第1515話 ヴェルデュ化の原因
ヴェルデュ化したレイカを逃がしてしまった日向たち。
苦く、暗い表情のまま、重い足取りで政府市庁舎まで帰還。
市庁舎へ帰り着いた日向たちは、北園、エヴァ、スピカの三人のもとへ。レイカに斬られたエドゥとテオの容態を確認するためだ。
「北園さん。エドゥとテオくんはどうなった……?」
「あ、日向くん。エドゥくんはどうにか一命を取り留めてくれたよ。テオくんは……ごめん。手は尽くしたけど……」
「そっか……」
「そっちは? レイカさんはどうなったの?」
「逃げられた……。あの人はもう完全に俺たちと敵対するつもりらしい」
「そう……。どうして、こうなっちゃったかな……」
……と、そこへ、また別の人物がやって来た。
ARMOUREDのコーネリアス少尉だ。
「レイカが、裏切ったと聞いタ」
「コーネリアス少尉……。はい、事実です。ヴェルデュ化の影響で……」
「オキナワでの一件以来、もう冷酷ナ殺人マシンの役を演じるのハやめようと思っていたガ、今回ばかりハ昔の自分ヲ取り戻さなければならないようダ。必要とあらバ、俺は彼女だろうと躊躇なく狙撃しよウ」
「少尉……」
そう言ってくれるコーネリアスの気持ちは嬉しかった。
ジャックもまた、レイカの裏切りの責任を取るため、本気で彼女を始末する気だ。
しかし同時に、日向は思った。
確かにレイカは自分たちを裏切ったとはいえ、それはヴェルデュ化によるところが大きいはず。
まだ彼女をヴェルデュ化から解放できないと完全に決まったわけではない。それなのに、何の可能性も試そうとせず、レイカの命を奪うことを前提として話が進んでいるのが、日向としてはモヤモヤした気持ちだった。
そんな日向の気持ちを察したのか、コーネリアスが声をかけてきた。
「レイカのことヲ、案じてくれているのカ?」
「それは、まぁ……」
「礼を言ウ。俺たちとテ、彼女を始末すルことに何の感情も湧いてこないわけではなイ。しかシそれ以上に、手助けするはズのお前たちの敵を増やしてしまっタことが申し訳ない」
「そんな。そこまで気にしてもらう必要は……」
「……それニ、やはりレイカはもう助からん可能性が高そうダ」
「だ、断言するんですか?」
「ヴェルデュ研究チームのレポートの復元が完了しタ。それヲ一足先に読ませてもらった結果、俺はその結論に達しタ」
「ふ、復元が完了したんですか!?」
日向の言葉にコーネリアスはうなずき、持っていた資料を日向たちに見せた。そこに載っていたのは、ヴェルデュ化の原因についてだった。
「ついに、ヴェルデュ化のメカニズムが明らかになるのか……?」
息を呑み、日向は手渡された資料に目を通す。
資料の中では、どうやら学者たちも最後までヴェルデュ化の原因を完全に特定するまでには至らなかったようだ。
しかし彼らは、ヴェルデュや果実に付着していたロストエデンの細胞に再注目し、これがヴェルデュ化の原因ではないかと推測していた。
飛空艇内にてヴェルデュ化し、アラムら子供たちに襲い掛かったエドゥアルド・ファミリーの構成員の死体の解析結果も載せられている。
ヴェルデュ化した構成員たちは、いずれも事前にヴェルデュから攻撃を受けて負傷していた。彼らからヴェルデュ化のツタが生えてきたのは、このヴェルデュから受けた傷を中心としている……と分析されている。
極めつけは、最後の解析結果。
学者たちは、ヴェルデュ化した構成員の死体を解剖し、ヴェルデュ化の原因であるツタ植物の種子を取り出し、それを観察していた。
その結果、種子の大きさにそれぞれバラつきがあることが分かった。ただの種子の個体差というより、それは成長途中と、成長が完了したものに分けられるようだった。
つまり、種子が生存者たちに直接植え付けられているわけではなく、まずはロストエデンの細胞が生存者たちの体内に侵入し、そこから種子に成長している。
ロストエデンの細胞こそが、ヴェルデュ化のツタ種子に成長する卵なのではないか。
ここで同時に、学者たちは「綿吹き病」という症例と、今回のヴェルデュ化を比較している。
