第1511話 襲い掛かる凶刃
レイカがエドゥに斬りかかった。
鞘から抜き放たれた刃は、エドゥの右わき腹から食い込み、左胸にかけて切り裂いた。
『ぐぁぁ!?』
血しぶきと共に、エドゥは倒れてしまう。
まだ意識はあるようだが、傷はかなり深い。
『う……ぐぅ……!』
『とっさに身をよじって、刃から身体を逃がしましたね。真っ二つに叩き斬るつもりでしたが、お見事です』
ここで、同じくこの部屋にいたテオも騒ぎに気づき、驚愕の感情がこもった目をレイカに向けていいた。
『れ、レイカさん、どうして……!?』
『ごめんなさいテオくん。あなたやエドゥさんに怨みはまったく無いのですが、私は依頼を受けている身なんです。お二人にはここで死んでもらいます』
『そ、そんな!? なんで!?』
『安心してください。お二人だけではありません。どのみち、この政府市庁舎にいる皆さんには全員、死んでもらう予定ですので。本当に、お二人に特別怨みがあるわけじゃないんですよ』
今までと変わらない口調とたおやかさで、レイカはテオに向かって歩み寄る。エドゥの血が付いた刀を、エコバッグか何かのように気軽に右手でぶら下げながら。
先ほどレイカが斬ったエドゥは死んでいないが、これだけのダメージを負わせた以上、もういつでも始末できると判断し、逃げられる恐れのあるテオを優先するつもりなのだろう。倒れているエドゥの横を通過しようとする。
しかし、エドゥが倒れたままハンドガンを取り出し、レイカの顔を狙って射撃した。
『待ちやがれ!』
レイカはすぐに反応し、バックステップでエドゥの弾丸を回避してしまったが、距離を取らせることには成功。
ひどい出血量だが、エドゥは気合いで立ち上がり、テオを守るようにレイカと向かい合う。
『なんで裏切った? どうして俺のファミリーを殺した!?』
『冥途の土産に教えてあげたいところですが、この場面を誰かに見られたら面倒ですし、手早く済ませたいので説明は省略しますね』
『さっき、依頼を受けた身とか言ってたな……。これは誰かの差し金だってことか……?』
『まぁそういうことです。それを知ってるなら、もう思い残すことはないですよね?』
そう言ってレイカは、エドゥにトドメを刺すため、高周波ブレードを正眼に構えながら一歩踏み込んだ。
それに合わせて、再びエドゥがレイカにハンドガンを連射。
しかしレイカは高周波ブレードを正眼に構えたまま、刀の切っ先だけを右へ左へとわずかに動かし、最小限の動作で銃弾を弾いていく。
やがてレイカがエドゥとの間合いを詰めた。
そのまま斬り上げを放ち、ハンドガンを持つエドゥの右手を、手首から斬り飛ばしてしまった。
『せいっ!』
『がぁぁぁぁ!?』
再び倒れこんでしまうエドゥ。
出血が激しく、もう目の焦点が合わなくなり始めている。
それでもエドゥは、左腕で上体だけを起こしながら、レイカに声をかけた。
『誰の……差し金なんだ……。アメリカ政府か……? アメリカは、やはり俺たちを受け入れるつもりはないってことか……?』
『そうですねー……。はい、その通りです。我が国にヴェルデュという脅威を持ち込ませるわけにはいかないという、上からの決定です。私は政府から受けた密命は、ここにいる生存者たちがアメリカに移ってくる前に全員処分することです』
『デタラメ言うな……ふざけ……やがって……! ご、ごほっ、ごほっ!?』
怒りの言葉を吐くエドゥだが、もう立ち上がる気力すらない。
仰向けに倒れながら、自分にトドメを刺そうとするレイカを見上げることしかできなかった。
『それではエドゥさん、お疲れさまでした。大丈夫ですよ、他のファミリーの皆様もすぐに同じ場所に送ってさしあげますから。きっと寂しい思いはしないでしょう』
『殺してやる……! ここで死んでも、絶対に殺してやるからなぁ……!!』
そしてレイカは、エドゥの心臓めがけて、まっすぐ刺突を繰り出した。
