第1510話 現行犯
日向たちが北館三階へ向かっている、その頃。
こちらは政府市庁舎の東館。
そこではエドゥとレイカが合流し、建物内に侵入したと思われるヴェルデュを二人で捜索していた。レイカはポルトガル語が話せるので、エドゥも遠慮なく母国の言葉で会話を交わしていた。
『もう。たった一人でヴェルデュを探しに来たなんて、無茶が過ぎますよ。こう言っては悪いですけれど、エドゥさんは私たちと比べたらどうしても力不足なんですから』
『分かってる。俺もお前らみたいな特別な能力があればいいのにな、チクショウ……』
捜索中、二人は廊下で新たな犠牲者を発見した。
この近くの見張りを任せていたエドゥアルド・ファミリーの構成員だ。
残酷なことに、首を斬り落とされている。
『サントス……。チクショウ……ああチクショウ!! クソッたれのヴェルデュが!! 絶対に見つけ出してぶち殺してやる!!』
『え、エドゥさん。気持ちは痛いほど分かりますが、どうか落ち着いてください。ヴェルデュがこちらに気づき、不意打ちを仕掛けてくる恐れが……』
……と、その時だ。
二人の背後に何者かの気配。
エドゥとレイカは同時に素早く振り向く。
そこにいたのはテオ少年だった。
二人の剣幕に驚き、すくみあがっている様子である。
『え、エドゥ』
『テオ? なんでここに。危ないからエントランスに戻ってろ』
『エドゥ。僕も一緒にヴェルデュを探しちゃダメ?』
『駄目に決まってるだろ。危険だ。だいたい、お前が加わったところで何ができる?』
『それは……。でも、たまにはエドゥの役に立ちたくて……』
消沈してしまうテオ。
そこへレイカが助け舟を出した。
『まぁまぁ。日本には『三人寄れば文殊の知恵』ということわざもあります。テオくんの知恵も加わることで、何か光明が差し込むかもしれませんよ?』
『そんなビジョンはまるで見えねぇが……。はぁ、分かったよ。敵がどこから飛び掛かって来るかもわからねぇしな。周りの警戒くらいはできるだろ』
エドゥもしぶしぶ納得し、ここからは三人行動に。
周りを警戒しつつ、レイカがエドゥに声をかける。
『それにしてもエドゥさん。あなたは珍しいタイプですよね』
『何がだ?』
『ストリートチルドレンという肩書きを持っていて、実際ちょっと乱暴な性格なのに、意外とスマートな部分もあると言いますか。よく頭が良いって言われるでしょう? テオくんに英語を教えたのもあなただと聞きましたよ』
『……さぁな』
そうエドゥは答えたが、横からテオが誇らしげに口を開く。
『そうなんだよ。エドゥは頭が良いんだ。もともと色々な勉強をしてたらしくて。僕が教わったのも英語だけじゃなくて、基本的な読み書き、計算、この国の簡単な歴史とかも……』
『テオ。余計なことは言うな』
『えぇー。でも僕、レイカさんに、実はエドゥってすごいんだって知ってもらえたら嬉しいんだけどな』
一方のレイカも、今のテオの言葉を聞いて興味が湧いたのか、エドゥにさらに質問をぶつける。
『エドゥさん。もしかしてあなたは、テオくんのように生まれついてのストリートチルドレンではなく、もともとは一般家庭の子供だったのですか?』
『……ああ、そうだよ。と言っても、テオが言うような大したことは学んでない。ただの義務教育だ。それでも周りの連中には賢く見えるらしくてな。いつの間にか連中のまとめ役だ』
『普通の環境で生まれた子供が、いつの間にかギャングのリーダーに。映画の登場人物みたいなプロフィールですね』
『生きていれば、いつか必ず逆転のチャンスは来る。親父の口癖だった。そのチャンスを掴んじまったんだろうな』
その時。
近くの部屋から、ガシャンと物音がした。
『今の音は……?』
『窓ガラスが割れるような音だったな。行ってみるぞ。テオ、俺たちの後ろに隠れておけ』
『わ、わかった』
三人は、物音がした部屋の方へ向かっていった。
◆ ◆ ◆
視点は日向たちに戻る。
北館三階の一室の扉を開けた日向。
そこにいたのは、右腕に刃を生やした本堂。
そして、彼の周囲には、エドゥアルド・ファミリーの構成員たちが五人、身体を大きく切り裂かれて死んでいた。
「ほ、本堂さん……。まさか、あなたが彼らを……?」
恐る恐る、日向が本堂に尋ねる。
その日向の問いに、本堂はゆっくりとうなずいた。
「……ああ。俺が殺した」
