第1477話 今一度、ブラジリア
緊迫した空気の中ではあったが、生存者たちを守るため、エドゥアルド・ファミリーとの協力を取り付けた日向たち。
現在、政府市庁舎のエドゥアルド・ファミリーは、改めて生存者たちを保護できるように、避難受け入れ態勢を整えている最中だ。
その準備の間に、あの新種のヴェルデュが生存者たちを襲わないよう、日向たちは政府市庁舎の周辺で警備を行なっている。
その間、日向は近くにいたテオに声をかけた。
「それにしても、さっきのエドゥは、昨日とはまるで別人だったな。正直に言って昨日のエドゥは『よくもまぁ構成員たちはあんなだらしないボスについて行くな』って思っちゃうくらい油断だらけで隙だらけだったけど、今回は終始、こっちが手玉に取られてた。悔しいけど、認めざるをえない。ARMOUREDも取られちゃったし」
「うん。あれは、僕が知ってる、昔のエドゥだった。なんていうか、口は悪いし性格も悪いけど、芯はしっかりしてて、迷いがないんだ。だから、みんな彼に惹きつけられるんだと思う」
「なるほどなぁ、今なら納得できるよ。ところでテオくん、一ついい?」
「どうしたの?」
「さっきエドゥは、君とは付き合いが長いって言ってた。それに、君のことなら信じられる、とか。彼とはそんなに仲が良いの? 大人しい君と、いかにもワルって感じの彼の組み合わせがけっこう意外なんだけど」
「まぁ、そうかな。僕、気が付いた時には親に捨てられてたみたいで、一年くらいずっと一人で、路地裏で生きてたんだ。でも、やっぱり物心ついたばかりの子供が生きていくには過酷すぎて、死にかけてたところを、たまたま通りかかったエドゥに拾われて、それからお世話になりっぱなし」
「そんな関係だったのか……」
「僕にとってエドゥは、命の恩人で、兄みたいな人、なのかな。向こうが僕をどう思ってるのかは、よく分かってないんだけどね」
「きっと、大切に思ってるんじゃないかな。エドゥだってストリートチルドレンだったんだろ? 君のことを大切に思ってないと、彼一人だけで生きていくのも大変だろうに、とても君の面倒まで見切れないよ」
「そうだね。そうだといいな」
そうしているうちに、生存者の誘導もだいぶ落ち着いてきた。
日向たち六人はいったん集合し、これからの行動について話し合う。
やはりエドゥが言っていたとおり、これから日向たちは新種のヴェルデュが発生した原因を突き止めるため、そしてロストエデンを倒すため、この場所を離れて調査と探索に乗り出すべきだ。日向のタイムリミットもある関係上、ここでジッとしているわけにもいかない。
そして、エドゥはこうも言っていた。
昨日、日向たちが来てから、新種のヴェルデュが出現するようになった。日向たちが何かしたのではないか、と。
日向たちが昨日行なった「特別なこと」といえば。
六人全員が、同じことを考えた。
「ブラジリアで、あの白い花を伐採したから、新種のヴェルデュが現れた……?」
パッと思いつくことと言えば、それくらいしか考えられない。
あの花が咲いていたブラジリアは、この緑化したブラジルでも特に生命の気配が集中する、特別感を感じる場所だとエヴァは言っていた。そしてあの花は、知識に長ける本堂やレイカでもまったく見たことがなく、その正体はいまだに謎に包まれている。
昨日の日向たちの予測では、あのブラジリアの国立公園がロストエデンの外殻となっていて、あの白い花はロストエデンの何らかの器官ではないか、という考えも出ている。
であれば、あの白い花を伐採されたことでロストエデンが怒り、ヴェルデュをパワーアップさせたのかもしれない。
もっとも現状、本当にあの国立公園がロストエデンの外殻なのか、そもそもヴェルデュ自体がロストエデンと関係がある存在なのか、それさえも正確には判明していないのだが。
本堂が口を開く。
「不明な点は多いが、此処で闇雲に思考を巡らせるより、ひとまず動いた方が建設的だろう。今回の『星殺し』はあまりにも謎が多い。焦る気持ちはあるが、その焦りをどうにか抑えて、少しずつ解き明かしていくべきだ」
その本堂の言葉に、北園もうなずいて賛同。
「だね! そうでなくとも、ブラジリアにも生存者さんたちがいたし、もしかしたらあっちにも新種ヴェルデュが出現してるかも。急いで様子を見に行った方がいいよ!」
「た、たしかにキタゾノの言うとおりだね。場合によっては、あっちの生存者たちを飛空艇に乗せて、エドゥアルド・ファミリーのところまで連れてくる必要もあるかも」
「ユピテルはここに残して、まだ街に散らばっている生存者たちの救出にあたらせましょう。私たちもこの街の救助活動に参加したいところですが、日向のタイムリミットもありますからね……」
北園に続いて、シャオランとエヴァも賛成の意見を述べた。
「んじゃ、またブラジリアだな」
日影がそう締めくくり、六人の次の行動が決定される。
あの白い花が何だったのか、改めて確かめるため。
そして、向こうの生存者たちの安否の確認のため。
六人は今一度、ブラジリアへと向かうことに決めた。
◆ ◆ ◆
リオデジャネイロを飛び立って一時間足らず。
日向たちは再び、ブラジリアへと降り立った。
飛空艇から降りて現地を調査するのは、日向たち予知夢の六人。
例によって、留守を務めるのはミオン。
「たまには私も、みんなと一緒に地上を見て回りたいわ~なんて」
「でも師匠、戦闘以外はあまり期待できなそうというか……」
「確かに、学者や名探偵みたいに次々と謎を解決していくミオンさんとか想像できないな……」
「シャオランくんも日向くんもひどいわ~」
そんな調子でいじけるミオンを、スピカが慰める。
「まぁまぁミオンさんー。この飛空艇はそれなりに大きくて、子供たちは何十人も乗ってる。普通なら、留守番には三人か四人は残さないと安心できない。でもアナタの実力なら、一人でも任せられる。浮いた人数を現地調査に充てられる。まぁ適材適所ってヤツですよ」
「スピカちゃん……そうね、そうよね」
「……まぁーでも、今回はワタシも現地調査組ー! ミオンさん、お留守番よろしくねー♪」
「うふふ、腹立つわ~♪」
スピカの言うとおり、今回は前回と違い、彼女も日向たちと同じ現地調査組に加わる。アーリアの民としての観点、それから、この星で長く生きてきた者としての観点から、あの白い花が何なのか見てもらうためである。あるいは彼女なら何か分かるかもしれない。
日向たちが飛空艇を離れると、さっそく違和感を感じた。
……いや、これは違和感というより、異変だろうか。
昨日、日向たちが飛空艇でこの街に来たときは、この街に住む生存者たちが出てきて、日向たちを出迎えてくれた。それが、今日は一人も姿を見かけない。
「『昨日は飛空艇への物珍しさから集まって、二回目になる今回はもう興味を失ったから集まらない』なんて可能性もあるけど……嫌な予感がする……。いっそ『興味を失ったから』って理由が正解であってほしいような……」
はたして、その日向の嫌な予感は的中していた。
生存者たちが集まっていた建物の廃墟群。
そこに、人間の死体が大量に散乱していたのだ。