ドスリ、と刃が人体を貫く音が聞こえた。
だが、エドゥの身体は痛みを感じていなかった。
なぜなら。
エドゥの前に立ったテオが盾となり、その身体でレイカの刺突を止めていたからだ。
『あ……テオ……?』
唖然とした表情で、エドゥはテオの名前を呼んだ。
テオはレイカの刀で貫かれ、口から血を吐き出しながら、エドゥの方を振り向いた。
『エドゥ……。無事、みたいだね。よかった……』
レイカがテオから刀を引き抜く。
傷口から大量の血を噴出させながら、テオはその場に倒れてしまった。
ぐったりと倒れてしまったテオ。
エドゥも倒れたまま、テオに呼び掛ける。
『テオ……おい……なんで倒れてる……?』
『エドゥ……。僕、やっと君の役に立てた……。僕なんかよりもエドゥの方がよっぽど能力が高くて大事な人間なんだから、僕が死ぬ代わりに君が助かるのなら、そうするべきだよね……』
『何、馬鹿なことを言って……げほっ!? ごほっ!?』
『うん、ごめん……。僕の自己満足に過ぎないって言うのは分かってる。でも僕は、君に会えたから今日まで生きてこれた。ずっと、何か恩返しがしたかった。きっと、僕がここまで生きてきたのは、この瞬間、君を助けるためだったんだ……』
その言葉を最後に、テオは静かに目を閉じて、二度と動くことはなかった。
『テオ……おい、テオ……。お前までいなくなったら、俺はまた一人に……』
斬られて失われているはずの右手をテオに伸ばそうとするエドゥ。
そんな彼に無慈悲なトドメを刺すために、レイカが再び刀を構えた。
『ごめんなさい、テオくん。あなたのその勇気を称えて、エドゥさんを見逃してあげたいところなのですが、やはりそういうわけにもいかないので』
そう告げて、レイカはエドゥめがけて刀を振り下ろした。
しかしその時、この部屋のドアが勢いよく開き、同時に銃声。
駆けつけてきたジャックが、レイカに向かってデザートイーグルを発砲したのだ。
レイカはエドゥへの攻撃を中断し、刀を素早く振るって銃弾を撃墜。
七発、十発と撃たれたが、それらすべてを凌いでみせた。
しかし、弾丸の勢いに押されて、レイカは少しずつ後ろへと下がっていた。そのためにエドゥとテオから距離が開き、その隙に日向と日影がエドゥたちを回収し、北園とエヴァの前まで連れてきていた。
「北園さん! エヴァ! 早く二人の治療を!」
「まかせて!」
「ひどい傷ですね……! 助かるでしょうか……」
まんまとエドゥたちを奪還されたレイカだが、まったく動じることなくジャックに声をかけてきた。
「さすがですねジャックくん。弾丸の一発一発が、刀で弾きにくいポイントを狙って撃ってきた。エドゥさんとは比べ物にならないくらい殺意に溢れていましたよ」
「レイカ……! オマエ、いったいどうしちまったんだ! なんだこの惨状は! どうして俺たちを裏切った!」
「なるほど。もう私が彼のファミリーや研究室の先生方を殺したと分かっているのですね。いつかバレるとは思ってましたが、予想より早かったです。見事なものです」
「レイカさん! 答えてください! なんで俺たちを裏切ったんですか!? こんなことをして、あなたにいったい何の得があるって言うんです!?」
日向がレイカに声をかける。
すると、レイカは少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「もうここまでバレた以上、隠す意味もないでしょうね。皆さんにはエドゥさんみたいに『これはアメリカ政府の命令によるもの』なんて嘘は通用しないでしょうし、本当のことをお話ししますね」
そう言ってレイカは、説明を始めた。
いつもと変わらぬ、淑女の所作で。
しかしその所作が、今日は底知れぬ黒い闇も感じさせるようだった。
「皆さんを始末するよう、私に依頼した人物。それは、私の新しい友達なんです」