第1489話 新しい外殻
どうやらロストエデンが復活したようだ。
エヴァが気配を感じ取ったのは、ブラジリアの中心街。
甲板に集まっていた日向たちは、いったん飛空艇の中に戻って、コックピットへ移動。そこにはすでにオネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちと、スピカが配置についていた。
「おはよーみんなー! いやー、朝からひっどい事態だねー!」
「おはようございます、スピカさん! いやもうまったくおっしゃる通りで! アラムくんもおはよう! さっそくだけど、飛空艇は動かせる!?」
「任せて! この街の中心まで向かうんだよね!」
アラムの操縦によって、ロストエデンが潜伏していると思われる中心街まで飛空艇で向かう。中心街からやって来たヴェルデュの軍勢が飛空艇の近くまで接近していたが、これで一気に撒くことができそうだ。
だが、ヴェルデュたちも諦めなかった。
蝶型やトンボ型、蜂型や蟲型など、羽を使って飛べるヴェルデュが飛空艇を追いかけてくる。
これを見て、本堂が動く。
どうやら、追いかけてくる虫類ヴェルデュを迎撃しに行くつもりらしい。
「虫たちの翅でこの飛空艇に追いつくことは不可能だろうが、ロストエデンとの戦闘中に追いついてきて、乱入でもされたら面倒だ。今のうちに数を減らしておこう」
「仁。それなら私も行きます」
そう言ってエヴァも同行の意を示す。
確かに彼女の能力なら、多数のヴェルデュを一気に倒すことができるだろう。
しかし、そのエヴァに向かって、北園が慌てて声をかけた。
「あ、待ってエヴァちゃん! さっき私があの新しいヴェルデュに冷気で攻撃したとき、凍り付かなかったの! もしかしたら、あの新しいヴェルデュは冷気にも強くなってるのかもしれない!」
「私もあの場面は見ていました。昨日のように、吹雪で一網打尽にするのは難しいかもしれませんね。電撃ならば効くでしょうか。ついでに色々試してこようと思います」
そう返事をして、改めてエヴァは本堂について行った。
すると次は、モニターで外のヴェルデュを見ていたシャオランが、何かに気づく。
「あのヴェルデュたち……なんか、昨日より見た目がすごいことになってない?」
「あの人型のヴェルデュか? これまで見てきた二種類ともまた違う見た目になってたよな」
日向がそう返事をするが、シャオランは首を横に振る。
「いや、あっちじゃなくて虫のヴェルデュの方だよ。ほら、モニターを見て」
シャオランに言われて、モニターに映る虫類ヴェルデュたちを観察する日向たち。
すると確かに、虫類ヴェルデュたちの姿が昨日から変化していた。全体的に、より攻撃的で高機能になっているような印象だ。
トンボのヴェルデュは顎がさらに大きく発達し、四枚だった翅が六枚に増えて、さらなる高機動を手に入れていた。
蝶のヴェルデュは身体も翅も大きくなり、身体を包む甲殻がより刺々しく、頑丈なものになっている。
これを見た日向たちは、目を丸くしていた。
日向とスピカがそれぞれつぶやく。
「進化してたのは人間型のヴェルデュだけじゃなかったのか!」
「ありえない進化のスピードだねー……。これはもう確定だね。ロストエデンを倒して、復活されると、ヴェルデュたちも強くなるんだ。ここまで急激にポンポンと進化していくのはさすがに予想外だったけどー!」
その一方で、ミオンもシャオランに声をかけていた。
「これは、下手をすると、本堂くんとエヴァちゃんだけじゃ危ないかもしれないわね。シャオランくん、二人を手伝いに行くわよ! 飛んでくる羽虫を叩き落すお仕事よ!」
「わ、わかったよ師匠!」
「おっと、オレも行くぜ。ここでジッとしてるのも性に合わねぇ」
本堂たちの援護を決めて、ミオンとシャオラン、それから日影が甲板へ移動。
北園は先ほどヴェルデュの舌によって肩を負傷したので、ヴェルデュ化しないか経過観察。日向も彼女の容態を見守ることにした。
昨日のジャックからの連絡では「ヴェルデュは他生物をヴェルデュ化させる種子は持っていないので、ヴェルデュから攻撃を受けてもヴェルデュ化する可能性は低い」と言っていたが、まだ確定的な情報ではない。用心するに越したことはない。
それにしても、だ。
今しがたスピカが言ったとおり、ヴェルデュはあまりにも急速に強くなっている。
昨日、あのガッシリとした体格の、第二の人型ヴェルデュは、最初のゾンビのような人型ヴェルデュと比べて、火に対して非常に高い耐性を得ていた。そして今回の第三のヴェルデュは冷気に強い。自身の弱点を次々と克服している。
