第1480話 おいでよヴェルデュの森
ブラジリアの国立公園へ入っていった日向たち。
樹海は昨日よりもさらにうっそうと生い茂り、湿度も高くなったような気がする。これはもはや樹海というよりジャングルだ。昨日ジャックたちが見た、葉緑体を思わせる緑色の粒子もあちこちに舞っている。ついでに量も増えている。
森に入ってわずか数分。
エヴァが皆に向けて声を上げた。
「何かが来ます……上です!」
エヴァが声を上げてから数秒遅れて、日向たちの上方、空を覆い隠すほどの木の葉の中から何かが降ってきた。
降ってきたのは、大型犬ほどの大きさの蜘蛛だった。
全体的に鮮やかな緑色をした甲殻が特徴的である。
「わぁクモだぁ、きもちわるい……」
珍しく北園がげんなりとした声を上げた。
彼女は基本的に、わきゃわきゃとした昆虫類が苦手である。
すると、この蜘蛛を見て、シャオランも声を上げる。
「それより、あのクモ見て! あの緑色、よく見たらツタだよ! あれってクモのヴェルデュだよ!」
「シャーッ」
威嚇の鳴き声を上げて、蜘蛛のヴェルデュが飛び掛かってきた。
そのスピードたるや、まるで弾丸。
目の前のシャオランめがけて一直線。
「わわっ!?」
反射的に拳を突き出すシャオラン。
反射的ながらも、しっかり拳は”地の気質”で硬化。
やはり彼もまた一流の武人。とっさの反撃でも、身体が自動的に練気法を使用する。
シャオランの強拳を受けた蜘蛛のヴェルデュは、全身から変な汁を噴出させながら吹っ飛ばされた。
「シーッ」
「うぇぇ気持ち悪ぅ……」
変な汁が付着した拳を、急いでズボンで拭うシャオラン。
残りの蜘蛛ヴェルデュは、本堂と日影が叩き潰した。
「コイツら、ほっそい見た目に反して意外と身体が頑丈だぜ。さっきはシャオランの拳でも一発じゃバラバラにならなかったしな」
「ああ。それに、動きも速い。少なくとも旧種……人型のヴェルデュよりは強く感じるな。それでもまだレッドラムの方が手ごわいが」
ひとまず蜘蛛のヴェルデュは片付いた。
しかし今度は、日向が何やら周囲を見回し始める。
「ちょっと待った。何か聞こえないか? こう、カサカサって音が……」
「新たな気配……。そこの茂みです!」
エヴァが声を上げた。
すると草むらの中から、地を這う蟲の大群が現れる。
先ほどの蜘蛛ヴェルデュと同じような、ツタに包まれた緑色の甲殻を持つ、手のひらほどの大きさの蟲の群れだ。
「ひっ」
これを見て顔を青くしたのが北園。
蜘蛛もキツいのに、このようなザ・蟲といった外見の蟲は、彼女がこの地球上でトップクラスに苦手とする生物だ。
そして、この緑の蟲の群れは、一番近くにいた北園に向かって一直線。
「カサカサカサ」
自分が狙われていると知るや否や、北園は絶叫しながら”発火能力”を行使。目の前の災厄をこの地球上から完全に消滅させるべく、全力の炎を叩きつけた。
「き、きゃーっ!? 来ないでー!?」
灰すら残さない勢いで発せられた北園の炎。
だが、なんと蟲の群れは北園の炎を難なく突破し、彼女への突撃を続ける。
「きゃーっ! きゃーっ! なんで燃えないのーっ!?」
後ろへ逃げながら炎を乱射する北園。
蟲たちは爆炎で吹っ飛びこそすれど、やはり焼死はしない。
それどころか、吹き飛ばされた個体は背中の羽を展開。
正面の北園へ向けて、地面と空中の二面攻撃を仕掛けた。
「カサカサカサ」
「ブゥゥゥーン」
「あ、あわ、あわわ……」
涙目になる北園。
そこへ、エヴァが助けに入った。
「良乃、落ち着いてください! 炎が駄目なら冷気です! ”フィンブルの冬”!!」
