第1494話 撤退成功
三度目のロストエデンを果たした……果たしてしまった日向たち。
日影が何度も激突したおかげで、飛空艇を捕まえていたツタはすでにボロボロだ。
日向たち六人は、まだ襲い掛かってくるヴェルデュに注意しつつ、邪魔になっているツタを伐採し、無事に飛空艇を解放。
自由を取り戻した飛空艇に乗って、日向たちは今度こそブラジリアから離脱した。
飛び去っていく飛空艇を、レオネ祭司長がツタの上から眺めている。
「……見事なものです。三度目のロストエデンを、こうも容易く打ち倒すとは。しかし、この敗北を糧にして、今度こそロストエデンはあなたたちを克服するでしょう」
たった少しの表情変化もなく、淡々とレオネはそうつぶやいた。
◆ ◆ ◆
こちらは飛空艇のコックピット。
無事に戦闘を終えた日向たちが、それぞれ休んで息を整えている。
まず口を開いたのは、日影だった。
「あー、悪ぃな……。ロストエデン、殺っちまった」
天井を見上げながら、気まずそうにそう告げた日影。
これに対して、日向と北園が返事。
「気にするなよ日影。むしろ、礼を言いたいくらいだ。あの場面はああしないと、北園さんは助けられなかった。北園さんを助けてくれてありがとうな」
「日影くんが助けてくれなかったら、本当に危なかったよ……。私からも、ありがとうね!」
「……おう」
二人の言葉を受けて、少し気が楽になったのだろう。
日影の返事からは、嬉しさが少しだけにじみ出ていた。
「……で、日影。それはそれとして、アレはなんだ」
日向が尋ねる。
彼の視線の先にあるのは、先ほど日影が仕留めたばかりの、黒焦げになって絶命しているロストエデンの死骸だった。この飛空艇の中に持ち込まれているのである。
「ああ、アレか? サンプルだ。シャオランがヤツの身体の一部を手に入れてくれたけどよ、どうせならもっとデカい方が研究もしやすいんじゃねぇかなと思って」
「ま、まぁ、サンプルは多いに越したことはないだろうとは思うけどさぁ……なんだかなぁ……」
「ボク、なんだか、頑張って魚を釣り上げたのに、その百倍大きい魚を見せつけられて自慢されてるような気分……」
何はともあれ、これで日向たちはロストエデンのサンプルの入手に成功した。
だが、このサンプルを詳しく調べるには、専用の機材などが必要になるだろう。残念ながら飛空艇にはそういった設備は無い。
リオデジャネイロのエドゥアルド・ファミリーには、ヴェルデュについて調査している研究チームが設立されている。彼らならば、サンプル調査に使えそうな設備を揃えているかもしれない。
ここはやはり、一度リオデジャネイロへ帰還するのが得策。
だが、このブラジリアでも、まだ気になることが少しだけある。
もちろん、あのレオネ祭司長についてだ。
狭山に魂を回収されることなく、何十億年も昔に亡くなったと思われていたレオネ祭司長。そんな彼女が、生前の姿のまま現れた。
彼女はいったい何なのか。
なぜ現代にいるのか。その目的は。
日向たちの敵か味方かすらも、明言はしなかった。
たった今、日向たちからレオネ祭司長のことを聞いたミオンも、心底から驚いていた。
「ウソでしょ? レオネちゃんが生きてた?」
「うわぁ、師匠が素で驚いてる」
「そりゃ驚くわよ。絶対に亡くなったと思っていたから……。まぁ確かに、私たちは遊星がこの星に飲み込まれる前に退避したから、あの子の最後を直接見届けたわけじゃないけれど……」
彼女の最後を直接見届けたわけではない。
ミオンのその言葉を聞いて、日向たちもふと思う。
日向たちが「レオネ祭司長は遊星と共に亡くなった」と知ったのは、狭山からそう聞かされたからだ。狭山が日向たちを裏切った後の事情説明の中で、その話が出ていた。
日向たちもまた、レオネ祭司長の死については、あくまで狭山から聞かされていただけなのだ。彼の記憶の映像などで、レオネ祭司長が死亡する瞬間を見届けたわけではない。
いやそもそも、よく考えると、狭山さえも彼女の死の瞬間までは語らず、あくまで「レオネ祭司長は滅びの運命に陥った遊星に寄り添った」としか説明しておらず、死んだとは明言していない。
そうなると、二つの可能性が考えられる。
