第1478話 生存者ゼロ
再びブラジリアを訪れた日向たち。
まずはこの街に住む生存者たちの安否を確認するために、生存者たちが集まる廃墟群を訪れたが、そこには生存者だった人々が亡骸となってあちこちに散乱している、惨い光景が広がっているのみであった。
「くそ、手遅れだった……!」
「ひでぇなこいつぁ……。おい、誰か生き残りはいねぇのか!」
日影が叫ぶが、返事はない。
生きている人間は、この場にいないようだ。
日向たちは、この場に倒れている死体をいくつか見てみる。
主だった外傷は、強烈な力で殴打されたような打撲傷、物凄い顎の力で肉ごと食いちぎられたような痕、この二種類だ。どちらも新種ヴェルデュの攻撃方法に合致する傷である。
……と、その時だった。
倒れている人たちを見て回っていた北園が、何かを発見。
もぞもぞと、倒れながら動いている人間がいる。
「あ、生存者だ! まだ生きてる人がいる! みんな、生存者だよ!」
北園は皆に呼び掛けつつ、その生存者のもとへ。
傷を”治癒能力”で治すべく、急いで駆け寄る。
「だいじょうぶですか!? どこか怪我をしてるんですか!?」
生存者に呼び掛ける北園。
どうやら、この生存者は男性のようだ。
声をかけられた男性は、うつ伏せの体勢から上体を起こし、北園を見上げる。
「ぁ……助け、て……」
「もうだいじょうぶですよ! 怪我をしてるなら、見せてください!」
「うぐ……ぁ、ああ……!」
「どうしたんですか? どこか痛むんですか!?」
「あ、ア、ああアアあアアアっ!!」
男が絶叫した。
次いで、彼の全身から、ツタ状の植物が勢いよく生えてきた。
「え!? こ、これってヴェルデュ……!?」
「ウアアアアアッ!」
身体の半分以上がツタに包まれた男性は、目の前の北園に向かって、大口を開けながら噛みつきにかかった。
だが、そのヴェルデュと化した男を、本堂が横から蹴り飛ばした。
「ふんっ……!」
「アアァゥ……」
ヴェルデュは吹っ飛ばされ、地面を転がる。
北園が噛みつかれる事態は避けることができた。
「怪我はないか、北園」
「あ、は、はい。ありがとうございます本堂さん」
「無事で何よりだ。しかし、今のは……」
改めて本堂は、いま自分が蹴り飛ばしたヴェルデュを見る。
ヴェルデュの身体からは今もツタが生え続けており、もう間もなく、その全身が完全にツタに包まれそうである。ここに至るまでに見慣れたヴェルデュの姿になろうとしている。
さらに、今の騒ぎを聞きつけたのか、それとも最初から隠れていたのか、周囲から新たなヴェルデュが四体ほど姿を現した。四体全てが、筋骨隆々の新種ヴェルデュである。
「グオオオッ!!」
「ウオアアアッ!!」
とはいえ、最初に北園に噛みつこうとしたヴェルデュを見て、すでに皆は戦闘態勢を取っている。この不意に出現した四体の新型ヴェルデュに、六人が動揺することはない。
まずはシャオランが火の練気法”爆砕”を使った鉄山靠で新種ヴェルデュを攻撃。新種ヴェルデュは分厚いツタと大柄な体格が合わさり、元のヴェルデュより非常に打たれ強くなっているはずなのだが、そのシャオランの一撃で新種ヴェルデュは動かなくなった。
次にエヴァが、真っ白な冷気を爆発させるかのように放出して、二体目のヴェルデュを氷漬けにした。身体の芯まで凍り付き、すでに絶命している。
三体目は日向が仕留めた。真っ向から向かってきたヴェルデュの胴体にイグニッション状態の『太陽の牙』を突き刺し、そのままヴェルデュの鎖骨へと斬り上げた。
四体目の新種ヴェルデュは、日影が『太陽の牙』を脳天に振り下ろして刀身を食い込ませ、そこから”オーバードライヴ”による灼熱のラッシュ。ヴェルデュは炎上しながら、地面に倒れた。
