第1487話 迫る刻限
ロストエデンの復活の瞬間を捉えるため、交代しながら夜通しで森の見張りを続ける日向たち。
やがて日付も変わり、夜明けが近くなってきた。
日向の存在のタイムリミットは、残り五日。
現在、見張りを担当しているのは日向とエヴァ。
日向は双眼鏡を使って、ロストエデンの姿を探している。
この双眼鏡はアメリカチームから提供してもらった、暗視機能搭載の優れものだ。
一方、エヴァは非常に眠たそうにしている。日向の近くに座り込み、上体は大きく揺れながら、瞼を閉じては半開きにするのを繰り返していた。
「エヴァー、寝るなー。お前が寝たら誰がロストエデンの気配を察知するんだー」
「ねむって、ない……。ちゃんと、けはい、さがしてるもん……」
日向が声をかけると、エヴァは寝言をつぶやくようにそう返事した。これは駄目なパターンである。
……と、その時。
日向の背後のテレポーターから、この甲板に誰かがやって来た。
日向が振り向くと、そこに立っていたのは北園だった。
「おはよー、日向くん」
「北園さん? 見張りの交代はまだのはずだけど……」
「知ってるよー。日向くんとお話したかったから来ただけー」
「でも、北園さんのあの予知夢もある。今は、俺たちはできるだけ一緒にいない方がいいんじゃ……」
日向が北園を『太陽の牙』で貫くという、あの予知夢。
あの予知夢が現実になるのを恐れて、日向は彼女に近寄れずにいる。
それでも北園は、日向の隣に座った。
「きっと今はだいじょうぶだよ。そんな直感がある!」
「死亡フラグにならないことを祈るよ……」
「そもそも私の心配より、日向くんの心配をしなきゃだよ」
「俺の?」
「だって、もうあと五日しかないんでしょ……?」
北園が言っているのは、もちろん日向の存在のタイムリミットについてだ。このタイムリミットが来たら、日向は日影に存在を完全に取って代わられる。その前に日影と決着をつけて、どちらが「日下部日向」の存在を獲得するか、決さなければならない。
「日影くんのことも大切だけど、やっぱり私は日向くんの方が大事だから……。もしも日向くんと日影くんが決着をつけないといけなくなった時、日向くんがお願いしてくれるなら、私も……」
「そんなことはさせない」
きっぱりと、日向は北園にそう告げた。
北園は少し気まずそうな表情をする。
そんな彼女に、日向は続けて声をかけた。
「……あの時も、北園さんは同じことを言ってくれたよな。エヴァにマモノ災害を止めさせた後、俺と日影が一対一で戦うことになった時」
「うん。言ってたね、私」
「北園さんの気持ちは嬉しいよ。でも俺自身が、北園さんと日影が戦うなんて光景を見たくないんだ。これは北園さんだけじゃなくて、他の皆も同じなんだけど」
「日向くんならきっと、そう言ってくれると思ってた」
「それにやっぱり、日影とは正々堂々と戦って、きっちり決着をつけたいって思ってるから……」
「うん、うん……。ごめんね日向くん。私が変なこと言っちゃって……」
「気にしないで。北園さんに心配かけてしまってるのは事実だし。それに、改めて北園さんの気持ちを知ることができて、気が引き締まった。最後まで日影と一緒に生き残る道は諦めない。それでも、もしも決着をつけなきゃいけないことになっても、俺は覚悟を決める」
「日影くんには悪いけど……応援してるね」
「はは、ありがとう。日影に聞かれたらぶん殴られそうだ」
久しぶりにゆっくりと二人で話ができたからか、日向も、北園も、とても楽しそうだった。そしてエヴァは、もはやほぼ完全に寝落ちしていた。
北園は、ちらりとエヴァの方を見て、彼女がほとんど寝てしまっているのを確認。それから日向に声をかけた。いつになく緊張しているような様子で。
「えっと、日向くん」
「ん? どうしたの北園さん?」
「その、お願いがあるんだけど……」
「いいよ。俺にできることであれば」
「じ、じゃあさ、そのー。これが最後になるかもしれないしさ、き、キ――」
……と、北園が言いかけた、その時だった。
ほぼ寝ていたはずのエヴァが、一瞬だけビクンと全身を震わせて意識を覚醒させた。
「……はっ!? これは……!」
「わわ!? エヴァちゃん!? 起きたんだ……」
「どうしたんだエヴァ? なんか、やばそうな雰囲気だな……?」
恐る恐る、エヴァに尋ねる日向。
彼女は意識を覚醒させたのと同時に、冷や汗を流していた。
なにか、よくないことが起こったのだろうか。
エヴァは周囲を見回し、日向たちが昨日焼き尽くした樹海とは反対の方向を注視。このブラジリアの都市の中心地の方角だ。さらに彼女はその場で立ち上がり、より集中して街の方を見ている。
「エヴァ?」
日向がもう一度声をかけると、エヴァはようやく日向に返答した。
「強烈な……爆発するかのような生命の波動を感じました。何か、強力な存在が出現したのかもしれません」
「強力な存在って言うと、まさか……」
「……感じます。昨日と同じ『星の力』の気配……いや、昨日よりもさらに強い……。間違いありません。あの白いヴェルデュの気配です……!」
「やっぱりあいつ、復活したのか! ……いや、けれど、昨日あいつがいた森と、今お前が指している方角はまったく正反対だよな? それじゃあ復活じゃなくて、別の個体があっちにいたのか? それとも、向こうにも種子を仕込んでた……?」
「ふ、二人とも見て! 何か来てるよ!?」
北園が声を上げる。
エヴァが新しく感じた気配の方角から、なにやら緑色の波が押し寄せてきていた。
この緑色の波は、ヴェルデュの軍勢だ。
軍勢を構成するヴェルデュはほとんどが虫類。
いくらかは、人間型らしきヴェルデュも混じっている。
「うわ!? 多い……! 北園さん、すぐに”精神感応”で皆に連絡を! 緊急事態だ!」
「りょーかい!」
「エヴァ! 吹雪であの軍勢を攻撃! こっちに近づかれる前に、少しでも数を減らしてくれ!」
「分かりました!」
日向の指示を受けて、さっそくエヴァが術の用意に入る。
……が、その時。
日向たちの背後で、何者かがこの甲板に飛び乗ってきたような音が。
押し寄せてくるヴェルデュの軍勢ばかりに気を取られていて、後ろを注意していなかった。
現れたのは、一体の人型のヴェルデュ。
しかしその造形は、これまで見てきたゾンビのようなヴェルデュとも、体格の良い新種のヴェルデュとも違う。
そのヴェルデュは前かがみな立ち姿勢で、それによってあの新種のヴェルデュより背丈は小さいように見えるが、恐らく実際にはほとんど変わらない。体格の良さも健在だ。
口は大きく裂けており、その口の中から蛇のように長い舌が出ていて、ゆらりゆらりと揺れている。同時に涎もしたたり落ちており、見るからに獰猛、凶暴そうな印象を与えてくる。両手の指には猛獣のように鋭い爪が生えていた。
「ギシャアアアアッ!!」
その異形のヴェルデュは耳障りな咆哮を上げると、犬のように四つ足で、日向たちに襲い掛かってきた。