第1481話 虫を避けて通る方法
ブラジリア国立公園を占拠する虫類ヴェルデュの群れを見て、いったん森の外へ退却した日向たち。
ヴェルデュの攻撃性と凶暴性は相当なもので、日向たちが森の外まで逃げても追ってくる個体が多く、けっきょく先ほど見かけた虫類ヴェルデュのほとんどを逃げながら相手することになった。
追ってきた虫類ヴェルデュを全滅させて、ようやく日向たちは一息つく。
「はぁー……。これじゃあ森の外へ逃げても逃げなくても変わらなかった気がするな。いや、森の中にい続けたら、まだまだ増援が湧いて出てたか」
「もう二度とあの森には近づきたくないなぁ……」
苦い表情でつぶやく北園。
日向もそれなりに虫は苦手なので、彼女の気持ちも分かる。
しかし、そういうわけにもいかない。この国で起こっている異変を解決するため、そしてロストエデンについて調査するため、あの森の探索は続ける必要がある。
とはいえ、やはりネックになるのは、あの虫類ヴェルデュの大群だ。スピカも言っていたが、この調子だと、あの森に棲んでいた全ての昆虫類がヴェルデュになっていてもおかしくない。
「もういっそ森ごと焼き払っちまうか?」
日影がつぶやくが、それを日向が手で差し止める。
「待て待て。さっき北園さんの炎を普通に耐えていた蟲ヴェルデュを見ただろ? たぶん他のヴェルデュも同じく火に耐性があると思うぞ。あの森を火事にしたところで、きっとほとんどのヴェルデュは生き残る」
「だが、『太陽の牙』の炎だと死んでたぜ。オレたちの炎で森を焼けば解決じゃねぇか?」
「あー、それはそうかも……」
そもそも「このブラジリア国立公園そのものがロストエデンの外殻なのではないか」という考察も出ている。もしもそれが正解ならば、日影の言うとおりに森を丸ごと燃やせば、ロストエデンに大きなダメージを与えられるのではないだろうか。
だんだんと「その作戦も悪くないか?」と思い始める日向。
しかしその一方で、あの昨日の白い花のことも気になる。
昨日、あの白い花を伐採してから、今日になって新種のヴェルデュが出現し、ブラジリア国立公園では虫類のヴェルデュも現れ始めた。いったいなぜ。どういう仕組みで。そもそもあの白い花は何なのか。
これをハッキリさせなければ、後に大変なことが起きるのではないか。
そんな嫌な予感が、日向は頭の中から拭いきれなかった。
そんな日向の考えに、本堂とエヴァも賛成する。
「同感だな。分からないことは、理解するまで追い続けた方が良い。事態は楽に解決できればそれに越したことはないが、楽に解決する道が常に正しい道とは限らない」
「新たに発生した『星の力』を持つ者の気配が気になります。いったい何が潜んでいるのか、この目で確かめたいです」
二人の意見を聞いて、北園とシャオランとスピカも納得。
残るは日影だが……。
「ま、そりゃそうか。別にいいぜ。もともと愚痴半分で出しただけの作戦だ。オレも、この森で何が起こったのかはハッキリさせておいた方がいいと思ってる」
これで全員の意見が一致。
しかしそうなると、あの虫類ヴェルデュの群れをどうするべきか、真剣に考える必要がある。
その気になれば、今の日向たちなら、襲い掛かってくるヴェルデュたちを片っ端から殲滅しつつ、エヴァが言う「新たな気配」のもとまで行くことも可能だろう。しかしそうなると、消耗は避けられない。
エヴァが察知した「新たな気配」は、下手をすると『星殺し』ロストエデンという可能性もある。むやみに消耗した状態で遭遇しようものなら、最悪の場合、日向たちの全滅もありうる。
消耗は、なるべく避けたい。
できるだけヴェルデュと戦わずに「気配」のもとへ向かえるルートが理想的だ。
しかしご存じのとおり、森の中は虫類のヴェルデュだらけ。
そんな都合のいいルートなどない……というわけでもなく。
「空から行こう。エヴァが『気配』を感知できるなら、空を飛んで『気配』のポイントに直接乗り込めばいい」
「だねー。私とシャオランくん、それから日影くんとエヴァちゃんは自力で飛べるし。自力では飛べない日向くんと本堂さんも、エヴァちゃんの”天女の羽衣”で飛ばせてもらえるもんね」
「ふむ。日影も連れて行ってもらえ。お前の能力の都合上、一緒に飛行すると俺達まで焼いてしまうだろう」
「ま、仕方ねぇか」
「それではさっそく行きましょうか。舞い上がれ……”天女の羽衣”!」
エヴァの詠唱と共に、日向と本堂と日影、それからエヴァ自身の身体が一陣の風に乗って、ふわりと宙に浮かぶ。北園とシャオランも、それぞれの異能でエヴァたち四人について行く。
空から行けば、地上のヴェルデュはまず日向たちに手出しできない。このルートならば、ほとんどの戦闘を回避して「気配」のもとへ行けるだろう。
だが、あくまで「ほとんど」の戦闘だ。完全にゼロにはできない。
なにせ、虫という生き物は、だいたいの種族が飛行能力を備えている。
「……おいでなすった!」
日向が叫ぶ。
眼下の木々が大きく揺れて、トンボのヴェルデュが姿を現した。
数は二体。やはり全身はツタに巻かれており、そして開いた傘くらいに大きい。
「ブィィン」
「バタバタバタバタ」
「こいつらもサイズがでかいな! そして羽音がうるさい! 結論、キモい!」
「メガネウラを彷彿とさせる巨大さだな。二億球千万年前に生息していたと言われるトンボのような生物だ。全長七十センチにもなるのだとか」
「ブゥゥゥゥン」
二体のトンボのヴェルデュが襲い掛かってきた。
それぞれ、本堂とエヴァが電撃を放って撃墜した。
さらに今度は、北園のトラウマこと蟲のヴェルデュも出現。
近くの木から一斉に飛び立ち、六人に襲い掛かる。
「で、出た出た出たー!? エヴァちゃん追い払ってーっ!」
「お任せを、さぁ、永久冬眠のお時間です」
飛び掛かってくる蟲ヴェルデュの群れに向かって、エヴァが杖から猛吹雪を発射。氷漬けにされた蟲ヴェルデュたちは、そのまま森へと落下していった。
ヴェルデュの襲撃はこの二回だけで済み、日向たちは「気配」のポイントへ到着。昨日、あの白い花を伐採した場所と同じ、小さな池のほとりである。
そして。
その白い花が咲いていた場所に、何かがいた。
シルエットは人型。
全体的な配色は、白と緑。
その人型の身体は、昨日の白い花の花弁を思わせる、真っ白で柔らかそうな四枚の外殻に包まれている。その外殻の隙間から見えるボディや手足は、これまで見てきたヴェルデュと同じようにツタに包まれ、緑色だ。
頭部にも、胴体と同じような真っ白な外殻が二枚ついており、それがフードのようになって人型の顔を隠している。身を少し低くしてフードの中をのぞくと、その顔はやはりヴェルデュのようにびっしりとツタに覆われていた。
一見すると、少し特殊な見た目というだけのヴェルデュにも見える。
だがこの怪物は、これまでのヴェルデュとは何かが違う。
日向たち七人全員が、そう直感した。