第1483話 湧き続ける怪虫の群れ
日向たち六人と、ロストエデンと目される白い花弁を身にまとったようなヴェルデュが対峙している。
ロストエデンは他のヴェルデュを操る能力を持っているらしく、右手を動かして指示を出すようなそぶりを見せると、実際にヴェルデュたちがこの場に集まってきて、日向たちに攻撃を仕掛けてくる。
再びロストエデンが腕ごと右手を挙げる。
それに呼応するかのように、この森全体がざわざわと揺れる。
これは、ロストエデンの指示によって森中のヴェルデュたちが動き出した音だ。ヴェルデュの移動によって木の葉や地面に接触した際に発せられる音と振動だ。森中のヴェルデュたちが日向たちを狙っている。
この様子を、空へ飛び上がっていたスピカが目撃。
すぐに真下の日向たちへ声をかける。
「みんなー! 大変だろうけど、ヴェルデュは無視して、そのロストエデンっぽい白いヴェルデュを最優先で狙った方がいいと思うよー! 森全体のヴェルデュがここに集まろうとしてる! まずはヴェルデュの数を減らそうと思っても、これじゃキリがないよー!」
「そうは言っても、やっぱりまずはヴェルデュを減らさないことには、なかなかロストエデンに集中できない……!」
スピカの言葉に対して、日向がそう返事をする。
ヴェルデュの厄介な点は、基本的に死をまったく恐れることなく、一直線に日向たちに襲い掛かってくる点だ。この躊躇の無さが、一瞬でも隙を見せると命取りになりそうな気がして、日向たちをロストエデンに集中させてくれない。
地面を這う蟲型ヴェルデュの群れがシャオランに襲い掛かる。
シャオランは火の練気法”爆砕”を使った震脚で衝撃波を起こし、蟲ヴェルデュたちを吹き飛ばすが、やはりただ吹き飛ばしただけで絶命には至らない。
大きなムカデのヴェルデュが、大顎を開いて本堂に噛みつきにかかる。
本堂は正面から大顎を受け止め、逆に電流をお見舞いしてムカデのヴェルデュを感電死させた。
その本堂の背中を狙おうと、アリのヴェルデュや蝶のヴェルデュが接近してくる。
「キリキリ」
「キシャー」
「次から次へと……!」
本堂は、今しがた仕留めたばかりのムカデヴェルデュの顎を掴んだまま、マモノ化によってパワーアップした腕力で持ち上げ、思いっきりぶん回して投げつける。これによって本堂に群がろうとした虫ヴェルデュたちを蹴散らした。
今は本堂の周りにヴェルデュはいない。
この隙に、本堂はロストエデンを狙おうとする。
だがその瞬間、本堂の足元から木の根っこが太い棘のように生えてきて、本堂を攻撃。
「む……!」
本堂は自慢の反応速度でこれを回避したが、ロストエデンへの攻撃は中断されてしまった。今の根っこ攻撃は、もちろんロストエデンによるものだ。
「これもまた厄介だ。ツタや根っこを使ったロストエデンの後方攻撃は、前衛を務めるヴェルデュの動きを阻害することなく、的確に俺達を狙ってくる。ツタなどで動きを封じられている間にヴェルデュに集られたら、マモノ化している今の俺でも危ないだろう……」
冷静に分析する本堂。
今度は蜂のヴェルデュが襲い掛かってきたので、全身からの放電でこれを迎撃した。
そうしているうちに、再びヴェルデュが地面のツタを操って攻撃。今度のターゲットは日向だ。
その日向は、ワゴン車ほどの大きさがあるヘラクレスオオカブトのヴェルデュを”点火”を使って仕留めた直後だった。大物を倒して油断した一瞬を突かれ、ツタに身体を拘束されてしまう。
「うわ!? し、しまった!」
ツタでぐるぐる巻きにされて、日向は地面に倒れてしまう。
拘束攻撃は、日向にとって天敵だ。”再生の炎”が働いたところで基本的に拘束は解けない。いや、ツタなら炎で焼き払うこともできるだろうが、彼の身体が傷を負ったわけではないので、どのみち”再生の炎”は働かない。
