第1486話 森林焼却
ロストエデンは種子を残すことで、新たな自分自身を生み出して復活するのではないか。
そう考えた日向たちは、ロストエデンの外殻になっていると思われる樹海に火を放った。この森の土に埋まっているであろうロストエデンの種子を、その土壌ごと炎で炙るために。
ロストエデンや各種ヴェルデュは火に耐性を持っていたが、日向と日影の『太陽の牙』の炎には耐え切れずに死んだ。なので、森に放つ火は、この二人の炎を使っていく。
ただ闇雲に火を放って回ることはせず、自分たちまで森林火災に巻き込まれないよう、逃げ道を確保しながら焼いていく。そのついでに、本当にロストエデンの種子というものが存在するのかどうか、時間が許す限り探し回った。
日も暮れるころ。
ロストエデンの外殻と思われるこの森は、あらかた焦土になった。
森を焼き払ったところで、あらためてエヴァが『星の力』の回収に挑戦。日向たちの推測が正しければ、これで今度こそ本当にロストエデンは討伐できたはずだ。『星の力』も取り戻せるはずである。
……が、しかし。
「取り戻せません……」
「こ、これ以上何をしろって言うんだ……」
またしても、エヴァは『星の力』を回収することができなかった。
シャオランが出したアイディアは完璧なものだと思っていたゆえに、日向たちの表情からは大きな落胆が見える。
『星の力』を取り戻せない以上、ロストエデンはまだ生きているのだろうか。あるいは再び復活するのだろうか。それとも、他に何か原因があるのだろうか。考えてみれば、日向たちはここまで憶測ばかりで動いてきて、確証ある手がかりすら掴めていない。
本堂が口を開く。
「やはり、ロストエデンはまた復活するのかもしれんな。今日はこの地に滞在して、ロストエデンがどのように復活するのか観察する事を提案する」
「そうするべきでしょうね。たとえまた復活されるとしても、このままじゃ根本的な解決策がいつまでたっても見つからない。幸い、俺たちはあの白いヴェルデュに問題なく勝てることは今日で証明されたわけですし、復活されてもまた倒せばいい」
「あわよくば奴の身体の一部などをサンプルとして回収できれば、なお良しだな。こうなったら行き着くところまで奴を調査するぞ」
日向たちは、焼き払った森のすぐ近くに飛空艇を停泊させ、ロストエデン復活の瞬間を夜通し交代で見張ることに決めた。
エヴァの能力で成長させた野菜や果物で夕食を摂る日向たち。もしもこのブラジルに実っている果実がヴェルデュ化の原因だったらという可能性を考慮し、食材として使うのはもともとこの飛空艇に備蓄していた食料のみにとどめる。
そして食事をしながら、日向はアメリカチームからもらった通信機を起動。リオデジャネイロにいるジャックと連絡を取るつもりだ。
通信は無事につながった。
少しノイズが入るが、スピーカーの向こうからジャックの声が聞こえる。
『よーう、お疲れさん。そっちはどんな調子だ?』
日向が中心となって、ジャックに今日の出来事について報告する。
話を聞いたジャックは、反応に困っているような様子だった。
『倒しても復活する、ねぇ……。なんでもアリなんだな、『星殺し』って連中は』
「まだ完璧に確定したわけじゃないけど、その可能性は高いと思う。そっちはどんな調子?」
『悪くはない。ヴェルデュどもの大きな襲撃があって、何人かは負傷しちまったが、死者はゼロだ。皆のケガも大してひどくはないから、キタゾノに来てもらうまでもねーな。あ、ちなみにこっちでは、オマエが言ってた虫類のヴェルデュはまだ出てねーぞ』
「ヴェルデュにやられて負傷かぁ……。その人たちがヴェルデュ化しないか心配だな。今のところ、そんな傾向はなさそう?」
『ああ。それを言われて思い出したんだが、なかなかグッドなニュースがあるぜ。ぜひ聞いてけ』
