第1505話 生物災害
ロストエデンと、ヴェルデュ化したユピテルを倒し、日向たちはエドゥアルド・ファミリーが拠点としていた政府市庁舎に帰還した。
ロストエデンを討伐しに行く前、あらかじめジャックたちに「自分たちを置いて、飛空艇で生存者たちをアメリカへ避難させてくれ」と日向たちは頼んでおいた。もうこの場所には誰も残っていない。
……はずだったのだが。
飛空艇は、まだ政府市庁舎前に待機しているままだった。
「あ、あれ? なんで飛空艇がそのまま残ってるんだ? もしかして、俺たちを待っててくれた? どうせロストエデンを倒さないといけないから、俺たちはアメリカに戻ってる時間なんて無いんだけど……」
「……いや、日向。どうやらそのような雰囲気ではなさそうだぞ」
本堂が日向にそう告げる。
飛空艇の近くには、多くの生存者たちがその場で待機していた。みな一様に不安そうな表情、あるいは悲しみに暮れた表情などをしている。
冷静に見てみると、これは異常な光景だ。アメリカへ避難させるためにわざわざ飛空艇に乗せたはずの生存者たちが、こうして全員飛空艇の外に出てしまっているのだから。
他にはエドゥアルド・ファミリーの構成員たち。
そしてエドゥと、ARMOUREDのジャックたち三人、そしてミオンの姿もあった。
彼ら五人は、全員が深刻そうな表情をしていた。
そのうちレイカは、かなりの傷を負ってしまっているらしく、あちこちに出血が見られる。
ここでも激しい戦闘があったのだろうか。
日向たちは五人のもとへ歩み寄り、声をかける。
「ジャック! ミオンさん! エドゥ!」
「ん……ああ、ヒュウガか……。ロストエデンは、どうなった?」
「とりあえず倒したけど、完全に倒せたかどうかは分からない。ところで、そっちはいったい何があったんだ? 生存者たちはみんな飛空艇から降りちゃってるし、お前らの雰囲気も随分と暗いし……」
「あー、それは……だな……」
何やら非常に言いにくそうにしているジャック。
困った表情で、レイカやコーネリアス、ミオンやエドゥの目を見ている。
やがて、息を一つ吐いて、観念したようにジャックは日向に告げた。
「…………悪い、ヒュウガ。アラムたちが死んだ……」
「……え?」
日向は、固まった。
何が起こったのか、ジャックは事情を説明する。
日向たちがロストエデンを倒しに行った後、ジャックたちも飛空艇でアメリカへ向かうため、まだ飛空艇に乗り込めていない生存者たちの誘導を急ぎ、襲い来るヴェルデュたちを迎撃していた。
ヴェルデュたちの侵攻の勢いはすさまじく、非常に激しい戦いだった。特に、常に敵の群れに切り込んでくれていたレイカは、かなりのダメージを受けてしまった。彼女が血まみれだったのはこれが理由である。
ジャックたちだけでは厳しいと見たミオンも、飛空艇から降りて参戦してくれた。彼女一人が加わっただけで、みるみるうちにヴェルデュを押し返すことができた。
エドゥもファミリーの構成員を引き連れてジャックたちを援護。
もはやヴェルデュたちはちょっとした爆撃にも耐えるほどにタフになったが、ショットガンやグレネードランチャーなどの高威力の武器を使うことでヴェルデュたちを転倒させ、ジャックたちが動きやすいようにしてくれていた。
激しい戦いだったが、彼らは奮闘し、ほとんどの生存者の誘導を終えた。これで後はジャックたちが飛空艇に乗り込むだけだった。
そんな時。
突如、生存者が数名ほど、テレポート装置を使って飛空艇から降りてきたのだ。
彼らはジャックたちのもとへ駆け寄り、息を切らせながら告げた。
『た、大変だ! 飛空艇の中にヴェルデュが! エドゥのファミリーの奴らがいきなりヴェルデュ化したんだ!』
報告を受けて、ジャックたちは血相を変えて飛空艇の中へ。
とにかく、まずはコックピットを目指した。
そこは地獄と化していた。