綿吹き病とは、日本でも確認された奇病の一つ。
人間の身体に腫瘍ができて、そこから植物の綿が生えてくる病だ。
確認されたのが一昔前ということもあり、当時の医療技術ではこの奇病の正確な原因について解明することはできなかった。医師の中には「患者が自分で腫瘍の中に綿を詰めているのではないか」と疑った者もいる、という話まである。
当時の医師たちの憶測ではあるが、この病の原因は、綿の細胞と人間の細胞が結び付き、人間の身体の中で綿が成長することで発生するのではないかとされた。
実際、綿吹き病の患者の多くは、身近に植物の綿があったり、綿の収穫に従事していたりと、綿に触れる機会が多い者たちだった。
この綿吹き病でも見られるとおり、植物の細胞が人間の身体を苗床にするという事象はありえない話ではない。
ヴェルデュたちが生存者を攻撃した時、彼らの身体に付着していたロストエデンの細胞が生存者たちの体内に侵入し、彼らの中で細胞が成長。細胞は種子となり、やがてツタを芽吹かせて、生存者をヴェルデュ化した。
これが、学者たちが出した推論のようだ。
まだ彼らも確たる証拠となる情報は入手できておらず、あくまで推論としているようだが。
しかし、日向たちとしても、思い当たる節がある。
先ほどのロストエデンとの戦闘後、ヴェルデュ化してしまったユピテルのことだ。
ユピテルはロストエデンと交戦し、重傷を負っていた。そのダメージと共にロストエデンの細胞がユピテルの体内に侵入し、彼をヴェルデュ化させたのだとしたら。
資料を読み終えて、ジャックが口を開く。
「……確かにレイカは、俺たちの中じゃ、積極的に前線に立ってくれたのもあって、一番負傷してたな。ヴェルデュに攻撃されることがヴェルデュ化につながるってのは当てはまってる。俺がもっと上手くアイツをカバーできていたら、こうはならなかったのか……?」
「ジャック……」
負い目を感じるように沈んだ表情をするジャックに対して、日向は心配しながら彼を見つめることしかできなかった。
それから今度は、日影がコーネリアスに声をかける。
「ヴェルデュ化の原因がロストエデンの細胞にあるかもしれねぇってのは分かったが、さっきお前が言ってた『レイカはもう助からないかもしれない』ってのはどこに載ってる情報だ?」
「あ、そういえば」
日向もまた日影の疑問に同感し、コーネリアスを見る。
コーネリアスはうなずき、二人の質問に答えた。
「ロストエデンの細胞によってヴェルデュ化現象が引き起こされルということは、ヴェルデュとなった人間は、自身の肉体とロストエデンの細胞が深く結びついている状態ダ。そしてロストエデン本体が倒されたラ、もう奴の細胞もこれ以上活動することなく死滅するのが道理ではないカ?」
「た、確かに。今のレイカさんの身体が、ロストエデンの細胞も生命活動に不可欠なくらい深く結びついているのなら、その細胞が死滅したら……」
「助からない、だろうナ。身体が内側から細胞単位で崩壊するのと同義なのだかラ」
もう彼女を助けることは叶わない。
その事実の重さは、日向の胸をすり潰すようであった。
エヴァもコーネリアスの言葉を聞いて、口惜しそうにつぶやく。
「今から私がヴェルデュ化を治療する薬を作ったとしても、すでにヴェルデュ化に侵された人間に使っても治せないでしょうね……。ヴェルデュ化を治そうとしたら、けっきょく患者の中のロストエデンの細胞を死滅させ、その細胞と結びついている患者自身の命を奪うことにつながりますから」
「…………なぁ、待ったエヴァ。さも『ヴェルデュ化の治療薬が作れる』ってことを前提で話してるけどさ、もしかして作れるのか、ヴェルデュ化の治療薬……?」
日向がエヴァに尋ねる。
その質問に、エヴァはハッキリとうなずいてみせた。
「はい。治療薬だけでなく、予防薬も。ここまでヴェルデュ化の原因が明らかになれば……ヴェルデュ化の原因がロストエデンの細胞にあると分かったなら、その細胞の働きを集中的に抑制する薬を作り出せるはずです」
絶望的なニュース続きだったが、一筋の希望の光が差し込んできたと、日向たち全員が感じた。