第1495話 ジャックとの通信
引き続き、飛空艇内にて。
ジャックからヴェルデュ研究の報告を受ける日向たち。
曰く。
ヴェルデュ研究チームは、最初の報告から引き続き、ヴェルデュ化の原因について調査を続けていた。
おさらいだが、前回で研究チームは「ヴェルデュは死体に種子が植え付けられることでツタが発芽し、ヴェルデュ化すること」、「そのツタの種子をヴェルデュたちは持っておらず、ヴェルデュに噛まれたりしても人間がヴェルデュになる確率は限りなく低いこと」を解明した。
本題に入る。
この国の人間たちのほとんどは「道端で死んでいる人間に『何らかの植物』が種を植え付けて、その死体がヴェルデュ化する」という認識を持っていた。誰かがそういう場面を見たわけではなく、ただの噂話の類だったが、それでも皆が今日に至るまでそう信じていた。
もう何か月も、この緑化した国で生きてきた人間たちがそう認識していたのだ。もしかしたら、本当にそれこそがヴェルデュ化の原因なのではないか。
研究チームはそう考えて、街中に自生している植物を調査していた。ジャックたちも護衛として同行していたという。
しかし、かなりの数の植物を調べたが、ヴェルデュ化の原因となる種子を持つ植物は発見できなかったそうだ。
まだジャックたちが調べていないどこかにヴェルデュを発生させる植物が隠れている可能性も否定はできない。
しかし、街のあちこちに転がっていた死体のほとんどがヴェルデュになっているのだから、特定の植物がヴェルデュを生み出している場合、その生息数は絶対に多いはずなのだ。目立たない場所にひっそりと生えている植物では、生み出せるヴェルデュの数も少なくなるのが道理なのだから。
それどころか、最近はヴェルデュ化の原因であるツタ植物が、街中に生えている植物にも巻き付いて寄生しようとしている。このことから、やはりヴェルデュ化のツタと、街に自生しているほとんどの植物は、共存関係すら無いまったくの別種であると考えられる。
よって学者たちは「特定の植物がヴェルデュを生み出しているわけではない」という見解のようだ。
「ヴェルデュに噛まれてもヴェルデュにはならない。そこら辺に生えている植物も違う。だったら後は何の可能性が残ってるんだって感じだな……」
『ホントにな。だが、分かったことはそれだけじゃない』
「まだ何かあるのか?」
『いま話した調査結果の副産物だけどよ。まず俺たちって、この国の緑化現象はロストエデンが引き起こしたモンだって思ってただろ?』
「まぁ、そうだな」
『んで次に、ヴェルデュってのは恐らく、ロストエデンの手下か何かだよな?』
「だろうな。まだヴェルデュ化の原因は分からないけど、まず最初にロストエデンがこの国に持ち込んだっていうのは間違いないと思う」
『だったらよ、さっき言ったとおり、ヴェルデュの種子はこの国に生えている植物を寄生しようとしている。ロストエデンが生み出したはずの植物をヴェルデュに寄生させるっておかしくねーか?』
たしかにジャックの言うとおりだ。「他者を寄生する」というのは、すなわちその他者を自分のものにするということ。ロストエデンが緑化現象の元凶なら、わざわざこの地の植物をヴェルデュ化せずとも、最初からロストエデンのものであるはずだ。
「ロストエデンと緑化現象は、それぞれ別の要素ってことか……?」
しかしそうなると、不可解な点も出てくる。
ロストエデンは、自分の周囲の自然を活性化させて、自身の外殻にするという説だ。
最初にロストエデンがいたブラジリアの国立公園は、本来はあれほど深い樹海ではなかった。そして三度目のロストエデンが出現したブラジリアの中心エリアも、ロストエデン出現と同時に深い緑に覆われた。その周囲のヴェルデュも活性化した。
ロストエデンは、自身の周囲の自然環境を外殻とする。
それで多くのことに説明がつくはずだった。
しかしそれは、ロストエデンが緑化現象の元凶であるという前提があったからこその話だった。今、その前提が根本から崩されようとしている。
「あんなにあからさまに『自分が緑化現象の原因です』って感じの見た目なのに、そんなことあるのか……?」
『まだそういう可能性があるって段階の話だけどな。もしかすると、ロストエデンを倒しても、この国の緑化は止まらないのかもな』
「エドゥたちにとっては、それはそれで嬉しい話なのかも」
『ところでオマエら、今は何してるんだ? ヒマならちょっとこっちに戻ってこれねーか? そろそろこっちが備蓄している食料がやべーんだ。エヴァを借りて、食料を増やしときたいんだが』
