第1466話 リーダー・エドゥ
政府市庁舎のエントランスにて、エドゥアルド・ファミリーのリーダーであるエドゥと対面した日向たち。
「君が、このエドゥアルド・ファミリーのリーダー?」
「ああ、そうダ。エドゥアルド・ジュニオール。皆はエドゥって呼ブ」
エドゥは手すりに寄りかかり、エントランスの二階から日向たちを見下ろしつつ、返答してきた。驚いたことに、その言語は英語だった。
「なんとなく予想がつくゼ。お前らがここに来たのは、この街から緑を取り除いて元に戻すのが目的だロ? こんな時期に、そんなご大層な戦力を持ってこの街にやって来る連中なんざ、それくらいしか考えられねェ」
「君、英語が喋れるのか。ちょっと訛りあるけど」
「あァ。昔、かじってタ。ところデ……」
日向との話の途中で、何やらエドゥが視線を動かす。
どうやら、日向の仲間の何人かを見ているようだ。
「ふぅん、女連れカ。一人はガキ。一人は……ちょいと貧相だナ」
「は? ガキ?」
「ひ、貧相!?」
エヴァとレイカが抗議の声を上げる。
さらにエドゥは、北園にも目を向けた。
「お前は……良いナ」
「え? 私?」
「あア。懐が広そうなのがすごく良イ。気に入ったヨ。お前、俺の女にならないカ?」
「お断りしまーす! 私は日向くんのだもーん!」
にこやかな笑顔で、北園はエドゥをフッた。
エドゥは楽しくなさそうに肩をすくめた。
そして日向は『太陽の牙』を振り上げていた。
「北園さんを狙う輩め、灰すら残さず消し飛ばしてやる。”星殺閃光”、撃ち方よーい……」
「わぁぁ待ってヒューガ待ってぇぇ! それはやりすぎだってぇぇ!!」
「ちぇっ、やっぱりやりすぎか」
シャオランが必死に止めて、日向はどうにか落ち着きを取り戻した。
まだ悪い虫を見るような目をエドゥに向けているが、日向は彼にロストエデン討伐の許可をもらうよう交渉を開始する。
「さっきお前が予想した通り、俺たちはこのブラジルの緑を取り除くためにやって来た。この国のどこかにいる怪物、ロストエデンを討伐すれば緑化現象も止まると思う。お前らがそれを歓迎していないのは重々承知してるけど、邪魔しないでほしいんだ」
エドゥへの二人称が「君」から「お前」へ変化している。
だいぶ頭に来ているようだ。
そんな日向に対して、エドゥは小馬鹿にするような口調で返答。
「断ル。ここは俺たち貧民の楽園になっタ。その楽園を破壊させるわけにはいかねぇんだヨ」
「でもさ、この星は今、大変なことになってるんだ。あちこちで怪物たちが現れて、災害みたいに暴れて、大勢が死んだ。この事態を止めるには、この地を緑にした怪物……ロストエデンのエネルギーが必要なんだ。奴を倒して『星の力』を回収しないと」
「この街から緑が消えたら、果実だって取れなくなル。この街に住む全員が飢え死にダ。この星の未来以前に、目の前の明日を生きられなくなっちまウ」
「そこはちゃんと面倒を見るつもりだよ。こっちの仲間に、野菜や果物を種から一瞬で育てられる能力者がいる」
「駄目だ駄目ダ。この街は緑のままでいてもらわなきゃ困ル」
「あのなぁ。ロストエデンを倒さないと、ゆくゆくはこの星そのものが終わっちゃうんだぞ。そんなこと言ってる場合じゃないんだよ」
日向はどうにかエドゥを説得しようとするが、彼は聞く耳を持たなかった。引き続き、自分の意見を述べてくる。
「俺たちストリートチルドレンはな、この街の……いいや、この国の連中にゴミみたいな目で見られ続けてきタ。そんな屈辱的な視線に耐えて、耐えて、耐え続けて、ようやく俺たちが天下を取る日が来たんダ。もう俺たちは誰の視線に怯えることもなく、街の通りを歩けるようになっタ。食べ物を探すときはゴミ箱を漁るのではなく、美味い果実をいつでも収穫できるようになっタ。寝るときは冷たくて硬い路地裏の石畳ではなく、建物の中のベッドで眠れるようになっタ」
