第1491話 レオネ祭司長
日向たちの前に現れたのは、狭山の記憶の中で何度かその姿を見た人物、レオネ祭司長だった。
「あ、あなたは……レオネ祭司長……!?」
驚きながら問いかける日向。
なぜ彼は驚くのか。
それは、本来、彼女はここにいること自体がありえない人間だからだ。
あの日。
アーリア遊星が、原初の地球に飲み込まれた時。
アーリアの民たちは「遊星を救うことは不可能」として、自分たちの故郷である遊星を捨てて地球へ移住する計画を立てていた。
遊星の意思は「自分を見捨てた薄情者」と民たちを批判したが、そんな遊星に寄り添ったのがレオネ祭司長であった。
レオネ祭司長もまた遊星を助けることはできなかったが、だからこそ、民たちが地球に移動する中、彼女は遊星に残り、原初の地球に飲み込まれた遊星と運命を共にしたのである。
そう。彼女はあの日、遊星と運命を共にしている。
だから、狭山の”霊魂保存”で魂を収容されてはいない。
だからレオネ祭司長だけは、たとえレッドラムという形であっても、この現世に現れることは絶対にありえないはずだったのだ。
それなのに、今。
レオネ祭司長はレッドラムどころか、生前の姿のまま、日向たちの前に立っている。
日向たちはもちろんだが、一番驚いた様子を見せていたのはスピカだった。
「れ、レオネ祭司長……!? どうして、ここに……!? 生きていたんですか!? アナタは今、ワタシたちの味方なんですか? それとも……敵なんですか……?」
いつになく畏まった口調で問いかけるスピカ。どういう形でかは分からないが、彼女にとってもレオネ祭司長は大事な存在らしい。彼女が味方であることを祈るように質問した。
スピカの言葉に対して、レオネ祭司長は何も答えない。冷ややかな視線を投げかけてくるだけだ。
このレオネ祭司長の反応を見て、日向たちは警戒の姿勢を強める。
彼女の冷ややかな視線に敵意がこもっているのを感じ取ったから……だけではない。狭山の記憶の中で見たレオネ祭司長は、こういう場面でこのような冷たい態度を取るような人間ではなかったと記憶しているからだ。
やがてレオネ祭司長はスピカの質問に対して、ゆったりと答え始めた。
「私が敵か、それとも味方か。それは、あなたたち自身で判断しなければなりません」
「それは、どういう意味ですか……?」
「その程度の迷いで鈍るような『牙』では、私にも、あの御方にも届かないということです」
その時だった。
日向たちの背後で、また新たな気配。
それも、明確な戦闘の意思を感じさせる気配だ。
日向たちの背後に立っていたのは、一体のヴェルデュ。
このヴェルデュは、身長が二メートル以上あるのではないかと思うほどに大きい。そして背中には、二日前に伐採した、あの大きな白い花の花弁に似た外殻が左右三枚ずつ、合わせて六枚、マントのように付いている。
昨日と少し見た目は違うが、間違いない。
このヴェルデュは、日向たちが昨日倒した白いヴェルデュ……ロストエデンだ。
「ロストエデン! ここで出てきたか!」
「……あ!? 日向くん、見て!」
ロストエデンに向かって構えた日向に、北園がそう声をかけてきた。彼女は先ほどレオネ祭司長が立っていた場所を指さしている。
前方のロストエデンに注意しつつ、日向はレオネが立っていた場所を振り返って見てみると、そこにはすでにレオネの姿はなかった。
「レオネ祭司長が消えた!? 逃げたのか? それとも、どこかに隠れて攻撃してくるつもりか……!?」
慌てて周囲を見回す日向たちだが、ゆっくりとレオネの姿を探している余裕は無い。なぜなら、もうロストエデンが動き出して、日向たちに攻撃を仕掛けてきたからだ。
ロストエデンは大きく跳躍して、日向たちに殴りかかってきた。
日向たちはすぐさまその場から散開して、ロストエデンの攻撃を回避。
誰もいなくなった地面を殴りつけるロストエデン。
まるでミサイルでも落ちてきたかのように、殴られた地面が派手に爆砕された。
「昨日よりも明らかにパワーが増している! ヴェルデュだけじゃない。ロストエデン自身も、倒されて復活したら進化するんだ!」
日向が叫ぶ。
今にして思えば、あの二日前の白い花は、間違いなくロストエデンだったのだろう。日向たちに伐採されてから復活したことで進化し、あの白いヴェルデュになったのだ。