「じ、じゃあ……!」
「待て。落ち着け。北園の”精神感応”で現状は聞いている。他にも構成員や学者たちが殺されて、それも俺の仕業かと言いたいのだろう? 確かにここにいる五人を殺したのは俺だ。しかし、他は違う」
「それじゃあ、そもそもどうしてこの五人を殺してしまったんですか……?」
「見てみろ」
そう言って本堂は、近くの遺体に両手をかけて、動かし、体勢を変えさせた。
すると、日向たち全員が驚きの表情を見せた。
その遺体から植物のツタが生えている。ヴェルデュ化だ。
「ここにいる五人全員、ほぼ同時にヴェルデュになりかけた。ヴェルデュ化しながら、俺に襲い掛かってきた。故に、正当防衛を主張させてもらう」
「そ、そうだったんですね。ひとまず安心しました」
とはいえ、まだ本堂の疑いが完全に晴れたわけではない。ここで殺した五人は正当防衛だとしても、東館や研究室での連続殺人は本当に無関係なのか、まだ決定的な証拠がない。
そのあたりのことを、本堂から聞き出そうとする日向。
だがその前に、エヴァが日向に声をかけてきた。
「日向。少しまずいかもしれません」
「なんだ? 今度は何があった?」
「現在、東館の方にレイカとエドゥ、それからテオらしき気配を感じますが、その周囲には誰もおらず、三人は孤立している状態です。レイカもまた容疑者の一人。下手をするとエドゥとテオの身が危ないのでは?」
「た、確かにそうだな。急いで三人のもとへ向かおう。北園さんはエドゥに連絡を。レイカさんに気を付けろって伝えてくれ」
「り、りょーかい! ところで、エドゥくんだけでいいの? テオくんは?」
「エドゥだけにしておこう。テオくんは、良くも悪くも顔に出やすそうだ。万が一レイカさんが犯人だった場合、テオくんの様子がおかしいことに気づいたら、なりふり構わず襲い掛かるかも……」
「わかった。エドゥくんだけに伝えておくね!」
日向たちは、再び東館へ向かう。
事の真実を確かめるために。
その道中、ジャックはずっと神妙な表情をしていた。
「レイカ……。俺はオマエを信じてもいいんだよな……?」
◆ ◆ ◆
先ほどの窓ガラスが割れたような音の正体を確認しに来たレイカ、エドゥ、テオの三人。
音の正体は、窓ガラスを破壊して侵入してきた一体の人獣型ヴェルデュだった。今はもうレイカが首を斬り飛ばして討伐し終えている。
『ふぅ。一体だけなら、まぁなんとか安定して勝てますね。今日の昼のように大群で来られると私とて厳しいですが』
『このヴェルデュが、みんなを殺してまわった犯人なのかな?』
『いま窓ガラスを割って入って来たんだから、たぶん違うだろ。皆を殺りやがったヴェルデュは、まだこの建物のどこかにいるはずだ』
『私もエドゥさんの考えに賛成です。とりあえず、この部屋の調査はまだだったはずですし、ざっと調べてみましょう。どこかに犯人が隠れているかもしれません』
レイカがそう声をかけ、彼女とテオは部屋の中の捜索を始める。
その一方で、エドゥは何やら、いま自分が口にした言葉に違和感を覚えたらしく、固まっていた。
『……今のヴェルデュは、窓ガラスを割って入ってきた。最初に皆を殺したヴェルデュは、窓を開けて入ってきた。これは、なんだ? 偶然か、それとも……』
そんなエドゥの頭の中で、少女の声が響き始める。
北園の”精神感応”だ。
(エドゥくん! 落ち着いて聞いてね! レイカさんに気を付けて! もしかしたら、皆を斬り殺した犯人かもしれないの! 私たちが今そっちに向かってるから、それまで注意して!)
『何だと……?』
すぐにレイカの姿を探すエドゥ。
部屋の捜索をしていると思っていた彼女は、いつの間にかエドゥたちの背後、この部屋のドアの前に立っていた。まるで、エドゥたちの逃げ道を塞ぐように。
『どうしました、エドゥさん?』
普段と変わらぬ、おしとやかな仕草で語り掛けてくるレイカ。
エドゥは平常心を装おうとするが、先ほどの北園の言葉があまりにも衝撃的すぎて、どうしても動揺がにじみ出てしまう。
『いや……別に何も……』
『でも、なんだか顔色がひどく青いですよ? 例えるなら……先ほどまで仲良く語らっていた仲間が、実は連続殺人鬼だったと知ってしまった、みたいな』
『…………お前、まさか!』
瞬間。
レイカはエドゥとの間合いを詰めて、居合抜刀を放った。