一つは、狭山は「レオネ祭司長が生きていたこと」を意図的に隠していて、実は他の民たちと同様に魂を保管していたという可能性。この場合のレオネ祭司長はレッドラムと同じく、狭山から新しい肉体を与えられ、現代に蘇った存在だと考えられる。
もう一つは、レオネ祭司長はアーリア遊星が地球に飲み込まれる前に、人知れず遊星を脱出して、この星に移動していた可能性。この場合のレオネ祭司長は、スピカやミオンと同じく純粋なアーリアの民ということになる。
この二つの可能性に対して、エヴァが手を挙げる。
「彼女が発していた気配は、レッドラムと似たようなものでした。おぞましいまでの殺意と怨嗟が渦巻くような邪悪な気配です」
「じゃあレオネ祭司長は、やっぱり狭山さん側の人間か……? さっきロストエデンが出てきた時も、あの人が意図的にこっちへけしかけるようなタイミングだったしなぁ。ロシアのジナイーダ少将みたいに、パッと見は人間に見えるレッドラムもいたし……」
恐らくは、前回のアメリカ大陸で遭遇した鮮血旅団のように、あのレオネ祭司長は『星殺し』であるロストエデンの守護を担当するレッドラムなのだと考えられる。
「レッドラムだとしたら、その割には、連中の特徴であるぬめりのある赤色の体色がまったく無かったのが少し気になるけど。……ところでスピカさん。レオネ祭司長ってどんな人なんですか? 改めて聞いておきたいのですが」
日向がそう尋ねられたスピカは、そのレオネのことで思い詰めているような様子だったが、日向の質問には答えてくれた。
「ん……そうだねー、あの人はアーリアの民の中でも相当な古参でねー、ミオンさんより少し下くらいだっけ?」
「とりあえず、ヤバい年数を生きているってことですね」
「だねー。それで、遊星の平和と発展をいつも祈ってくれている人だった。ワタシたち民にとってはもう一人の母親みたいな人だった。新たな民が生まれたら、あの人が祝福してくれるのが恒例だった。星を愛して、民を愛して、アーリアの文化や生活を愛してた」
「慕ってたんですね」
「だね……。まぁ個人的な付き合いとかじゃなくて、あくまで一人の民としてだけどね。……あの人は決して、自分の勝手な都合で遊星を捨てて復讐に走るような人じゃない。王子さまの側についているのは、何か特別な理由があるんじゃないかって思ってるよ……」
スピカの言葉を聞いて、日向は狭山の記憶の中で見たレオネ祭司長を思い出す。
物静かだったが、その内側に秘めた優しさがとてもよく伝わるような、そんな人物だった。幼い狭山にも、それこそ母親のように接していた。
記憶の中で、彼女は狭山にこう伝えていた。
(どうか王子様のその美徳……優しさと誠実さは見失わないでください。あなたらしさを形作る、その二つを。巡り巡って、その美徳はきっと、あなたの助けにもなるでしょうから)
この彼女の言葉が、今の狭山を性格を作ってくれた要因の一つになっているのは間違いない。彼女の言葉があったからこそ、日向はあの優しくて面倒見がよく、少しお茶目な狭山誠という人物に出会えたと言っても過言ではない。
スピカの言うとおり、本当によくできた人格者だったのだろう。
もっと別の形で出会えれば、と思わずにはいられなかった。
「レオネ祭司長の能力とかについては、分かりますか?」
日向が尋ねると、スピカはうなずき、答える。
「あの人はエヴァちゃんと同じく”星通力”が使える。アーリア遊星にいた時は、あの人以上に遊星の『星の力』をうまく扱える人はいなかった。この星が持つ力にどれだけ適正があるかは分からないけど……強敵になるかもね」
「なるほど……」
「それから、ワタシみたいに一気に長距離は移動できないけど”瞬間移動”も使える。一回の移動距離は一キロメートルくらいだけど、連続使用はできなかったはず。エヴァちゃんの気配感知も合わせれば、今のキミたちなら一度捕捉すれば逃げられることはないはずだよ」
「”瞬間移動”持ちですか。厄介だなぁ……。もしかして、さっき気が付いたらいきなり姿を消していたのは、その能力を使ったからか……」
……と、ここで日向の通信機に着信。
リオデジャネイロにいるジャックからの連絡だ。
『よーう。今いいか?」
「ああ、ジャック。大丈夫だよ。何かあった?」
『ヴェルデュの研究で、また少し分かったことがあるみてーだから、伝えるぜ』