第1506話 疑心暗鬼の玄関口
アラムを含むオネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちが多数死亡したとの報告を日向たちが受けてから、一時間ほどが経過。
ヴェルデュ化の原因を解明しなければ、ここにいる生存者たちをアメリカへ避難させても、アメリカ内でヴェルデュ化を発症し、今回のような惨劇を引き起こすかもしれない。
たとえ避難先がアメリカでなく別の場所だとしても、ヴェルデュ化の危険性がある生存者を連れて行くのはやはり危険だ。それ以前に、飛空艇のフライト中に誰かがヴェルデュ化したら、逃げ場のない上空で大パニックが巻き起こるだろう。
現在、ヴェルデュ化の原因を明らかにするため、エドゥが結成したヴェルデュ研究チームが、再び研究室でヴェルデュ化解明の実験に没頭している最中だ。
また、日向たちは先ほどロストエデンを倒した。
二度と復活しない方法で倒したはずだが、もしもまた復活されたら、それに合わせてヴェルデュたちも再び強くなる。
これ以上ヴェルデュが強くなったら、もはや生存者を守りながらここに留まりヴェルデュ化を研究するような余裕はまったく無くなるだろう。ロストエデンが復活する前に、ヴェルデュ化の原因を明らかにしなければならない。タイムリミットは、あの三時間か四時間といったところか。
現在、外は少し雨が降り始めた。
皆は濡れるのを避けるため、屋外から政府市庁舎へ移動。
飛空艇ではなく政府市庁舎に移動したのは、飛空艇内は広い部屋があまりないため、もしもその中で誰かがヴェルデュ化したら、その周りの人間が危険に晒されるからだ。
エントランスには、大勢の人々が集まっている。
日向たち六人、ARMOUREDの三人、エドゥとそのファミリーたち、そして生存者たち。
ヴェルデュ化の原因が分からない以上、誰もがヴェルデュになる可能性がある。それは自分自身はもちろん、自分のすぐ隣にいる人間とて例外ではない。
そんな事実があるからだろう。生存者たちの表情は恐怖と不安一色であり、これ以上ないほどの疑心暗鬼の空気が漂っていた。
一人の男性生存者が大声を上げた。
『おい! この女を隔離してくれ! さっきから変なんだ! 見えない誰かとペチャクチャ喋ってて! まともじゃないぞ! ヴェルデュになるんじゃないか!?』
『い、今のは主に祈りを捧げてたのよ! 私はまともよ! ヴェルデュに噛まれたりしたことだって一度もないわ! あなたはどうなのよ!? あなたがここに来た時、ヴェルデュに噛まれた傷があったの、私は見たわ!』
『昨日の話だろ! あれから時間は経ってるし、何の体調不良もない! 話を逸らして誤魔化すのをやめろ!』
争い合う声が、さらに周囲の不安とストレスを蓄積させる。
これを止めるべくコーネリアス少尉がやって来て、鋭い目つきで二人を仲裁。
『二人とモ。静かニ』
『う……』
『は、はい……』
その鋭い目つきに気圧されて、言い争っていた男性と女性は押し黙った。
今のやり取りを、日向も離れたところで見ていた。
状況が悪くなるばかりであることを痛感し、苦い表情をしている。
「いよいよソンビパニック映画とかのテンプレート的展開になってきたな……。どうにかして生存者たちの不安を和らげないと、最悪の場合、暴動とか起きかねないぞ」
日向がそう思案していると、そこへ北園がやって来た。
彼女は生き残ったオネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちの面倒を見ていたが、彼女もまた、その表情は普段より明るくはなかった。
「日向くん、ここにいたんだね」
「北園さん。生き残った子供たちは、どうだった?」
「やっぱりだけど、みんなすごいショックを受けてたよ……。泣き出したり騒いだりするんじゃなくて、全てが信じられないって感じで静かになっちゃってる。怖い気持ちがいっぱいになった子供って、ああなっちゃうんだね……」
「今まで飛空艇の操縦の補助をしてくれていたけど、あの様子じゃ、もうそれも難しそうか。相当なトラウマになってるだろうから、飛空艇のコックピットに入ること自体が厳しそうだ」
「私たち、これから先、大丈夫かな……? なんとかなるかな……?」
