第1476話 仁義なき協力関係
新種のヴェルデュから生存者たちを守るため、エドゥアルド・ファミリーのリーダーであるエドゥに協力を持ちかけた日向たち。
しかしエドゥは、その要請を拒否してしまった。
内心では驚く日向だが、顔には出さず、落ち着いてエドゥへ語りかける。
「お前が俺たちを嫌っているのは把握している。けど、今は私怨を優先させてる場合じゃないだろ? 生存者たちを守るために、できることはやるべきだ。それともお前は、自分たちだけ助かれば、後はどうでもいいって言うつもりなのか?」
「勘違いすんナ。これは、俺から見た『目の前の事実』を判断材料にして、冷静に考えた結果ダ。俺個人の感情は入ってねェ」
「お前から見た、目の前の事実?」
「……お前たちが来るまで、この街は平和だっタ。確かに、隅々まで緑化して、ヴェルデュとかいう怪物があちこちをうろついて、異常ではあったかもしれないが、今まで食べる物にも寝る場所にも困っていた奴らにとって、確かに平和ではあっタ。だが今日、その平和は崩れタ。昨日、お前たちがこの街に来て、その次の日に……ダ」
「つまりお前は……新種のヴェルデュが出現したのは、俺たちが何かしたのが原因だって言いたいのか?」
「そう考えるのが自然だろウ。もっと最悪な可能性は、この街に平和を取り戻すなんて真っ赤な嘘で、お前たちが何らかの目的であの新種ヴェルデュを生み出し、この街を混乱に陥れようとしている張本人であるという可能性……」
「それはさすがに言いがかりが過ぎるぞ。俺たちは本気でこの街を、そしてこの星を守るために戦ってる」
今のエドゥの発言は、これまでの日向たちの戦い、日向たちが堪えてきた痛みや苦しみ、そして日向たちを助け、日向たちと共に戦い、日向たちの勝利を信じながら犠牲になってしまった者たちまで愚弄する言葉だ。日向はこれまで以上に強めの語気で、エドゥにそう言い返した。
しかしエドゥは、そんな日向の圧にもまったく怯まない。
昨日の一戦で、彼と日向たちの力の差を思い知らされたにもかかわらず。
報復による死の恐怖など、まるで感じていないような様子だ。
「物的証拠でもあるなら信じてもいいんだがなァ。昨日会っただけの人間をただ信じろだとか、そんな考えが通用するような甘い生き方を、俺たちストリートチルドレンはしていなイ」
エドゥもまた一歩も譲らない。
日向と彼の間で、煮えたぎるようなプレッシャーが展開される。
同行してくれたテオ少年も、非常に気まずそうな様子だ。
……だがここで、エドゥが突如として鼻を鳴らす。
この状況に、そして自分自身にあきれ返るように。
そして、先ほどよりもわずかにフレンドリーに、話を再開させた。
「だが……認めよウ。確かにあれだけの人数の生存者を保護できるような余裕は、こちらには無イ。食糧と水の備蓄も、一日経たずに消費しきってしまうだろウ。正直なところ、外にいる生存者たちの半数をお前たちで受け持ってもらっても、こちらはせいぜい二日。限界まで消費を切り詰めても、三日が良いところカ」
「その言葉はつまり、俺たちとの協力提携を受け入れてくれるってことでいいんだよな?」
「あア。だが、勘違いするなヨ。俺はまだお前らを信じたわけじゃねェ。今でも『最悪の可能性』も想定して、俺はお前たちを疑っていル。だガ……」
言いながら、エドゥはテオを見た。
テオを見ながら、彼は話を続ける。
「そいつなら信じられル。それなりの付き合いだからナ。そいつの様子を見るに、お前たちがこの星のためとかで活動しているのは間違いないんだろウ」
エドゥがそう言うと、テオもこくこくとうなずいた。
日向たちとエドゥの間で張り詰めていた緊張が、そこそこ柔らかくなってきた。
「……ありがとう。とりあえず、信用してくれて」
日向がエドゥにそう告げるが、彼は変わらず、そっけない態度で答える。
「だから勘違いすんなって言ってんだロ。信用はしていなイ。ただ利用させてもらうだけダ。それだけでも腹が立つが、こちらも治安は維持したいし、ファミリーの連中も殺られタ。贅沢は言ってられねぇからナ……」
「ったく、ほんと頑固だなー。分かったよ。こうなったら、いま起きている異変をばっちり解決して、『疑ってすみませんでした』ってそっちから言いたくなるくらいに分からせてやるからな」
そう言い残して、日向たちは飛空艇へ戻り始める。