「日影みたいに、ダメージ無しでも炎が出せたらいいんだけどなー!」
そう声を挙げながらツタを振り払おうとする日向だが、ツタはかなり頑丈で、常人の腕力ではどうにもできない。
他の仲間たちもヴェルデュの相手や、ロストエデンのツタや根っこを回避するのに忙しそうで、とても日向の救助どころではない。
日向が拘束されて人手が減り、このままではジリ貧になるのは明白。さすがの日向たちも、こんな調子で戦闘を続けていれば、いずれ致命的な状況が必ず来る。
そうなる前に、この状況を覆さなければならない。
一気にロストエデンを仕留めるか、ヴェルデュもロストエデンもまとめて一掃するか。
「ロストエデンの一点突破に使えそうなのは、日影の”オーバーヒート”かな……。でも、木々が生い茂っているこの場所で、超高速で動き回る”オーバーヒート”を使うのは大変そうだ。下手すると、あの火力で俺たちも巻き込むかもしれないし……」
日影の”オーバーヒート”以外で、このヴェルデュの数を無視してロストエデンだけを狙うのはやはり厳しい。日向は、ヴェルデュもロストエデンもまとめて倒す方向で考えを集中させる。
すると日向は、さっそくアイデアを一つ思いついた。
ツタに拘束されながらも、エヴァに声をかける。
「エヴァ! この森全体を巻き込むような吹雪を起こしてくれ! お前の能力のスケールのデカさを見せてやれ!」
「それはできますが、ここにいる皆さんも巻き込んでしまいます……」
「北園さんのバリアーに匿ってもらえ! 俺はここに転がしたままで構わない! ”再生の炎”のおかげで絶対零度でも耐えられる!」
「なるほど、それならいけますね。分かりました。良乃、聞いていましたね?」
「りょーかい! みんな、一度こっちに集まってー!」
北園の声を聞いて、日向以外の仲間たちが北園のもとへ集まる。
そして作戦どおり、北園がドーム状のバリアーで皆を包み、そのバリアーの中でエヴァが術を発動。この地域一帯を巻き込む吹雪を発生させた。木々が一瞬で氷細工になるような超低温の吹雪である。
今のヴェルデュたちは、なぜか火には強いが、それ以外の冷気や電撃といった攻撃への耐性は普通だ。これを利用し、森全体を巻き込む吹雪で、この森に潜む全てのヴェルデュを弱らせる。そして、あわよくばロストエデンも。
それが、日向が考えた作戦……だったのだが。
ヴェルデュの様子を見ていたスピカが声を上げた。
「ちょ、ちょっとちょっとー!? ヴェルデュたち、あんな頭のいい行動したっけー!?」
まずロストエデンは、ツタや根っこを使って自分を包み込み、冷気をシャットアウトして凍結を防いでしまった。
それはまだ分かる。
あの白いヴェルデュがロストエデンならば、それくらいの知性はあるだろうし、この程度では倒せないだろうという特別感から、納得はできるというもの。
だが他のヴェルデュたちは、吹雪の気配を感じ取った瞬間に、それぞれ顎や脚を使って器用に穴を掘り、地面に潜って吹雪をやり過ごしてしまった。
中には、すぐには地面に潜伏できなかったヘラクレスオオカブトのヴェルデュや、そもそも穴を掘れない蝶のヴェルデュなど、吹雪を回避できないヴェルデュもいた。それらのヴェルデュはまとめて一掃できた。
しかし、それでもまだ大多数のヴェルデュは生き残っている。
吹雪をやり過ごしたそれらのヴェルデュが、また一斉に地面から出てきた。
今の吹雪で大半のヴェルデュは倒せると思っていた日向だったが、その目論見が見事に外されてしまった。
「やられた……! たぶんロストエデンが指示したんだろうな。今までの『星殺し』は圧倒的な能力で押し潰すように襲ってきたけど、こいつはけっこう頭を使うぞ……」