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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第5章 人の心 マモノの心
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第138話 後始末

 ビッグフットを無事討伐した日向たちは、廃工場の外へと出ていた。各々、取り残された車に腰かけたりして、狭山の話を聞いている。生き残ったテロリストたちもいつの間にか逃げ失せており、もう廃工場には死体しか残っていない。


「みんな、お疲れ様! 今回の仕事は色々と大変だったろう。あとは街に戻って観光でもして、明日の朝に日本へ戻ろう。オリガさんとズィークフリドくんも、今回はありがとう。君たちが頑張ってくれたおかげで、自分たちも無事に帰れそうだ」


「どういたしまして。はぁ、疲れたわ。マフィアのボスは死亡、『赤い雷』のリーダー代理も逃亡。こっちとしては無事とは言えないわね。ホテルに戻ってシャワーでも浴びたいわ」


「…………。」


 オリガはぶっきらぼうに返事をし、ズィークフリドは無言で頷く。

 狭山は二人の返事を受けると、今度は日向に話しかける。


「お疲れ様、日向くん。……銃の腕、見事だったね。気分は、大丈夫かい?」


「ええ、まあ。自分でも不思議なくらい落ち着いています。ちょっと怖いくらいに」


「それが『怖い』と感じるなら大丈夫そうだ。精神に異常をきたしてはいないらしい。日向くんはなかなかに強い心を持っているようだ」


「買いかぶり過ぎです。きっと、人を傷つけても何とも思わない、ただの冷血漢なんですよ俺は」


「そんなまさか。君はとても優しい子だ。そこに関しては自信を持っていい」


「持てませんよ……俺なんかより優しい人なんてそれこそいくらでもいます」


 日向の言葉を受け、狭山は内心、頭を掻いた。


 日向が自己否定する時、その表情は常に暗い。

 単なる謙遜ではなく、心の底から『自分は他人より劣っている』と信じている。


 そんなことは無いと思い、狭山は少し前からさりげなく日向を誉めて、彼に自信をつけさせようと画策しているのだが、そのことごとくを日向は否定し、跳ね返してしまう。


「日向くん。昔、何かあったのかい? 君の自己否定はあまりにも強すぎる。まるで呪いだ」


「…………別に、何もありませんよ……」


「そうか……」


 いや、違う。

 日向には、間違いなく『何か』がある。

 凶悪なまでに自身を縛り付けている『何か』が。


 しかし、日向の声色には「死んでも言いたくない」という思いがこもっていた。それを感じ取った狭山は、この場はこれ以上追及しないことにした。


(いずれ、日向くんが打ち明けてくれると良いんだが……)



 一方、こちらは北園。


「よしよし。ありがとねー、助けてくれて」


「ワン」


「うひゃー、毛並みモフモフだぁ。かわいいなぁ」


 北園はビッグフットに叩き落とされ、大怪我を負っていたが、既に意識を取り戻し、怪我も治癒能力(ヒーリング)で治し終わっている。そして今は、自分を助けてくれたユキオオカミの頭を撫でているところだ。


 ……と、そこへオリガがやってきた。

 自分が操っているユキオオカミに、なにやら面倒くさそうな目線を向けている。


「あら、そういえばその子、まだ洗脳したままだっけ」

 

「あ、オリガさん! お疲れ様です! あの時はこの子を使って助けてくれて、ありがとうございました!」


「別に。仕事だもの。……さて、それじゃあ最後の仕事を済ませちゃいましょうか」


「え?」


 そう言うとオリガは。


 懐からハンドガンを取り出し。


 ユキオオカミの眉間に向けて。


 無造作に引き金を引いた。





「今の、銃声か? 敵でもいたのか?」


 発砲音に、日影が反応した。

 音のした方へと向かう。

 他の仲間たちも寄ってきている。


 そこにいたのは、ユキオオカミの亡骸を抱きかかえる北園と、ハンドガンを手に持ちそれを見下ろすオリガの姿だった。


「そ、そんな……なんで……こんなことしなくても……」


 北園が、力なくオリガに訴える。

 日向も困惑して、北園が抱えるユキオオカミとオリガを交互に見やる。


「ま、まさか、そのユキオオカミを殺したんですか? なんてことを……。北園さん、しっかり……」


 事切れたユキオオカミを抱き座り込んでしまっている北園に、日向が歩み寄って声をかけた。北園は二、三度頷くが、返事はしなかった。



 その様子を見て、日影もオリガに詰め寄る。

 その声には並々ならぬ怒気がこもっている。


「……おいテメェ、これはどういうことだ……?」


「だって、このマモノはあくまで『洗脳』しているだけよ。私が能力を解除したら元通り。再び人間を襲うマモノに戻ってしまうわ。だからそうなる前に始末する。その方が殺りやすいもの。当然でしょ?」


「だったら、せめて北園の目につかないところでやれよ。どうして北園に見せつけるような殺し方をした」


「あー、それね。ちょっと、この子に意地悪したくなっちゃって」


「テメェ……!!」


 その言葉を聞いた瞬間、日影は反射的にオリガに殴りかかった。

 日向たちが静止する暇も無い。

 日影の拳がオリガの顔面に迫る。



 しかし、その拳がオリガに届くことは無かった。


「ぐ……!?」

「…………。」


 日影の拳とオリガの顔の間に、ズィークフリドの右手が割って入っている。手の平で日影の拳を軽々と受け止め、当のズィークフリドはもう片方の手をポケットに突っ込んでいる余裕ぶりである。その顔は相変わらずの無表情だ。


「この野郎……!」

「…………。」


 何とか押し切ってやろうと、日影は拳に力を込める。

 しかしズィークフリドはびくともしない。


 実際のところ、日影も頭の中では分かっている。

 目の前のこの男には、今の自分では絶対に勝てない。

 先ほどのビッグフットとの攻防を見て、それを確信していた。


(だがそれでも、あのクソ女に一発食らわせてやらねぇと気が済まねぇ……!)