ロストエデンがパワーアップしたのは、筋力だけではない。
地面が爆ぜるほどの踏み込みで、新幹線のような速度で日向めがけてタックルを仕掛けてきた。
「は、速い……!」
右方向へダイビングするように、日向はロストエデンのタックルの軌道から逃れる。しかし間に合わず、日向の足にロストエデンの肩が引っ掛かり、吹き飛ばされてしまった。
「おわぁ!?」
回転しながら地面に落ちる日向。幸いにも足が引っ掛かっただけなのでダメージは少ないが、日向の身体ごと回転した視界が、日向の目を回させる。
他の仲間たちが、ロストエデンへの攻撃を開始。
まずは日影が”オーバーヒート”でロストエデンに突撃。
「おるぁぁぁッ!!」
業火をまき散らしながら、一直線にロストエデンへ突っ込む日影。
ロストエデンは先ほど日向を蹴散らした機動力を発揮し、炎を纏いながら飛んできた日影を回避。
Uターンし、再びロストエデンに襲い掛かる日影。
これに対してロストエデンは地面に手を突く。
すると、ロストエデンの周囲から、木の幹のように太い根っこが四本ほど生えてきて、まっすぐ向かってくる日影を貫きにかかった。
日影は進路を横にずらして、根っこの先端を回避。逆に根っこの側面を『太陽の牙』で斬りつけ、引き裂き、炎上させた。しかし日影が進路をずらしたことで、ロストエデンへの攻撃は失敗。
次に本堂が、右腕の刃に高圧電流を流しながら斬りかかった。
「はっ……!」
ロストエデンもまた右腕を使って、本堂の斬撃を防御する体勢。
何本もの太い根っこで編まれたようなロストエデンの右腕が、本堂の右腕から生えた鋭い刃とぶつかり合う。すると、甲高い金属音が鳴り響いた。
「随分と頑丈な腕になったものだな……!」
腕で押し合い、拮抗する両者。
再び本堂が五回、八回と斬撃を繰り出す。
その全てを、ロストエデンは拳で叩き落とす。
ロストエデンが反撃の左ストレート。
本堂はこれを回避しつつ、ロストエデンの胸に右手を当てた。
「”天鼓”……!」
落雷そのもののような轟音。
同時に、ロストエデンの全身に大量の電流が、一瞬にして撃ち込まれた。
これはロストエデンも効いたらしく、大きく怯みながら後ずさった。
その後、ロストエデンは本堂の足元に鋭い棘のような根っこを生やし、彼を後退させる。
今度はシャオランの攻撃。
ロストエデンの左から接近し、”空の気質”の空間を展開。
「捉えた! せやぁッ!!」
シャオランの正拳が炸裂。彼の技”無間”により、”空の気質”の空間内であれば、ロストエデンがどこにいようともシャオランの拳は命中する。
さらに”空の練気法”の性質で、シャオランの拳には地水火風全ての練気の性質が乗せられていた。そんな凄まじい強打が、ロストエデンの顔面を打ち抜いた。
その場で大きくのけ反るロストエデン。
だが、まだ健在であることをアピールするように、勢いよく上体を戻す。
それだけではない。
ロストエデンは上体を戻した勢いを乗せて、なんと腕を何メートルも伸ばしてきたのだ。間合いが大きく開いていたシャオランを捕まえてしまう。
「え!? わわぁ!?」
まさかロストエデンの腕が伸びるとは思っていなかったシャオランはまんまと捕まってしまい、ロストエデンに引っ張られてしまう。
シャオランを引き寄せたロストエデンは、その引き寄せの勢いを利用して、シャオランを前蹴りで蹴飛ばした。
「うぐぅ!?」
サッカーボールのように派手に地面に転がされたシャオラン。並の人間なら死んでもおかしくない一撃だったが、地の練気法”瞬塊”を使ってダメージを軽減したようだ。
蹴とばされ、仰向けに倒れるシャオラン。
そのシャオランの真上から、大きなトンボ型のヴェルデュが急降下してきた。
「ギギギ」
「ひゃああ!?」
悲鳴を上げたが、シャオランは倒れていた状態から右手で勢いよく真上にジャンプし、左足でトンボのヴェルデュを蹴り上げた。見事なカウンターで顔面を潰され、トンボのヴェルデュは一撃で沈黙。
ここで、上空に浮かんでいたスピカが声を上げた。
「周囲からヴェルデュたちが集まってるー! もう間もなく乱入してくるよー!?」
ロストエデン一体だけでも、昨日と比べてこれほどまでに強くなっている。そこへ、同じく昨日より強化されたヴェルデュたちの乱入。
日向たちを戦慄させるには、十分過ぎるほどだった。