おまけに、単純な戦闘能力、身体性能も初期のヴェルデュの比ではない。いつのまにか虫類のヴェルデュも追加されて、バリエーションに幅が出ている。
この進化のスピードは驚異的だ。
もう日向たちは、下手にロストエデンを倒すわけにもいかなくなった。
倒せば倒すほど、ヴェルデュたちは無限に強化される。
とはいえ、日向たちはまだ、どうすればロストエデンを完全に討伐することができるか、その方法を掴めていない。昨日はロストエデンが潜んでいた、ロストエデンの外殻と思われた森を丸ごと焼き尽くしたが、その森とは関係ない場所でロストエデンは現れたようだ。
叶うならば、あと一回だけ。
次の討伐でロストエデンを復活させることなく葬るのは、恐らく難しいだろう。なので、次の討伐でロストエデンが復活するメカニズムを解明し、その次の討伐でロストエデンにトドメを刺す。これが理想とするところである。
やがて、飛空艇は目的地に着いた。
甲板に出ていた本堂とエヴァ、それからシャオランとミオンに日影も戻ってきた。彼らが頑張ってくれたおかげで、追ってきた虫類ヴェルデュはもういない。
コックピットに映し出されているのは、深い緑に包まれた、ブラジリアの中心エリア。公共的な建物が、広い芝生などを挟んで設置されているこの区域は、本来はとても見晴らしがいい。
しかし今は、新しく生えてきた背の高い深緑の植物が大地を覆い隠し、かつての景観は見る影もない。区域に点在する公共施設にも巨大な植物が巻き付き、完全に包み込んでしまっている。そしてこの深緑は、今もなお周囲のエリアを飲み込みながら広がりつつある。
時おり見かけてきた緑の粒子も、ここはさらに量が多い。
ここまで多いと、蛍か何かが飛び交っているかのようだ。
「昨日までは、ここまでひどく緑化はしてなかったはずなのに、いつの間にこうなっちゃったんだろう……」
北園がそうつぶやく。
その彼女の発言に、エヴァも続く。
「最初にロストエデンが潜んでいた樹海と同じ、特に強い”生命”の気配を感じます。昨日までそんな兆候はなかったのに……。この場所もまた、最初からロストエデンの外殻だったのでしょうか? ロストエデンは複数いた……?」
エヴァがそう発言したが、それを日向が否定した。
「いや……。エヴァ、お前は昨日、俺が『ロストエデンは複数いるかもしれない』って説を出した時、否定したよな? この国には、他にロストエデンの気配も、ロストエデンの外殻らしき森の気配も感じられないって言って」
「言いましたね。間違いなく、あの時はこの国にロストエデンの気配も、その外殻らしき気配も感じませんでした。もちろん、いま私たちがいる、この森の気配もです」
「その言葉に間違いがないのなら、つまり『外殻があるところにロストエデンがいる』んじゃなくて『ロストエデンがいる場所が外殻になる』んだと思う。今まで隠したりしていたんじゃなくて、ただアイツが現れたから、そこが森になった。きっとそういう現象なんだ」
「なるほど……。昨日も、そして今も、ロストエデンの森の気配を感じたのは一か所だけでした。外殻が常に一か所だけなら、ロストエデン本体もまた、その外殻に潜んでいた一体のみ。これでロストエデン複数説は完全に否定されましたね」
「ああ。やっぱり同一個体が何らかの方法で復活し続けてるんだ。どうやって昨日よりもずっと離れたところで復活できたのか、そのあたりはまだ謎だけど……。やっぱりあらかじめ種でも埋めてたのか? でも奴が移動すれば、その移動先も外殻になってるはずじゃ……」
「またロストエデンを倒すことができたら、仁が言っていた通り、奴の身体の一部などを研究材料として確保したいところですね」
「ああ。でもとりあえず、まずは芝刈りだ。……アラムくん、頼んだ」
「了解! 任せて!」
日向に声をかけられたアラムは操縦桿を通して、自身の精神エネルギーを飛空艇に送り込む。そのエネルギーを使って、飛空艇はミサイル発射口からエネルギー弾を発射。
エネルギー弾は次々と、植物が生い茂る地上に撃ち込まれる。
まずはこれで地上の植物を吹き飛ばし、その数を減らすのだ。
「あんな植物ばかりのフィールド、絶対にロストエデンやヴェルデュに有利な環境だからな。まずはその有利な環境から引きずり下ろす」
……だが、日向の作戦は上手くいかなかった。
爆撃に晒された植物は、ほとんど燃え尽きたり爆散したりすることはなく、その場に健在だったからだ。