第1479話 疑問、また疑問
ヴェルデュと化してしまった生存者を倒した日向たち。
その直後のスピカの言葉で、日向たちは今のヴェルデュの矛盾点に気づく。
先日のテオ少年の話では「死んだ人間がヴェルデュになる。生きている人間はヴェルデュにならない」と言っていた。
であれば、ついさっき北園の目の前でヴェルデュと化し、襲い掛かってきた生存者は何だったのか。
「ヴェルデュってもう完全に雰囲気がゾンビだから、生存者がヴェルデュになっても、その矛盾に気づかないまま自然に受け入れていた……」
スピカの言葉を受けて、日向がそうつぶやく。
ともあれ、これはもう確たる事実。
死んだ人間だけでなく、生きている人間もヴェルデュになってしまう可能性がある。
テオが間違っていたのか、急に新しく追加された性質なのかは分からないが。
「……そういえば、ヒューガって昨日、ヴェルデュに噛まれてたよね?」
シャオランが恐る恐るといった様子で、日向に尋ねた。
ホラー映画などの話になるが、ゾンビに噛まれた人間は同じくゾンビになってしまうというのは、もはやお約束とも言える王道パターンである。
「ま、待てシャオラン。俺はこのとおりピンピンしてるぞ。絶対にヴェルデュにはならない」
「感染者はみんなそう言うんだぁ……」
「うん言うね確かにね! くそ、こうなった非感染者は話が通じなくなるからな……。あ、そうだ、ほら、俺には”再生の炎”があるから、変なウイルスが体内に侵入してきても焼き尽くしてくれてるよ。もともと毒だって効かないし」
「そ、そういえばそっか。じゃあヒューガは大丈夫そう……?」
「大丈夫、大丈夫。そう言うシャオランは大丈夫そう? こっそりどこかでヴェルデュに噛まれたりしてない?」
「だ、大丈夫だよ! 無傷だよ!」
「えー本当に? 感染者は噛まれたことを隠したりするからなぁ……」
「ほ、ホントだってぇぇ! 信じてよぉ!」
「これは感染者のお手本のような反応だなぁ」
「もしかしなくても、さっきヒューガを感染者扱いしたことを根に持ってるよね!? 持ってるんだよね!? 謝るから信じてよぉぉ!」
「キミたちー、その辺にしときなさーい」
日向とシャオランのやり取りを、スピカがのんびりとした声で中断させた。日向に時間がないのは知ってのとおりであるし、何よりも、ヴェルデュと化したとはいえ故人の前である。その死は静かに悼むべきだろう。
「……すみません」
日向とシャオランは謝罪するように、先ほどのヴェルデュ化した生存者に手を合わせた。
ここで、本堂が口を開く。
「ヴェルデュの感染方法か。確かにヴェルデュの噛み傷による経皮感染の可能性も高いだろうが、確証が無い以上、断定はするべきではないと思うな。この周囲に生えている他の植物や、これまで口にしてきた名称不明の果実など、あらゆるものに注意を払わなければ」
「さすが医者志望、言葉の重みが違う。でもたしかに、ヴェルデュって死体よりツタの方が主体なんですっけ。ツタが死体にエネルギーを注入して無理やり動かしてるとかなんとか言ってましたもんね、エヴァが」
「先程の生存者がヴェルデュに変異した時、身体中からツタが生えてきた。そうなると、ウイルスではなくツタの種子を埋め込まれたことでヴェルデュ化したとも考えられるな」
「種子ですか……。昨日、街で採れた果実にも種子はたくさんありましたよね。じゃあ、怪しいのはヴェルデュの噛み傷じゃなくて果実のほう……?」
「もう一度、ヴェルデュについて詳しく検査したいところではあるが、今はまず、あの白い花があった場所まで行くか。あの花が元凶ならば、あれを調査することで一連の異変を紐解くヒントがあるかもしれん」
本堂の言葉に賛成し、皆はブラジリアの国立公園を目指す。
途中、何度か新種ヴェルデュが襲い掛かってきたものの、日向たちはあまり危なげなくこれを撃退。
確かにあのパワーと瞬発力は一般人にとっては驚異的だろうが、全員が超人となっている今の日向たちにかかれば大した敵ではない。異能があるぶん、レッドラムの方が厄介である。
やがて日向たちは、国立公園の入り口に到着。
もともと木々が生い茂るエリアは一部のみで、園内にはアスレチックや遊泳用のプールなども完備されているこの公園だが、今は緑化現象により一帯全てが樹海と化している。
そして、この公園には昨日も来たというのに、たった一日でどこか雰囲気が変わったようにも感じる。それも、嫌な方向への変わり方だ。樹海を構成する緑はさらに深く、暗く、不気味なものになったような印象を受ける。
この樹海を見て、皆が順に、それぞれの所見を述べる。
「……この森、昨日はこんな雰囲気だったっけ?」
「なんかちょっと、暗くなった気がするよね……」
「ふむ。全体的に、植物の量が増したか?」
「なんというか、こう、超危険な未確認生物が出そうな雰囲気だよね……怖いぃ……」
「この程度の樹海、マモノ災害の時はさんざん潜ってきただろ。今さら騒ぐほどじゃねぇぜ」
「とはいえ、ヴェルデュらしき気配は昨日よりさらに増加しています。それに、これは……」
「んー? どうしたのエヴァちゃん? 何か変な気配でも感じるのかな?」
スピカの問いにエヴァはうなずき、答える。
「はい。この森の中心部から、小さいですが、『星の力』を持つ者の気配を感じます」
「それって、もしかして『星殺し』……ロストエデンか?」
日向が尋ねるが、エヴァはうなずくことも首を横に振ることもしない。樹海の方をジッと見ながら、彼の問いに返答した。
「分かりません。今までの『星殺し』と比べると、外殻としても本体としても、有している『星の力』が比べ物にならないほど微量です。せいぜいが『星の牙』レベルでしょうか」
「それはちょっと、『星殺し』とは思えないな。『星の牙』のヴェルデュとか?」
「人間だけでなくマモノもヴェルデュになるという発想ですか。ありえない話ではないですが……」
「……うん、自分で言っておいてなんだけど、エヴァの気持ちも分かる。昨日までは影も形もなかったはずなのに、色々な異変が起きた今日になって突然、この森に現れた『星の力』の持ち主。これは、ちょっと言葉にするのが難しいけど、すごく気味が悪い気配がするな……」
ともあれ、ここで尻込みしていても始まらない。
日向たちは決意して、樹海に足を踏み入れる。
昨日は何の変哲もないと思っていた森の入り口。
今日は、自ら入ってくる愚かな馳走を招き入れる獣の顎のように感じられた。