第1467話 力の差
エドゥが日向たちに向けて突撃銃を乱射しようとする。
そしてそれは、建物の外にいるスナイパーたちに、日向たちへの狙撃を命じるための合図にもなる。
エドゥが突撃銃の引き金を引く。
それよりも早く、北園がバリアーを展開。
……が、その二人よりも早く、ジャックが二丁のデザートイーグルを素早く抜いて射撃。四回の銃声が鳴り響く。
ジャックが放った四発の弾丸は全て、今まさに銃口から弾丸を吐き出そうとしていたエドゥの突撃銃に命中。エドゥの突撃銃は破損し、彼が引き金を引いた瞬間に暴発。完全に使い物にならなくなった。
「うわッ!? お前、やりやがったナ……!」
「そりゃあなぁ。今のはいくら何でものん気しすぎだぜ兄ちゃん。思わず撃っちまった」
マモノ災害から”最後の災害”と続いて、ジャックは三年間も世界の命運を左右する戦いの最前線で戦ってきた。そんな彼にとって、エドゥの先手を取るのはあまりにも簡単なことだった。
エドゥは破壊された突撃銃の代わりに、ズボンの左ポケットに隠してあるハンドガンを使うため、ポケットに手を突っ込もうとする……が。
「おっと、ズボンの左ポケットに手を入れるんじゃねーぞ。その膨らみから察するに、ハンドガンを隠してるな? それ使おうとしたら今度こそオマエに当てるぞ」
「くッ……!」
ポケットに手を突っ込む前に、ジャックに釘を刺された。焦りの表情を浮かべるエドゥ。先ほどまでの余裕が嘘のようである。
銃が撃てなくうなった以上、エドゥは待機させているスナイパーに合図を送れない。もはや、スナイパーたちがエドゥの危機を察知し、自発的に狙撃してくれることを祈るしかない。
(くそ……! あいつら、こっちはピンチだって早く気づけ……!)
祈るような気持ちで、建物の窓をチラリと見るエドゥ。
そんな彼の様子を見て、日向が声をかけた。
「あ、ちなみに、スナイパーには期待しない方がいいぞ。ここに来る前に片付けておいたし」
「は……はァ!? そんな馬鹿な話があるカ! どうしてお前たちがスナイパーの存在を知っていル!?」
動揺を隠せないエドゥ。
すると、ハッとした表情で、エドゥはテオを見た。
「そうか、お前カ……! お前がこいつらにスナイパーの位置を……俺の作戦をバラしやがったナ!?」
「ぼ、ぼく違うよ、エドゥ」
テオは怯えた様子ながらも、エドゥの問い詰めを否定。
そこへ日向が、助けに入るように再びエドゥへ声をかけた。
「テオくんの話は本当だぞ。俺たちはこの建物に突入する前に考えたんだ。お前がまたスナイパーを忍ばせているかもしれないって。数は四人だろ? 全員拘束させてもらったぞ」
「し、信じられるカ! テオに聞いてもいないのに、どうやってスナイパーの存在を予想しタ!? いやそれ以前に、街中に散っているスナイパー全員を見つけて拘束なんて不可能ダ! ハッタリだロ!?」
「スナイパーの予想については、お前が少しでも俺たちの強さについて把握してるなら、たとえお前の兵隊全員を投入しても、正面きっての戦闘では勝てないかもしれないから、搦め手も用意してくるだろうと思った。お前のファミリーにスナイパーも存在してるっていうのは、最初に俺たちを襲撃してきたのがスナイパーって時点で割れてるしな。格上を始末するのにも、狙撃ほど向いている方法はない」
「スナイパーの位置は、私が”気配感知”で割り出しました。どうですか、あなたがガキ呼ばわりしたこの私の能力に負かされた気分は。一度目ですら通じなかった手段が、どうして二度目は通じると思ったのでしょうか。理解に苦しみます」
日向の説明にエヴァも参加して、最後にそう締めくくった。先ほどエドゥにガキと呼ばれたことに非常に腹を立てている様子である。
エドゥは、この作戦に自信があった。
だというのに、結果はこの有様だ。
敗北し、煽られ、みじめな姿を晒されて、エドゥは歯茎が剥き出しになるほどの怒りの表情を見せていた。
「くソ……! くそッ……!!」
……と、その時だった。
この政府市庁舎の出入り口の扉が開かれ、エドゥのファミリーと思われる若者が一人、息を切らせながら入ってきた。
入ってきた若者は、二階のエドゥを見上げながら、ポルトガル語で声をかけた。
『え、エドゥ! 大変だ! 外にヴェルデュの大群だ! もうこの建物は囲まれている! 急いで迎え撃たないと……』
だが、彼が話をしている途中で、先ほど彼が入ってきた扉を開けて、三体ほどのヴェルデュが侵入してきた。三体のヴェルデュは一斉に、扉のすぐ近くにいた若者に飛び掛かった。
「アァァァ……!」
「ウァァゥウ……」
『あ!? うわぁぁ!? やめろ、はなせぇぇ!?』
ヴェルデュは若者を押さえつけながら、爪を突き立てたり口で噛みついたりしている。元より日向たちから植物ゾンビなどと形容されてきたヴェルデュだが、攻撃方法も完全にゾンビそのものだったようだ。
ともあれ、こうしてはいられない。
すぐさまレイカが駆け寄って、若者に集る三体のヴェルデュを蹴飛ばした。
「やぁっ!!」
「グァァゥ……」
「アゥゥァ……」
それからレイカは若者を救出し、北園の元へ連れて行く。
その間に日向たちは、外のヴェルデュを迎え撃つ用意。
さらに本堂がポルトガル語で、この場にいるエドゥのファミリーたちへ呼び掛ける。
『皆、急いで此方へ集まれ! 窓の側に近寄るな! 連中は俺達が片付ける!』
日向たちによって壊滅させられたエドゥのファミリーたちは、もう戦う気力はほとんど残っていない。大人しく本堂の言うことを聞いて、このエントランスの中央へと集まる。
エドゥだけは、その場から動かなかった。
しかし、それは意気地になって拒んでいるというより、このみじめな現状を受け入れられず、本堂の声が聞こえていないような様子であった。何か思いつめるように、足元をじっと見つめていた。
『くそ……くそっ……くそぉぉっ……!!』
その後、日向たちは、この建物を包囲するように群がっていたヴェルデュを全滅させた。
確かに数は多かったが、やはり一体一体の動きは非常に鈍く、特に危険な場面もなく戦闘は終了した。
ヴェルデュを全滅させると、北園とエヴァが、先ほどの戦闘で怪我をさせてしまったエドゥのファミリーたちを治療。
その間も、エドゥはずっと二階から動かなかった。
そんな彼に、日向が一階から声をかける。
「こんな形になったけど、俺たちの実力は分かっただろ? 悪いけど、これに懲りたら邪魔しないでくれ。こっちも、この星の命運が懸かってるんだ」
そう伝えて、日向はその場を去る。
すると今度は、日向について来ていたテオが、母国の言葉でエドゥに声をかけた。
『エドゥ……ごめん。僕は彼らについて行く。きっとこの選択がファミリーのみんなのため、そして君のためにも繋がると思うから……』
それから日向たちがこの建物を去るまで、エドゥはずっとその場に留まっていた。
やがてエドゥが、ポツリとつぶやく。
『……まだだ。俺は生きてる。生きていれば、いつか必ずチャンスは来る。アイツら、このままで終わらせてたまるかよ……!』
そうつぶやくエドゥの表情は、日向たちに、そして自分自身にも、あるいは、この世の何もかもに向けたかのような、激しい憤怒の表情だった。