たった今取り付けたエドゥアルド・ファミリーとの協力関係についての報告や、これからの行動について話し合うために。
だが、日向たちがこの建物を出ようとしたらすぐに、後ろからエドゥが声をかけてきた。
「待てヨ。『俺は、お前たちを利用させてもらう』って言っただロ。さっそくだが、利用させてもらうゼ」
「こ、今度は何だよ」
日向が聞き返すと、エドゥは品定めをするような目で、日向たちを眺め始める。少し、北園の方を数秒長めに見ていた。
「そうだなァ……。それじゃあ、そこのアメリカ兵士の三人をここに置いていケ」
「はぁぁ? なに言って……」
「知っての通り、こちらはお前たちより戦力的に劣っていル。クソ腹立たしいことだがナ。どうせお前ら、次は『この異変を起こした原因を探しに、いったんここから離れる』なんて言い出すんだロ」
「それは……」
「俺のファミリーだけじゃ、まったくもって遺憾なことだが、あの新種のヴェルデュが相手じゃ生存者を守り切れないかもしれねぇし、守ろうとしてファミリーたちが犠牲になる可能性も高イ。だから、そっちの戦力をこっちに分けロ」
「くっそ、そういうことかよ」
「お前が持ちかけてきた協力関係だ、文句はないだろウ? それとも、お前が助けたい生存者の枠には、ウチのファミリーたちは入ってないってのカ? 無力な生存者を守るため、その生存者に毛が生えた程度の兵士たちは、進んで犠牲になれト?」
「分かった分かった。……ジャックたちは、いいか?」
申し訳なさそうに、日向はARMOUREDの三人に尋ねた。
エドゥの言葉はもっともだが、見方を変えれば三人を人質として差し出すも同然の要求だ。
これに対して、ARMOUREDの三人は、まったく思い悩むことなく同意してくれた。
「別にいいぜ。生存者を守るためってんなら、武装までは取り上げられねーだろ。奴らが俺たちに何かしようとしても返り討ちだぜ。ま、仮に銃を取られたとしても、俺なら素手で全滅できる自信があるけどな!」
「この場面で戦力の分散はちょっと不安もありますが、確かに生存者の保護も大切ですからね……。とはいえ、日下部さんたちの実力の高さも把握しています。私たちが抜けても大丈夫だって信じてますからね!」
「何が起きてモ、この場所は俺たちが守ろウ。だかラ、お前たちは安心して、目の前の戦いに集中しロ」
「ありがとうジャック。レイカさんと、コーネリアス少尉も……」
こうして、ARMOUREDの三人が、このエドゥアルド・ファミリーに残ることが決定。
話がまとまったのを見計らって、またエドゥが声をかけてきた。
今度は北園にも視線を送りながら。
「欲を言えば、そこのセニョリータ、キタゾノにも残ってほしかったんだがなァ」
それを聞いて、日向は北園を背後に隠しながらガルルルルとエドゥを威嚇。
「ふン。冗談だよ冗談」
肩をすくめるエドゥ。
その時、北園が不思議そうにエドゥに尋ねた。
「あれ? そういえば私、あなたに自己紹介したっけ? なんで名前知ってるの?」
「前にここに来た時、お前たち自身の会話の中で聞いタ」
「へー! よく聞いてたね! 記憶力とか良い方なの?」
「まぁ、それなりにナ。ただ、下の名前は聞いてないナ。良ければ教えてくれるかイ?」
「北園さん。こんな奴に名前を教える必要なんてないぞ。下手に個人情報を教えたら何に使われるか……」
「良乃っていいます!」
「ああ、言っちゃったよ……」
「へェ。良い名前じゃン」
「仮にもこれから協力関係になるなら、やっぱりちゃんと名乗っておいたほうがいいかなーって」
「くはははハ! やっぱ良い女だなお前! 先約アリなのがマジで残念だゼ!」
そうしてひとしきり笑った後、エドゥは再び日向に目を向けた。
「……あァ。そういえば、この中でも一番ムカつく、お前のフルネームも聞いてなかっタ。ほら、お前の女もいま言ったばかりだろ、名乗るのは礼儀だっテ。教えてくれるよナ?」
エドゥが、日向に向かってそう言ってきた。
日向はため息を一つ吐いた後、毅然とした態度でエドゥに名乗った。
「俺の名前は、日下部日向だ」
「クサカベ、ヒュウガ、ねェ。変な名前だゼ。クサカベだけに、草生えるってカ」
「おま、それ、日本のネットスラング……!」
「それじゃ、せいぜい仲良くしようぜ、セニョール・クサカベ?」
日向を小馬鹿にするように微笑みながら、エドゥはそう告げてきた。