エヴァが猛吹雪を発生させて、蟲の群れを襲わせる。
蟲たちは一匹残らず凍り付き、動かなくなった。
北園の炎によって火事になりかけていた木々も、今の冷気で鎮火された。
「あ、ありがとうエヴァちゃん……。私、こういう虫は本当にダメで……」
「お気になさらず。誰しも得意不得意はあります」
「エヴァちゃんは虫が怖くないの? すごいね……」
「森の中では、虫類は手軽に採れる栄養になりますから。味はともかく」
「そ、それって、エヴァちゃんは虫を食べたことがあるってこと?」
「そうですが?」
「し、知りたくなかったかなー……」
「ところで、また別の敵の気配を感じます」
「え!? それってどこ!? また虫!?」
「ええと、日向の足元あたりですね」
エヴァがそう告げた瞬間、日向の足元が突如として盛り上がり、その下から巨大な何かが飛び出してきた。巻き込まれた日向は宙に打ち上げられてしまう。
「おわぁぁ!? エヴァ、おま、早く言えぇっ!!」
文句を言いつつ、日向は自分を打ち上げた敵が何者なのか、落下しながらも正体を確認する。
やはりというか、この敵もまた緑色をしている。
隙間なくその身体を覆う、ヴェルデュのツタだ。
そしてこの敵、非常に長大な身体を持っていて、その身体の両側面に無数の節足が生えている。
言ってしまえば、この敵性生物はムカデだ。
それも、この周囲に生えている木々にも負けない太さと長さを誇る、巨大ムカデである。
「シャアアアアア」
「また虫タイプか! こいつら、昨日はどこに隠れてたんだ!? 虫のヴェルデュなんて、昨日はどこにもいなかったのに!」
ここで、日向が地面に落ちる。
草と木の葉と柔らかい土がクッションになり、落下ダメージはほとんどない。
ムカデのヴェルデュが日向めがけて噛みつきにかかる。
日向はすぐさま体勢を立て直し、前方へダッシュ。
先ほどまで日向がいた場所に、ムカデのヴェルデュが顔を突っ込ませる。
日向は、アーチを描くムカデのヴェルデュの影をなぞるように突き進み、その腹部を射程圏内に捉えた。
「”点火”っ!!」
灼刃一閃。
ムカデのヴェルデュは、日向によって胴体を真っ二つに焼き斬られた。
「ギャアアアア」
「よし、やっつけた……」
……が、安心も束の間。
木々や草むらをかき分けて、また新たな敵が日向たちの前に姿を現す。
今度は、様々な虫の大群だ。蝶、アリ、サソリ、ハエ、トンボ、ゾウムシ、ヘラクレスオオカブト。その全種がヴェルデュと化している。
さらに、先ほど日向たちが戦ったヴェルデュたちの別個体……蜘蛛ヴェルデュや蟲ヴェルデュ、そしてムカデヴェルデュの姿もあった。
「へ、ヘラクレスでっか……!? ちょっとした自動車くらいあるぞ……」
「ふむ。ヘラクレス種の最大サイズ、間違いなく世界記録更新だな」
「違法ドーピングを疑われて失格がオチだと思うんですけどね!?」
そして、そんな虫類ヴェルデュの見本市の中に、これまで日向が見てきた人間型のヴェルデュも存在していた。旧種と新種の両方である。
「ォォァァウ……」
「オオオオオッ……!!」
一体一体であれば日向たちの敵ではないだろうが、さすがに数が多すぎる。
日向たちに同行していたスピカが、少し焦った表情を浮かべて、日向たちに進言。
「こりゃちょっと厳しいかもねー、一時撤退しよう。最悪、この森の全ての虫たちがヴェルデュになっちゃってるかもだ。そんな超大群とまともに正面からぶつかるワケにはいかないでしょー?」
「それもそうですね……。よし皆、いったん森から脱出だ!」
スピカの提案を受け入れて、日向たちは一度、この森から離脱することにした。