「……苦労、してきたんだな」
「ああそうサ。だがお前たちが街を元に戻したら、この街から逃げた連中が……良い暮らしをしていた連中が戻ってくル。そして街が元に戻れば、俺たちも元のみじめな生活に逆戻りダ。そんな俺たちの気持ちがお前に分かるカ? 見るからに暖かくて安全な場所でぬくぬくと育ってきたようなお坊ちゃん野郎がヨ」
「ちょっと同情してやったのにボロクソ言われた」
「ふン。俺はな、お前みたいな何の苦労もしてこなかったような奴が大嫌いなんだヨ」
やはりエドゥは、どうあっても日向たちにロストエデンを倒させる気はないらしい。
……と、その時だ。
日向とエドゥの会話に、別の誰かが割り込んできた。
『でも……やっぱり今のままっていうのは良くないと思うんだよ、エドゥ』
まだ少年らしい幼い声で発せられるポルトガル語。
エドゥに声をかけたのは、テオ少年だった。
『確かに今、この街は昔と比べて、僕たちにとってすごく住みやすくなったよ。でも今のこの街の状態は、はっきり言えば異常だよ。こんな状態をずっと続けていたら、どこかでそのツケを払わされることになるかもしれない。だから僕は、この街を元に戻すべきだと思う……』
『テオ……。いつになったらそいつらの背中を後ろから刺すんだと思っていたら、やっぱり裏切りやがったか。恩知らずめ……』
今の会話を聞いて、日向たちはテオを見た。
テオは気まずそうながらも、英語で日向たちに答える。
「ぼく、エドゥのファミリーだった。初めてみんなと会った時、君たちの乗り物を見学するフリして、スパイになれ言われた。そして向かってる途中、君たち会った。ごめん、騙してて……」
「そうだったのか。でも今は、俺たちと君自身の正しさを信じて、こっちについてくれるんだな。友達に面と向かって『それは間違ってる』って突きつけるのは、すごく勇気がいることだ。君はすごいな、テオくん」
テオが実はスパイだったという事が判明したが、日向たちは特に気にしなかった。そもそも、テオはスパイらしい行動をほとんど行なっていない。それなら罰するも何もないだろう。
その一方で、エドゥは手に持っていたアサルトライフルをこれ見よがしに構え始める。
「やっぱり、こうするしかないカ。お前らがこの街を出ていくつもりがないって言うなら、こちらも実力行使ダ。嫌でもこの街から出て行きたくなるようにしてやル」
エドゥが銃を構えたのを見て、日向たちも身構える。
しかし九人とも、その姿勢には落ち着きがあった。
なにせ、今さら銃を持った敵兵が一人増えたところで、今の彼らにとっては大した脅威ではない。
ジャックがエドゥに呼び掛ける。
「この通り、オマエの部下は全員制圧しちまったぜ。今さらオマエ一人で何するつもりだよ。怪我しないうちに投降しな。オマエ自身の実力も大して高くないってことも、こっから見るだけで分かる」
「ふん、それはどうかナ」
ジャックの言葉は正解だ。エドゥはファミリーをまとめるリーダーだが、彼より腕っぷしが強い仲間はそれなりにいる。
だというのに、エドゥは余裕の姿勢を崩さない。
なぜなら、彼は伏兵を忍ばせていた。
(この建物の外に、スナイパーを四人配置してある。俺が銃を乱射すれば、それを合図にスナイパーたちが窓から連中を狙撃する。あいつらの腕前は本物だ。絶対に外さねぇ)
そしてエドゥは、スナイパーたちに合図を送るため、右手に持つアサルトライフルの引き金に人差し指をかけた。
(まずは四人。頭を吹っ飛ばされちまいな!)