暗い表情で顔を見合わせる二人。
気まずくなって、互いに目を逸らしてしまった。
少し間をおいて、再び北園が口を開く。
「私たちが……ううん、私だけでも、もっと強かったらユピテルやアラムくんたちを助けられたのかな? さっきのロストエデンもあっという間にやっつけちゃって、もっと早くアラムくんたちの危機に駆けつけていたら……」
「いや、どうだろう……。ユピテルに関しては、北園さんがどれだけ強くても、ヴェルデュ化の原因が分からなかった以上、どうしようもなさそうだったけど……」
「今回のことだけじゃない。たくさんの場面で、もっと私に力があればって思ってた。もっと私が強かったら、リンファやオリガさんも死なせずに済んだかもしれない。ブラジリアでロストエデンと戦った時も、けっきょく私は日影くんに助けられちゃったし……」
「北園さん……」
「それに、もっと私に力があれば、日向くんのことだって……」
「俺のこと?」
「あ……ううん、ごめん。なんでもないよ。もっと日向くんの力になれるかもって思っただけ」
「北園さんの悩みは分かったけど、北園さんには今のままでも十分すぎるくらい助けられてるよ。北園さんいなかったらここまで来れなかった場面はたくさんある。あまり思い詰めすぎないで」
「うん……ありがと」
少し、二人の間の空気が柔らかくなった。
そこへ、誰かが二人に声をかけてきた。
「あのー、お二人さん。ちょっとお邪魔しちゃって悪いのですが……」
「あ、レイカさん。どうしました?」
声をかけてきたのはARMOUREDのレイカだった。
申し訳なさそうに微笑みながら、彼女は話を続ける。
「現在、皆さんがヴェルデュ化しないか、簡単なチェックをして回ってるんです。日下部さんは”再生の炎”もありますし、大丈夫だとは思いますが、念のためにご協力をお願いします」
「ああ、いいですよ。ところで、ヴェルデュ化のチェックをして回ってるってことは、ヴェルデュ化の原因が分かったんですか?」
「いいえ、残念ながら、根本的な部分はまだみたいです……。私が行なっているのは、身体全体を触らせてもらって、皮膚の下にヴェルデュ化の種子が埋まっていないかどうか確かめているだけです。これで百パーセント正確に確認できるとは思っていないですが、まぁ気休め程度に」
「なるほど、分かりました」
返事をして、日向はさっそくレイカからボディーチェックを受けた。
皮膚の深いところに埋まっているかもしれない種子を探すためか、思ったより強く皮膚を指で押し込まれており、少しくすぐったく感じる。
そんな日向を、なにやら北園がふくれっ面で見ていた。
「むー。レイカさんが日向くんをペタペタ触ってるの見てると、なんだか複雑な気持ちになるー」
「き、北園さんステイ」
「ふふ。特にやましい気持ちとかは無いので大丈夫ですよ。お二人は本当に仲が良いですね」
「すみませんレイカさん……。北園さん、俺が他の女子と話してても特に気にしないことが多かったのに、今日はやたらと攻撃的みたいです……。中国では、エヴァが俺の背中に引っ付いてても余裕の対応だったんだけどなぁ。さっきの話で気持ちが少しナーバスになってたからかな?」
その後、北園もボディーチェックを受けて、異常無しと診断された。
レイカは、この市庁舎の東館を見張ってくれているエドゥアルド・ファミリーの構成員たちも診断するため、そちらへ向かおうとする。
そのレイカの去り際に、日向が声をかけた。
「そういえばレイカさん。例の新しいお友達は無事でしたか? 飛空艇への避難途中でヴェルデュに襲われたりとかは……」
「いいえ。おかげさまで無事でしたよ。私が戦っていた間も、ずっと応援してくれてたんです」
「レイカさんが戦っている間も応援を? それってどういう状況……あ、レイカさん?」
日向がレイカの返答に首をかしげている最中に、彼女はもうその場を去ってしまっていた。
「……結局、今回もレイカさんの新しいお友達がどの人か聞きそびれてしまった」
「レイカさんを応援してたってことは、一緒に戦場に立ってたってことだろうから、エドゥのファミリーのメンバーの人かも?」
「その可能性が高そうだね」
やっぱりボーイフレンドだろうか。
こんな状況ではあるが、日向と北園は無邪気にそう考えた。