「この新種のヴェルデュ、北園の”発火能力”みてぇな普通の炎には耐性があるみてぇだが、オレと日向の炎は通用するのか。『星の力』に対する『太陽の牙』の特効の影響か?」
倒れて燃える新種ヴェルデュを見ながら、日影がつぶやく。
ともあれ、これで新たに出現した四体の新種ヴェルデュは全滅し、残ったのは先ほど北園に噛みつこうとした旧種のヴェルデュのみ。
「ア……ゥ……」
相変わらず、旧種のヴェルデュは動きが遅い。最初に北園に噛みつこうとした時はそれなりの瞬発力だったが、今はもうのそのそと歩いているだけである。
その旧種ヴェルデュを、本堂が右腕の刃で切り裂いた。
「はっ……!」
「ァァアゥ……」
左肩から右わき腹にかけて、大きく身体を切り裂かれたヴェルデュ。鮮血をまき散らし、うめき声をあげながら、背中から地面に倒れた。
「せめて、安らかに」
右腕を振って、刃に付着した血を振り払い、先ほどまで生存者だったヴェルデュに対して本堂はそう告げた。
……が、その時。
今しがた本堂が倒したヴェルデュ、その全身からさらに大量のツタが生えてきた。
「ゥゥウウウ……!」
「む、これは……!?」
さらに、ヴェルデュに巻き付くツタがやや太くなり、ヴェルデュの元となっている死体までもが体格肥大化。最終的にはこのヴェルデュも、見るからに頑強な体格の新種ヴェルデュへと変化した。
「オオァアオオオッ!!」
プロのラグビー選手よりもパワフルな勢いで、新種ヴェルデュが口を開けながら突進してきた。目の前の本堂を拘束し、首筋を食いちぎるつもりだ。
これに対して本堂は、右手でヴェルデュの顔を掴み、接近を阻止。
顔面を鷲掴みにしたまま、持ち上げて背後に叩きつける。
叩きつけた直後、本堂はヴェルデュの顔面を掴んだまま放電。
「”天鼓”……!」
雷が落ちたかのような、一瞬の爆音と放電量。
本堂に電撃を叩き込まれたヴェルデュは、黒焦げになって息絶えていた。
これにて戦闘終了。
エヴァが周囲の気配を探り、口を開く。
「……もうこの周囲からは、生存者らしき気配は感じません……。せいぜい、また別のヴェルデュの気配くらいしか……」
「そうか……」
エヴァの言葉に、本堂が返事。普段と変わらないような静かな返事だったが、無念がこもっていたのがハッキリと分かる声色だった。
それから皆は、いま本堂が倒した新種ヴェルデュを覗き込む。
「この人、最初は旧種のヴェルデュだったのに、いきなり新種に進化しましたね……」
日向がつぶやくと、本堂が返事をする。
「ああ。薄々そうだろうとは思っていたが、やはりこの新種のヴェルデュは既存のヴェルデュが成長、進化した姿だったか。新種のヴェルデュがいきなり街の中から湧いて出たのも、街中を徘徊していた既存のヴェルデュが変化したからか」
「でしょうね。けれどテオくんの話では、ヴェルデュはもう数か月も前からこの地に出現しています。その間、新種なんて一体も出現していませんでした。たまーに見かけるどころじゃなくて、まったく出現していないんです。どうして、今日になってほとんどの個体が一斉に進化を?」
「そこだな。それを確かめるために、俺達はこの地に来た。やはり昨日、あの白い花を伐採したことが関係しているのだろうか」
そんな調子で二人が会話を交わしていると、そこへスピカが割り込んできた。何かに気づいたように、少し慌てて。
「ちょっと待って、ちょっと待ってー。ワタシ、もっと大変なことに気づいちゃったんだけど」
「え、何ですかスピカさん」
「さっきの生存者さんさ、途中までは生きてたよね? それで北園ちゃんが助けようとして、いきなりヴェルデュになっちゃったよね?」
「はい、それはそうですけど、それがどうしました……あっ!?」
スピカに言われて、日向も気づいた。
あまりにも自然すぎて見落としていた、ヴェルデュではありえないはずの事実に。