第1468話 帰路途中での小話
エドゥアルド・ファミリーを制圧し、飛空艇へ帰還する日向たち。
政府市庁舎を出てから数拍置いて、日向がテオに声をかけた。
「テオくん。大丈夫だった?」
「あ、うん。ケガ、どこもしてない」
「ああいや、それもあるけど、そうじゃなくて。俺の勘違いじゃなければ、君はあのエドゥと特別仲が良さそうに見えたんだ。たぶん、ファミリーの一員とボス以上の関係があったんじゃないか?」
日向にそう聞かれると、テオは少し気まずそうに、日向から視線を外す。しかしすぐにうなずき、返答した。
「……うん。そう。エドゥは、街がこうなる前から、面倒見てくれた、僕の。たとえるなら、僕のお兄さん、みたいな」
「そうだったのか……。ごめん。俺たちについて来てくれたのは嬉しいけど、つらい選択をさせちゃったかな……」
「だいじょぶ。それに……」
「それに?」
「エドゥ、街がこうなってから、おかしくなった。前から口は悪かった。ケンカもしてた。けど、すごい怠けたり、女の人を集めるような趣味なかった」
「そうなのか。街の支配者になって、抑えていた欲望が一気に爆発した、とかかな? それにしても、北園さんにまで色目使うとは、とんでもないやつだった……」
思い返して、むすーっとする日向。
そんな彼の様子を見て、テオも苦笑い。
そこからすぐに表情を真剣なものに戻し、テオは改めて日向に宣言した。
「だから、街が元に戻れば、エドゥも元に戻るかも。僕は元に戻したい。街も、エドゥも、この星も。それで、僕たちがまたストリートチルドレンに戻って、街の人たちから厄介に見られるとしても」
「……そっか。なら、俺たちも頑張らないとな」
日向も微笑み、テオに返事。
どうやら、日向が心配したのは失礼と思うくらい、テオの覚悟は強かったようだ。
……が、その時。
何かにつまずいたように、日向がいきなりこけた。
「おうっ!?」
ビターン、と緑に包まれた道路に倒れる日向。
隣にいたテオも、心配そうに日向を見ている。
「だ、だいじょぶ?」
「あ、ああ。大丈夫。まったく、締まらないなぁ俺……」
テオを心配させないように、すぐに立ち上がろうとする日向。
しかし、足に何かが引っ掛かって、身体を起こせない。
いや、引っ掛かっているのではない。
道路に倒れていたヴェルデュが、右手で日向の足首を掴んでいたのだ。
「……は!? ヴェルデュ!?」
「ァアアア……」
そのままヴェルデュは、日向の右足首に噛みついた。
「痛ったぁぁぁ!? こ、こいつ! 放せ!」
日向はすぐさま『太陽の牙』を右手に持って、その刃をヴェルデュの頭部に叩きつける。四回ほど斬りつけると、ヴェルデュは脳を破壊されたか、動かなくなった。
どうやら今のヴェルデュは、この草やツタが生い茂った道路に完全に同化するように倒れていて、日向たちの誰もがその存在に気づいていなかったようだ。そこへ日向が近くを通りかかり、襲ってきたというわけだ。
他の仲間たちも今の騒ぎを聞きつけ、日向の元へ集まった。
幸い、他にはもうヴェルデュの姿はなく、日向の傷も”再生の炎”で完治している。
「ったく、倒れていた敵に気づかずに襲われるとか、相変わらずどんくさい野郎だな」
「じゃあお前、気づいてたなら先に処理しとけよって話だよ」
日影に言葉を返す日向。
それからテオが、心配そうに日向に声をかけた。
「日向、だいじょぶ? 倒れているヴェルデュに気づかないの、この街の皆の怪我の原因ランキング第二位。ちなみに一位は、寝込みを襲われる」
「そんなランキングあるんだ……。ところでいま思いついたんだけど、ヴェルデュに噛まれたら、ウイルスに感染して、噛まれた人間もヴェルデュになったりしない? ゾンビホラーとかそういうの多いし」
「だいじょぶ。噛まれた人、何人か知ってるけど、誰もヴェルデュなってない。逆に、噛まれたことないのに死んだ人、ヴェルデュになってたの見たことある」
「そうか……。ヴェルデュを動かしてるのは、ヴェルデュの全身を覆っているツタ植物だっていうのは分かったけど、そのツタ植物はどこから来てるのか、相変わらず謎だな……」
気を取り直して、日向たちは移動を再開。
しばらくすると、飛空艇の停泊地点に到着した。
昼の時間も中頃に差し掛かってきた。
そろそろ本格的に、ロストエデンを捜索して討伐するために動かなければならない。
そこへ、エヴァが日向に声をかけてきた。
「日向。私は昨日から今に至るまで、この国全体に”気配感知”を張り巡らせ、ロストエデンの位置を探っていました」
「改めて聞くと、本当にわけわからん規模の能力だよな……」
「とはいえ、絶対的に万能というわけでもありません。少し前にも言った通り、”気配感知”は使用し続けると疲れるので、適度に休息を挟まなければなりません。それに遠い地点の気配に集中していると、逆に私の近くの気配の感知がおろそかになることもあります」
「なるほどな。もしかして、さっき俺が引っ掛かったヴェルデュに前もって気づかなかったのもそれが原因か。……あ、ごめん話がずれた。続けてくれ」
「はい。それで、ロストエデンの位置ですが……」
結論から言うと、やはりエヴァはロストエデンの位置が掴めないらしい。
今まで『星殺し』を探していた時は、その『星殺し』が保有していた膨大な量の『星の力』を目印としていたが、ロストエデンは『星の力』を持っていないのではないかと考えられるくらいに、何の力も感じないという。
ただ、エヴァの”気配感知”は、なにも『星の力』だけしか辿れないわけではない。
この国の全土に向けて”気配感知”を行なった結果、このリオデジャネイロだけでなく、ブラジルのほぼ全地域で緑化現象が起こっている可能性が高いとエヴァは言う。超広範囲にわたって、植物らしい生命の気配を濃厚に感じるそうだ。
そして、その生命の気配が最も濃い地域が一か所ある。
それは、この緑化現象が発生している範囲の中心点。
エヴァが地図を指さすと、そこはブラジルの首都ブラジリアだった。
このリオデジャネイロからは千キロ以上離れている。
「緑化現象は、この『ぶらじりあ』という街を中心に、円形状に広がっています。もしかしたら、ここに何かがあるのかもしれません」
「たしかに、こういう中心点って、基本的に何かがあるのがお約束だよな。調べてみる価値はありそうだ」
さっそく日向たちはブラジリアに向けて、飛空艇で飛び立った。
地上では、百人はいるのではないかと思うほどの生存者たちが、飛空艇の離陸を見守っていた。
彼らの瞳は、それぞれ期待と不安が入り混じったような、複雑な感情を表す色をしていた。