 しかし、後ろから狭山が日影を止めた。

 彼の肩にポン、と狭山の手が置かれる。


「日影くん。ここまでだ」


「狭山…………クソッ!」


 日影は悔しそうに、ズィークフリドから拳を引いた。

 それを見た狭山は、オリガに声をかける。


「オリガさん。そういう一面は見せないようにとあれほどお願いしたのに……」


「ごめんなさいね。ほら、私ってちょっとSだから。かわいい子見るといじめたくなっちゃうのよ」


「TPOを弁えてほしいところだね。北園さんはそういうのに慣れてないんだ」


「そうね。大人げなかったわね。ごめんなさいね、北園」


「いえ、ええと、大丈夫です……」


「そう。それは良かったわ。……けれど、そのマモノを殺した理由については、嘘じゃないわよ。私たちとこの子はあくまで敵同士。一時の共闘で勝手にほだされているような心持ちじゃ、この先が思いやられるわよ」


「……はい。ありがとうございます」


「どういたしまして。じゃ、戻りましょうか。……ああ、車は一キロ先に止めてるんだっけ。面倒くさいわねー。ズィーク、おぶってくれない?」


「…………。(断るジェスチャー)」


 消沈する北園を後に、オリガは意気揚々と引き上げる。

 皆もまた、複雑そうな表情を浮かべていた。

 日影に至っては、停まっていた車を蹴飛ばした。

 防犯用の警報が、虚しく周囲に鳴り響いた。



◆     ◆     ◆



 そして夜、ヤクーツクの高級ホテルにて。


「はぁー……」


 北園がベッドでため息をついている。


「ホテルに戻ったら観光に行こう」などと狭山は言っていたが、あんなことが起こった後ではとても観光など行く気力など湧かず、北園は個室にこもっていた。


「来る前に狭山さんからも『ショッキングな任務になる』って言われてたけど、キツイなぁ……」


 覚悟はしていたつもりだった。


 人間と戦う覚悟も、いざとなれば手にかける覚悟もしてきたつもりだった。結果として自身が殺した人間はいなかったので安心したのだが。


 しかし、最後にあのような仕打ちが待っていたとは。

 ……きっと狭山は、そこまで含めて『ショッキングな任務』と言っていたのだろう。


「悪いのは覚悟が足りなかった私だから……でもオリガさんだってあそこまでしなくても……ううーん……」


 オリガの言い分は正しい。

 しかし、心のどこかでは、彼女の『正しいだけの正しさ』を否定したがってしまう。


 この心の葛藤の原因を、オリガに求めてしまう。

 自分がまだ甘いだけ、と先ほどから己に言い聞かせてはいる。


 だが、どうしても納得できずにいる。

 そのことで、北園はホテルに戻ってからずっとモヤモヤしていた。


 ……と、ここでコンコン、と誰かがドアを叩く音が聞こえた。


「ん? 誰だろ? 日向くんかな……?」


 北園はベッドから下りて、「はーい」と言ってドアを開ける。


「どちら様ですか……うわ……」


 思わず、北園は声を上げてしまった。そこにいたのが、自身より30センチも背が高く、真っ黒なコートを羽織る、無表情の男、ズィークフリドだったからだ。その立ち姿は底知れぬ威圧感に満ちている。これは北園でなくてもビビる。


「あ、えっと、ズィークさん。どうしたんですか……?」


「…………。」


 北園の問いかけに、ズィークフリドは答えない。

 彼にはもう声帯が無い。


 ちなみに、北園の治癒能力(ヒーリング)で彼の声帯を治すことはできない。切除した部位を生やすことはできないし、時間もあまりに経ち過ぎている。


 ズィークフリドは口で答える代わりに、北園に一枚のメモを差し出した。


「これは……?」


 北園がそのメモを受け取り、内容を見てみる。


『どうも、北園さん! 今日はオリガさんがゴメンなさい! あの人、ちょっと生い立ちが複雑すぎて、性格が擦れちゃってるんだ。だからどうか思いつめないで欲しい。君のあの時の悲しみは、決して間違いなんかじゃない!』


「……ぽかーん」


 メモを見終わった北園は、唖然としながら、メモとズィークフリドを見比べる。相変わらず、この背筋が凍り付くような無表情からは考えられないような、柔らかい文面である。


「……けど、ズィークさんの気持ち、確かに伝わりましたよ」


「…………。」


 ズィークフリドは、静かに北園に頭を下げる。

 恐らく、オリガの代わりに謝っているのだろう。


「ありがとう、ズィークさん。おかげ様で、私はもう大丈夫です! だからズィークさんも、もう気にしないでください!」


「…………。」


 ズィークフリドは顔を上げると、もう一度北園に軽く頭を下げ、部屋を去っていった。


「……さて! 私もみんなに会いに行こうかな! もう大丈夫だって伝えないと!」


 そう言うと北園も部屋を出て、ズィークフリドと逆の通路を行く。

 その先は自販機やソファーなどがある憩い場となっている。


 その憩い場のソファーに、ちょうど日影が座っていた。


「……あ、日影くん」


「ん? ああ、北園か……」

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― 新着の感想 ―
[一言] オリガ酷すぎ! しかも北園さんに見せつけるなんて! ちょっと狭山さん! きつく叱らなくていいの~?!
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