ジャックの話によると、あちらの生存者に医学や植物学に詳しい学者が何人かいたらしく、彼らを中心にヴェルデュ研究チームを発足したという。
そしてさっそく、一つの研究成果が挙がっている。
ヴェルデュ化した人間の遺体を調べた結果、あのヴェルデュ化の原因でもあるツタは、遺体の皮膚下に埋め込まれた種子から発芽するらしい。
そして、身体の外側だけでなく内側にも髪の毛のように細いツタを伸ばす。これによって脊髄や脳神経系をハッキング、コントロールすることで遺体を操るのだと思われる。
そして、このヴェルデュのツタを発芽させる種子だが、どうもヴェルデュ自体はこの種子らしき物質や成分は持っていないらしい。
つまり、ヴェルデュはヴェルデュを生み出さない。ヴェルデュに噛まれても、噛まれた人間がヴェルデュにされる確率は限りなく低いという見解が出ている。
「ヴェルデュ化の原因はツタの種子……。たしか、本堂さんもそう推測してたっけ。でもそれじゃあ、その種子はいったいどこから来たんだ? どこから人間の身体に入ってきて、その人間をヴェルデュにしたんだ?」
『残念だが、そこはまだ不明だ。なにせヴェルデュ化現象は不可解な点が多い。この見解だって本当に正しいとは限らねーんだ。もしもヴェルデュに攻撃されたら、傷の消毒はしっかりしとけよ』
「ああ、分かってる。それにしても助かるよ。本堂さんとかも頭は良いけど、やっぱりその道の専門家には及ばないだろうからなぁ。ジャックがその研究チームを結成させたのか?」
『いや、俺じゃない。エドゥのヤツだよ』
「エドゥが?」
彼はそこまで積極的に日向たちを手伝わないだろうと思っていたので、日向は思わず驚きの声を上げた。
『仮にも俺たちは協力関係にあるワケだし、アレで意外と筋は通す性格なのかもな。それに、街の緑化はアイツらに恵みをもたらしたが、別にヴェルデュはいらねーしな、冷静に考えれば』
「たしかに、彼らの楽園にとって邪魔でしかないわけか」
『そういうこった。っつーワケで、ヴェルデュについてまた何か分かれば連絡するぜ。上手くやれよ』
「分かった、ありがとう。そっちも気を付けて」
ジャックとの通信も終了し、あとは明日に備えての休息と、予定通り、ロストエデンの復活の監視である。
まずはシャオランと日影を森の見張りに立たせる。
「敵の気配を感じることができるボクと、『太陽の牙』を持つヒカゲのコンビだね。頑張ってロストエデンを探してみるよ」
「見つけ次第、すっ飛んで消し飛ばしてやるぜ」
「いや、消し飛ばしちゃダメなんだよヒカゲ。ロストエデンのサンプルを採集しなきゃ」
「っと、そうだったな。めんどくせぇなぁ。あと一回倒したら復活せずにそのまま死んでくれねぇかな」
「そんな都合の良い展開はないと思うなぁ……」
二人は飛空艇の甲板の上に出て、焦土と化した国立公園を眺める。もう夜中だが、まだ森のあちこちで火が消えずに残っており、夜の暗さに悩まされることはなさそうだ。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
ここは、日向たちがいる飛空艇から離れた位置にある、ブラジリアの街の一角。
そこにあの、足元まで届く銀の長髪の美女がいた。
彼女は、日向たちがいる飛空艇と、焦土にされた森の方角を見つめている。
「……確かに、あそこまで徹底的に焼き尽くされては、種子の一つも残らないというもの。しかし……」
その女性の足元で、小さな芽が生え始める。
ぽつぽつぽつ、と芽が次々と地面から顔を出す。
無数に現れた小さな芽は、やがてそれぞれ絡まり合い、一つの植物のようになっていく。
絡まり合った植物の先端に、大きくて真っ白な花のつぼみが形成された。
「これこの通り。あなたたちでは、災厄の芽を全て摘み取ることなど決してできない」