「あー、まぁエドゥもヴェルデュ研究チームを作ってくれたんだし、協力しないとな。分かった。ちょうどこっちも、いったんリオに戻ろうかって話してたんだ。こっちはロストエデンの死体を入手してさ。こいつを分析すれば、ロストエデンを完全に倒しきる方法も何か分かるかも」
『おいおい、ビッグニュースじゃねーか。早く教えてくれよ、そういう話は。ま、俺が先にこっちの話を始めたんだからムリだったか!』
「そういうこと。いつ話そうかタイミングに困ってた」
『ついでにもう言っちまうけどよ、ぶっちゃけこっちはけっこうデンジャーな状況だ。オマエらが言っていた虫のヴェルデュが出現し始めて、街にいるヴェルデュの総数が一気に増えた。今はもう、果実を取りに行くのもラクじゃねーぜ。負傷者も出てる』
「だ、大丈夫なのか? 昨日はけっこう余裕そうだったのに」
『今はなんとかな。ただ、これ以上ヴェルデュが強くなると、ちょいとキツいかもな。こんなに一気に厄介になるのは予想外だったぜ』
「あー、俺たちがロストエデンを倒したから、そっちのヴェルデュも進化したのかも……」
今のジャックの話を聞いて、日向はふと思う。
日向たちが虫類のヴェルデュを見かけたのは昨日のことだったが、その時点では、ジャックたちがいるリオデジャネイロに虫類ヴェルデュはいなかった。それから遅れて、現在はリオにも虫類ヴェルデュが現れているという。
先ほどジャックの報告で上がっていた「街の植物にヴェルデュ化のツタが寄生しようとしている」という話も、ブラジリアで日向たちが見た植物ヴェルデュ出現の前兆なのだろう。
恐らく、ロストエデンがいる地域と、それ以外の地域では、ヴェルデュの進化の度合いにタイムラグがあるのではないか。そうなるとジャックたちは、日向たちが今日戦った、あの第三の人型ヴェルデュも、さらに凶暴になった虫類ヴェルデュたちも、まだ見てはいないと思われる。
そして先ほど、日向たちは三度目のロストエデン討伐を果たしてしまったことで、ヴェルデュたちは第四の進化を遂げることになるだろう。そしていずれ、第五の進化も。
まだ進化の猶予はあるはずだが、ゆっくりしてはいられない。
「ジャック、心して聞いてほしい。そのヴェルデュたち、またもう二段階くらい強くなるぞ」
『マジかよ! これ以上となると、俺らの身を守るだけならともかく、さすがに俺たちだけでここの生存者を完璧に守り切るのは限界があるぜ? 飛空艇を使って、生存者たちを安全な場所に移動させるのも考えた方がいいんじゃねーか?』
「それがいいかもしれない。食料やロストエデンの分析は置いといて、今日中にでも生存者たちを避難させることを考えた方がいいのかも」
『オーケー。エドゥにはこっちで話をしとく。そっちも受け入れ態勢を整えといてくれよ』
「分かった」
返事をして、日向はジャックとの通信を終えた。
通信が終わると、日向はエヴァに声をかける。
「エヴァ。レオネ祭司長の気配は追えるか?」
「はい。しっかり捕捉しました。これでいったんリオデジャネイロへ戻っても、また後で倒しに行けます」
「よし、さすが。そのまましっかり見張ってくれよ」
「それと、これもついでに報告しておきます」
「ん、何かあったのか?」
「レオネ祭司長の気配は、ロストエデンと似ています。生きているか死んでいるか、どちらとも言えず、どちらでもあるように感じるような……そんな気配です」
「なるほど……。俺が思っている以上に、レオネ祭司長とロストエデンは深い関係があるのかもしれないな。分かった、憶えておくよ。今はとりあえず、生存者の避難もあるし、このままリオへ向かおう」
その日向の言葉のもと、飛空艇は進路を変えず、リオデジャネイロへ帰還することを選択した。
ともすれば、レオネ祭司長がロストエデンの種子を撒いていて、そのためにロストエデンが復活し続ける……という可能性もある。やはりレオネ祭司長は今すぐ追いかけてでも倒すべきなのかもしれない。
しかし、やはりリオデジャネイロの生存者たちも放っておくわけにはいかない。
日向たちがレオネ祭司長を追いかけている間にヴェルデュが進化し、生存者たちが襲われてしまったら、重い後悔が必ず日向たちを苛むだろう。
「全部守って、全部倒して、完全勝利する。大変だけど、不思議とやる気は湧いてくるんだよな」
穏やかながらも、決意を感じさせる力強い目をしながら、日向はそうつぶやいた。