第1504話 ユピテルヴェルデュ
背中から触手のようなツタが生えて、ヴェルデュ化してしまったユピテル。
ユピテルは翼を一回羽ばたかせ、飛び上がった後、北園とエヴァめがけて襲い掛かってきた。
「クァァアアッ!!」
北園とエヴァはすぐさまその場から離れ、ユピテルの蹴爪を回避。
「わぁ!?」
「くっ……!」
ユピテルの蹴爪が命中した道路は、深く削れていた。
明確な殺意を感じる一撃だ。
蹴爪の攻撃を外したユピテルは、そのまま道路上に留まりながら二人を睨みつけている。二人の出方を窺っている様子だ。ただ、その目には敵意しかこもっていない。
エヴァはユピテルに反撃するため、左手の中に暴風を凝縮させ、それを槍状の形に生成していく。
しかし、そのエヴァを北園が止めた。
「エヴァちゃん、だめ! ユピテルは仲間なんだよ!?」
「しかし……! もうすでにユピテルの声は聞こえません! ユピテルの自我はヴェルデュ化によって完全に消されてしまいました! もうあのユピテルは、私たちの仲間だったユピテルとは全く違う存在なんです!」
「で、でも……! 何か、何かユピテルを元に戻す方法は無いの……!? 元に戻す方法があるとしたら、ここでユピテルを傷つけるのは……」
「ヴェルデュ化の原因さえ分かれば……。ヴェルデュ化が『星の力』によって引き起こされているのは間違いないのです。どういった仕組みの力が働いているのか、それが分かれば可能性はありますが……ここでそれを明らかにするのは不可能……。ユピテルはもう手遅れです……!」
「そ、そんな……」
そうしているうちに、ユピテルが次の攻撃を仕掛けてきた。
大きく羽を広げて、北園たちめがけて一回羽ばたく。
すると、雷電を帯びた羽が、稲妻の嵐のように一斉に放たれた。
「クァァッ!!」
稲妻の嵐という比喩は、比喩であって比喩ではない。
ユピテルの雷電の羽は、文字通り光の速度で着弾する。
しかし、エヴァは事前にユピテルの攻撃を予測し、左手を突き出して強力な磁力のバリアーを生成。ユピテルの雷電の羽を受け止め、押し返した。
羽を止められたユピテルは、今度はわずかに姿勢を低くし、そこから二人に向かって低空飛行で突進。
その身に宿す雷電を推進力にして、ユピテルはまるでSF映画に出てくる宇宙船のように自然ならざる飛行を行なうことが可能。まったく羽ばたくことなく、光の軌跡を描きながら突っ込んできた。
北園とエヴァはそれぞれ左右に分かれて、ユピテルの突撃を回避。
そこから北園が空に逃げると、ユピテルも北園に狙いを定め、彼女を追いかけて空を飛ぶ。
空を飛ぶ北園に、ユピテルが襲い掛かる。
嘴で突き刺そうとしたり、蹴爪で引き裂こうとしたり。
それらの攻撃を回避し、ユピテルの周囲を飛び回って攪乱しながら、北園はユピテルに呼び掛ける。
「ユピテル! ユピテル! お願い、目を覚まして! 私たちは仲間だよ! 元に戻って!」
「ケェェェンッ!!」
北園の声にまったく耳を貸さず、ユピテルは攻撃を続けてくる。
地上にいるエヴァは、北園を援護するためにユピテルを攻撃しようとしているが、彼女らは空中で激しく飛び回っており、上手く狙いがつけられない。
「こういう時、攻撃範囲が広すぎる自分の能力が不便に感じますね……。狙い撃ちがしにくい……! いくつか狙い撃ちに適した攻撃もありますが、万が一でも良乃に流れ弾が当たったら、彼女も無事では済まない……」
そうしているうちに、ユピテルが北園の動きを捉えた。
嘴を大きく開き、彼女を丸呑みにする勢いで襲い掛かってきた。
「クァァァッ!!」
「わっ!? ば、バリアー!」
球状のバリアーを生成する北園。
ユピテルの嘴が、北園のバリアーを挟み込んだ。
北園のバリアーのサイズが大きいので、ユピテルは北園を丸吞みにできず、そのまま嘴で挟み込み続けている。彼女のバリアーを噛み潰す気だ。
「クァァッ!! クァァァァッ!!」
「しっかりしてユピテル……! アラムくんが悲しむよ……!」
北園がアラムの名前を出しても、ユピテルは何の反応も見せてくれなかった。
その時。
分厚い灰雲に覆われた空から、細い水のレーザーが降ってきて、ユピテルの左羽を貫いた。
「ギャアアアッ!?」
エヴァの能力だ。
ユピテルは北園を口から放し、落下する。
落下しながらも、ユピテルは体勢を整えた。
そして今度は、地上にいるエヴァに襲い掛かる。
光の軌道を描きながら急降下。嘴で彼女を貫くつもりだ。
これに対して、エヴァはすでに右手に”地震”の震動エネルギーを宿して迎撃準備を整えている。彼女の権能の一つ、”ティアマットの鳴動”だ。
「ユピテル……許してください……」
ユピテルがエヴァの目の前まで迫る。
エヴァは”地震”のエネルギーを宿す右手を突き出す。
エヴァの拳が空間を殴りつけ、前方に向けて衝撃波が発生。
その衝撃波が、ユピテルの顔面を押し潰した。
脳髄まで届くほどに。
つまり即死。
それでユピテルの動きは完全に止まり、その亡骸はエヴァの前に落下した。
◆ ◆ ◆
その後、日向たちが北園たちと合流。
顔面が潰れて死んだユピテルを、彼らも目撃することになる。
「何だこれ……。北園さん、エヴァ、これはいったい何があったんだ……?」
「日向くん……」
「日向……これは……」
二人は、日向たちに説明した。
ここでいったい何があったのか。
日向たち四人は、やはりそれぞれ衝撃を受けていた。
「嘘だろ……ユピテル……」
「クソ、マジかよ……」
「恐れていたことが遂に起こってしまったな……仲間のヴェルデュ化か……」
「そんな……ユピテル……うぅ……!」
そんな中、エヴァが前に出て、日向に話しかけてきた。
「……ユピテルを殺したのは私です。良乃は最後までユピテルを助けようとしていました。責めるのは私一人にしてください」
「いや、責めるつもりはないよ……仕方のないことだったんだろう。俺もお前の立場なら、ユピテルは倒すしかないと考えたと思う……」
「日向……」
特に日向は、ユピテルには何度も世話になった。
多くの場面で、何度もその背に乗せてもらって、助けてくれた。
「アラムくんに、なんて説明すればいいんだ……」
声と身体を震わせて、日向はそうつぶやいた。
それから今度は、日影がエヴァに声をかける。
「エヴァ。『星の力』は回収できたか? ロストエデンは日向が完璧に消し飛ばした。コイツが言っていた『ロストエデンを完全に倒すための条件』は満たしたはずだが」
「それが……残念ながら……」
「そうかい……。まだロストエデンを倒せていないってんなら、ヴェルデュ化現象も止まらねぇだろうな。下手すれば、こんな悲劇がまた起こるかもしれねぇのか……」
しばらくの間、沈黙が場を支配した。
少し経ち、やがて本堂が口を開く。
「……一先ず、エドゥアルド・ファミリーの拠点まで帰還しよう。もう生存者たちを乗せて飛空艇は飛び立っているだろうが、それなりに物資は残されているだろう。これからの拠点にしよう」
「……そうですね」
本堂の言葉に、日向がそう返事。
六人は、戦闘に勝利したとは思えない重い足取りで、この場を後にした。