第1490話 地を覆う侵緑
ブラジリアの中心エリアに移動した日向たち。
まずは地上の植物を減らすため、飛空艇でエネルギー弾を撃ち込んだ。
だが、地上の植物はエネルギー弾の爆撃を耐え抜き、ほとんど吹き飛ばすことができなかった。ただの植物とは到底思えない耐久力に、日向たちは驚かされている。
「耐えられた!? そんな馬鹿な! 植物が生えている地面ごと吹き飛ばす勢いだったのに、そのまま残ってる……!」
「ぼ、僕、手加減とかしてないよ!? 本気で撃ち込んだよ!」
「もちろん分かってるよアラムくん。地上に生えてるあの植物が、きっとただの植物じゃないんだ。ロストエデンが現れたことで生えてきた、いわば奴の外殻だからな……」
一応、地上を覆っている植物も、まったく吹き飛ばせなかったわけではない。いくらか被害は与えている。しかしこの調子で攻撃を続けても、アラムの精神エネルギーが底をつく方がずっと早いだろう。
この中央エリアにも多数のヴェルデュが待ち構えているかもしれない。そんな場所にアラムのエネルギー切れで飛空艇が着陸しようものなら、飛空艇は四方八方から虫に集られることになるだろう。飛空艇への防衛に戦力を割かなければならなくなり、ロストエデン捜索どころではなくなる。
もともと地上の植物を減らしてから日向たちが飛空艇から降りる予定だったが、これはもう仕方ない。日向たちは深い緑が生い茂る地上に、覚悟を決めて降りなければならない。
飛空艇は地上に少しだけ着陸した後、日向たち実働部隊を降ろして、すぐに飛行再開。この中央エリアの上空に留まる。
いつものパターンだが、ミオンには飛空艇に残ってもらっている。空を飛べる虫のヴェルデュが飛空艇内に侵入してくる可能性があるからだ。彼女がいなくなれば、飛空艇内に残るのは無抵抗な子供たちだけだ。誰かが守らなければならない。
飛び立った飛空艇を見送ってから、地上に降りた日向たちは行動開始。ちなみに前回に引き続き、日向たちのグループにはスピカも同行している。
「相変わらず戦闘じゃ役に立たないけど、皆の周りを警戒するくらいならできるからさー。まー、よろしくねー」
緊迫している皆の緊張を和らげるように、間延びした口調でスピカはそう告げた。
地上に降りると、さっそく本堂が、地面を覆う植物を調べ始める。
「これは……」
調査早々、本堂は何かに気づいたようだ。
たまたま近くにいた北園が、本堂に声をかける。
「どうしたの本堂さん? 何か見つけたの?」
「ここらの植物は、まるで茎や枝に薄い緑の血管が通っているような見た目をしていると思ったのだが……これはツタだ。植物に、別のツタが張り付いている」
「わ、ホントだ……」
本堂の言うとおり、このあたりに生えている葉っぱや、背の高い雑草らしき植物、歪な形の木々、街のモニュメントに絡みつく木の根に至るまで、全てに細いツタが巻き付いていた。まるでここらの植物に寄生するかのように。
すると北園も何か思いついたらしく、口を開く。
「なんかこれって、ヴェルデュに似てるよね? 誰かに巻き付くツタと、ツタに巻き付かれる宿主の関係みたいな……」
「確かに……。ツタの見た目や大きさこそ違うが、関係性は当てはまるな。まさかとは思うが……」
その時だった。
近くに生えていた、日向たちの背丈を軽々と越すくらい背の高い雑草のような植物。これが独りでに動き出し、北園に向かって伸びてきて襲い掛かったのだ。
北園は反応が間に合わなかった。
しかし、彼女の隣にいた本堂が反応し、この植物を右腕の刃で斬り払った。
「び、びっくりしたぁ……。助けてくれてありがとう、本堂さん!」
「礼には及ばん。だが、やはりそうか。恐らくここら一帯の植物は……」
さらに、皆の周りに生えていた他の植物までもが攻撃を仕掛けてきた。足元のツタ植物や木の根が日向たちの足を拘束しようとし、木々は自ら動いて枝で殴りかかろうとしてくる。建物などに巻き付く巨大なツタもこれ見よがしにゆらゆらと動き、日向たちを叩き飛ばす気満々だ。
「な、なんだなんだ!? 周りの植物が動き出した!?」
「な、何これぇ!? 何が起こってるのぉ!?」
驚愕の声を上げる日向とシャオラン。
そんな彼らに、本堂が声をかけた。
「ヴェルデュだ! この辺りの植物全てがヴェルデュ化している!」
「う、噓でしょ!? この植物が全部!?」
「日向! 日影! 多少派手にやっても構わん! お前たちの炎で植物を焼却しろ! このままでは皆、動きを封じられて嬲り殺しになる!」
「分かりました! やるぞ日影!」
「仕方ねぇな!」
日向が”紅炎一薙”を連発し、日影が”オーバーヒート”で飛び回り、周囲に生えている草木をどんどん焼き払っていく。炎と黒煙があっという間に周囲を包み込んだ。
まだ六人の足元に残っている木の根が、本堂やシャオランに絡みついた。パワーに自信がある二人は、素手でこのツタを引きはがしにかかる。
「引きはがせるけど……すっごい固いねコレ……!」
「ヴェルデュ化の影響で、これらの植物も頑丈になっているのだろうな。飛空艇のミサイルでも一掃できなかった理由はこれか……」
「飛空艇は地面ごと吹き飛ばす勢いでミサイルを撃ってたけど、それでも地面が砕けなかったのは、地面を覆う植物が……いや、植物のヴェルデュが地面を守ってたからなんだね……!」
「その通りだろうな。植物のヴェルデュたちにとって、自分が生えている地面を守ることは自分自身を守ることにも繋がる」
恐らくは炎や冷気への耐性も、他のヴェルデュと同様のものになっているだろう。この二人の怪力でもそう簡単には引きはがせないのを見るに、物理的な耐久力もさらに向上しているようだ。
ともあれ、まだ日向と日影の『太陽の牙』の炎は克服されていないようだ。日向たちの周りの草木はあらかた焼き尽くされて、ようやく彼らが落ち着けるスペースができあがる。
……と、その時だった。
炎の向こうから、誰かがこちらに向かって歩いてくる。
「人影……? もしかしてロストエデンか……?」
日向がつぶやく。
まだ燃え残っている炎の明かりと黒煙が邪魔をして、人影の正体がよく見えない。
歩いてくる人影は、ヴェルデュにしては姿勢がまっすぐで綺麗な歩き姿だ。あのクリーチャーのような第三の人型ヴェルデュがやって来たとは思えない。加えて、この街の生存者は昨日の時点で全滅している。ならば、残っている可能性はロストエデンくらいのものだ。
ところが答えは、その三者のどれでもなかった。
日向たちの前に現れたのは、金糸で編まれた、やたらと露出が高い神秘的な衣服に身を包んだ、年齢二十代後半くらいの銀のスーパーロングヘアの美女。
「あの人は……」
日向も、他の仲間たちも、目を丸くしていた。
目の前に現れた人物について、見たことがあったからだ。
現れたのは、狭山の記憶の中でその姿を見た、レオネ祭司長だった。
「楽園の終焉、そのきっかけはいつだって一人の行動から。
……初めまして、ですね。『牙』と、その仲間たち」