人獣型ヴェルデュに変貌してしまったエドゥアルド・ファミリーの構成員たち四名が暴れ回り、オネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちを血祭りにあげている真っ最中だったのだ。
そこからは、ジャックはロクに記憶が残ってないらしい。
ただひたすらに怒り、生き残っていた子供たちを守り、ヴェルデュたちを殴り殺したという。
他の生存者たちもパニックになっていたが、コーネリアスやエドゥ、さらにはテオ少年までもが必死に呼びかけ、どうにか皆を落ち着かせてくれた。その後、飛空艇内にまだヴェルデュが隠れている可能性もあったので、生存者たちをいったん飛空艇から降ろしたそうだ。
話を聞き終えた日向は、愕然とした。
「…………。」
「……悪かった。オマエらは俺を信じてここを任せてくれたんだろうが、俺はその任務を果たせなかった」
そのジャックに続いて、ミオンも日向に頭を下げた。
「待って、私も悪いわ。ジャックくんたちを手伝うためとはいえ、私が飛空艇の外に出たからこんなことに……」
「いえ……でも、これは……仕方ないでしょう……。ジャックやミオンさんで駄目だったなら、仮に俺たちがここを守ってても同じことになってたでしょうし……。それで……今、アラムくんたちはどこに……?」
日向がそう尋ねると、ジャックが目を伏せながら返事をした。
「……簡単にだけど埋葬しといた。アレは、見ない方がいい……」
「そうか……」
本当にひどいことが行われていたのだろう。
日向はそれ以上、聞かなかった。
それから日向は、エドゥを見る。
エドゥは相変わらずキツイ目を日向に向けたが、今回はどこか申し訳なさがあった。彼の仲間がヴェルデュ化して、アラムたちを殺してしまったからだろう。
「……悪いのは、ヴェルデュダ。ヴェルデュになる前まで、アイツらは良い奴らだったんダ」
「……ああ。お前も仲間を失ったんだ。つらいよな……」
「…………。」
謝罪の言葉を言えなかったからだろうか。
エドゥは気まずそうな様子のまま、押し黙ってしまった。
ここまで飛空艇の操縦を頑張ってくれたアラム少年。
彼があちらでユピテルやロックフォールと再会できたことを、日向は祈るしかなかった。
「じゃあ、飛空艇がここに残ってるのは、操縦士のアラムくんがやられたからか……」
そうつぶやく日向だが、直後に首をかしげる。
「……あれ? でも操縦ならミオンさんもいけますよね? レイカさんだって一応は超能力者ですから、飛空艇を動かすだけならできるはずじゃ……」
「それなんだがなヒュウガ、今はムリだ。ここにいる生存者たちをアメリカへ送るわけにはいかなくなった」
「あ……そうか。生存者が……生きている人間がヴェルデュになったんだから、ここから先も同じことが起きる可能性が高い……」
「そうだ。飛空艇が飛行中に、また誰かがヴェルデュ化したら? アメリカに到着し、生存者たちを基地に収容して、そこで誰かがヴェルデュになって暴れ回ったら? 俺たちみたいに戦える人間の側でヴェルデュ化してくれるならともかく、このままだと今回と同じ惨劇がまた発生しかねない」
そう告げたジャックに続いて、レイカも日向に説明。
ちなみに傷だらけだった彼女の身体は、もう北園によって治療されたようだ。
「私たちはヴェルデュ化の原因だけでなく、その感染力すら把握できていません。下手をするとバイオハザードが発生し、アメリカでヴェルデュが爆発的に増えて、この街と同じような地獄になり果てる可能性さえあります。せっかくアメリカはグラウンド・ゼロを倒したのですから、そんな事態だけは避けたいのです」
「でもそれじゃあ、ここにいる生存者は……」
「せめてヴェルデュ化の原因が解明できれば、残酷ですが、移送するべき人間とここに置いていくべき人間を選別することが可能になります」
「ヴェルデュ化の原因ですか……」
「はい。分からないからと言って、もうこれ以上先延ばしにはできません。ヴェルデュ化の原因を、ここで明らかにしなければ」
真剣な表情で、レイカは日向にそう告げた。