良くなってきたようだ。
ひとまず北園はエヴァに任せ、日向は他の仲間たちのもとへ。
北園のことは非常に気になるが、やらなければならない戦後処理は多い。
一か所に集まり、それぞれ息を整えている仲間たち。
その中からジャックが日向に声をかけてきた。
「おうヒュウガ。エドゥは……取り逃がしちまったみたいだな」
「ごめん……。後から面倒なことにならないといいんだけど……」
「アイツの良識ある行動に祈るしかねーな。自分で言っておいてなんだが、まったく期待できねーな」
「腕を斬り飛ばした時に火が燃え移っていたから、どこかで燃え尽きてくれていないかなぁ。それより、ひとまずエドゥは撃退したから、すぐに次の行動に移ろう。残された時間は少ない」
「だな。まずは散らばった生存者たちを集めねーと。さっきのムカデ野郎以外にもヴェルデュが建物内に侵入してきた可能性もある。これは最優先事項だな。その間にホンドウとエヴァにはヴェルデュ化の予防薬を作ってもらって……」
……しかし、その時だった。
突然エヴァが、弾かれたように首を動かした。
なにやら、一見すると何もなさそうな壁を見つめているようだが、その表情は極めて深刻なものだ。
「最近お前がそういう表情をしてると、だいたい悪いことばかり起きてるような気がするけど……今度は何があったんだエヴァ?」
恐る恐る尋ねてみる日向。
するとエヴァは、息を呑みながら質問に答えた。
「強烈な生命力の励起を感じ取りました……! この感覚、恐らくロストエデンの復活です!」
「やっぱり復活するのか……! 派手に消し飛ばしても駄目だったか!」
「それに、ここからかなり近い場所で復活したと思われます! もしかしたら、今から向かえば、ロストエデンが復活する瞬間が見られるかもしれません!」
そう言ってエヴァは走り出し、エントランスのドアを開け、外へと飛び出してしまった。
突然の彼女の行動に、日向とジャックは驚きの表情。
「ちょっ、エヴァ! 勝手な行動はしないでくれよ!」
「遊園地に遊びに行く子供じゃあるまいし、そんなに見たいものなのか、ロストエデンの復活シーンってのは」
「とにかく、俺とジャックで追いかけてみよう。他の皆は生存者集めを頼む! ロストエデンが復活したのなら、いったん皆を飛空艇に乗せて空に逃げよう! 本堂さん、飛空艇の中でも予防薬づくりはできますか!?」
「大がかりな器具は使わないから可能だ。しかし、予防薬完成の仕上げにはエヴァの能力が必要だ。なるべく早く彼女を呼び戻してくれ」
「そうでしたね。急いで呼んできます!」
他の仲間たちを政府市庁舎に残し、日向とジャックもエヴァを追って外へ。
エヴァは政府市庁舎の目の前のビルの屋上に、自身の異能を使って登ったようだ。ビルは五階建てほどの高さだが、日向とジャックでは彼女のようにすぐには登れない。
「ヒュウガ。早速だが人選をミスったな。エヴァを追いかけるなら空を飛べるヤツを選ぶべきだった」
「言わないでくれ。俺が一番後悔してる」
しかし、そのビルの下の日向とジャックの存在にエヴァが気づき、重力操作の能力で二人を自分がいる屋上まで引き上げてくれた。
「っとと……。ありがとうエヴァ……じゃなくて、急に一人で外に飛び出すなよ。お前のことだから何か理由があるんだろうけど、せめてその理由の説明をだな」
「静かに。集中力が途切れます……」
「ええ……」
「こりゃよっぽど大事な用事らしいな。しばらく様子を見ようぜヒュウガ」
仕方なく日向とジャックも、エヴァの視線の先を一緒に見ることにした。
日向たちの現在位置の五百メートルほど先に、見晴らしのいい大通りがある。この大通りもまた緑化現象により、道路から周囲のビルの外壁まで、全てがツタと雑草に覆われていた。
その大通りの中心に、背の高い大きな白い花が一輪、咲いた。
次いで、その白い花の周囲が、何やら液状化し始める。
ドロドロの濃い緑色の液体が、白い花を中心に湧いてくる。
よく見れば、緑色の液体を発生させているのは、白い花の周辺の、緑化現象によって発生したツタや雑草などの植物群だ。あちこちの植物が緑色の液体を発生させており、花の周辺はちょっとしたグロテスクな海のよう。
やがて、その緑色の液体が独りでに動き出し、白い花に覆いかぶさった。
緑色の液体の湧出は止まらない。
やがて地面が見えないほどに広がり、日向たちが立っているビルの屋上に迫るほどに積み重なった。
すると。
その巨大な緑の汚泥の塊の中から、人間のもののような腕が出てきた。
ただし、その腕もまた非常に巨大。
巨大な緑の汚泥をかき分けて、やがて姿を現したのは、両肩から大きなマントのように白い花弁を生やしている、四つん這いの体勢の、緑色の巨人だった。
あれが、今度のロストエデンの姿。
これで四回目の復活、第五形態だ。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
日向に左腕を斬り飛ばされ、政府市庁舎から脱出したエドゥ。
エドゥの左腕は肘から斬り飛ばされていたはずだが、なぜか今の彼の左腕は肩の付け根から存在していない。
日向の『太陽の牙』で腕を斬られた時、その傷口に炎が燃え移り、エドゥの身体まで登ってこようとしていた。その炎を消そうと思っても消えなかったので、エドゥは自分の左腕を根元から引きちぎって、その左腕ごと炎を切り離したのである。
左腕を失ったエドゥは、先ほど日向たちと戦った時と比べて非常に大きく消耗している様子だ。ふらふらと、緑に覆われた街の中を歩いている。放っておいても死にそうですらある。
だが、エドゥの目は、まだ死んではいなかった。
『まだだ……生きていれば、逆転のチャンスは必ず来るんだ……。俺は死なねぇ……俺はまだ死なねぇぞ……』
幽鬼のように不気味に、しかして勇者のように力強く、エドゥはそうつぶやく。
すると、エドゥの目の前に四体の人獣型ヴェルデュが出現。
いずれの個体も、エドゥに対して牙を剥き、涎を垂らしていた。
「ギシャアアア!!」
「ギャシャシャ! ギャシャシャ!」
『……なんだ。ヴェルデュ同士、仲良く……ってワケにはいかねぇのか。そりゃちょっと都合が悪いが……』
一体の人獣型ヴェルデュが、エドゥめがけて飛び掛かる。
そのヴェルデュに、エドゥは全身から生えたツタを伸ばし、槍のように鋭く尖っている先端を突き刺した。
「ギャアアア!?」
『いいさ。俺も、お前らと仲良くするつもりなんかこれっぽっちもなかったからなぁ』
ツタを突き刺されたヴェルデュが、みるみるうちに枯れていく。その全身を覆う緑のツタは急速にボロボロの茶色に変色していき、ヴェルデュ自身の肉体も痩せ細っていく。
残る三体の人獣型ヴェルデュが、エドゥに向かって威嚇している。
すると、周囲の建物の陰から、巨大なムカデ型ヴェルデュやアリ型ヴェルデュなど、また別の個体が複数現れた。
『……くく。ごちそうが多いな。一匹残らず平らげてやる……』
一体目の人獣型ヴェルデュからツタを引き抜き、エドゥは他のヴェルデュたちに飛び掛かった。