第136話 ビッグフット
「あなたのこと、気に入ったわ」
未だ銃弾が飛び交う中、オリガが日向に声をかけた。
「俺を? え、なんで……?」
なぜ自分なのか。
何の魅力も無いのに。
そう思い、日向は訝しげに首を傾ける。
「あなたの戦いぶりよ。銃の腕もそうだけど、何よりその容赦の無さが良いわ。あなたのお仲間さんたち、貰ったハンドガンを使ってないわよね。便利なのに。……それはきっと怖いから」
自身のハンドガン、白いマカロフを眺めながら、オリガが続ける。
「銃というのは、当たりどころが悪ければあっさりと人の命を奪ってしまう武器よ。あなたの仲間たちはそれを分かっているから、人の命を奪うのが怖いから、手加減の利く自前の能力で戦っている。けれどあなたは違う。何のためらいも無く引き金を引いている。ヘタレっぽい子だと思ったけど、意外と肝が据わっているのね。その点で言えば、あなたは五人の中で一番優れているわ」
日向が今までプレイしてきたガンシューティングが、今まで見てきたガンアクションが、日向の射撃の強さを形作っている。日向の動きは、今まで見てきたゲームの見よう見マネである。
だがそれ以上に、日向の動きには一切の躊躇が無い。今までまともに人を撃ったことがない少年が、初めての鉄火場にこれほどの適応力を見せるなど、十分異常である。
かつて日向は、北園と共に初めてマモノ退治に行った時、ユキオオカミの命を何の躊躇も無く奪った。そして今回、急所を外しているとはいえ、日向は容赦なく人間を撃っている。もしかすると日向は、タガが外れやすい人間なのかもしれない。
そして日向は、オリガに言葉を返す。
「オリガさん。俺が……本当に人を撃ったことがあるって言ったら、どうしますか?」
「あら。日本は銃社会だったかしら?」
妖艶な微笑みの表情を変えず、オリガが聞き返してきた。
日向はしばらく黙り込むと、返事をする。
「……冗談ですよ。友達とエアガン遊びをしていただけです」
「エアガン遊びだけでこんなに人を撃つのが上手くなったってこと? 面白い子。ますます気に入ったわ」
日向よりずっと幼く見えるオリガが、蠱惑的な表情をしてみせる。幼女の無邪気さと大人の色気が同居しているような、危ない表情だった。日向も思わずたじろいでしまう。
「そ、そりゃどうも。デートでもしてくれるんですか?」
「あら、期待しちゃってる? けれど私、もう心に決めてる人がいるのよ。あなたはあくまで”お気に入り”」
「なんだ、そうでしたか。まぁ、こんなのを気に入ってくれるだけ有難いですけど」
「うふふ。ごめんなさいね、ガッカリさせちゃって」
「別に、気にしてませんよ」
――あなたより、もっと良い人がいる。
そう心の中で続けながら、日向は引き金を引き、発砲する。
北園に向けられていたマフィアのハンドガンが、日向の銃弾に弾き飛ばされた。
◆ ◆ ◆
「く、くそ! どうなってる! アイツらは何者だ! なんでこの人数で押し返せないんだ!」
マフィアのボスが忌々しそうに口を開く。
ちょうど今、敵の日本人の少年に自身の銃を撃ち抜かれ、使い物にならなくされた。
「こんなところで破滅なんて、嫌だ! 何か……何か手は……!」
逃げ道でも、強力な武器でも何でもいい。
とにかく何か状況打開の糸口を見つけるべく、マフィアのボスは周囲を見回す。
(今日に至るまで、オレはあらゆる手を尽くして生き延びてきた。だからこの地位にいる! オレは逆転の天才だ! 諦めるものか……!)
そして、見つけた。
この状況を打開できそうな”切り札”が。
「そうだ……! コイツを……買ったばかりの”コイツ”を使えば……!」
そう言って、マフィアのボスはビッグフットの檻に駆け寄った。
このマモノを暴れさせて、連中を蹴散らしてやろうという寸法だ。
マフィアのボスは檻の外からビッグフットの毛を引っ張る。
しかしビッグフットは無反応のまま、いびきをかいて寝ている。
このままでは暴れさせるどころの話ではない。
「ええい! 起きろ! ご主人様の敵を皆殺しにしろ!」
怒り声を上げながら、マフィアのボスは懐からもう一丁のハンドガンを取り出し、ビッグフットに銃弾を撃ち込んだ。
「ウ?」
ビッグフットが目を覚ます。
横になりながら周囲を見渡す。
と、自身の身体に痛みを感じた。
銃で撃たれた部分だ。
「おお! 目が覚めたか! 今、檻を開けてやる。奴らをぶち殺してやれ!」
目の前の小太りの男を、寝ながら見下ろし、ビッグフットは状況を整理する。
自分は人間たちに眠らされ、檻に入れられている。
目の前の男は、自分に銃を撃ち込んだらしい。
つまり、コイツらは敵なのだろう。
「ウゥゥゥゥゥ……」
ビッグフットは決意した。
ここの人間たち全員を、皆殺しにする。
「ウガァァァァァ!!!」
「う、うわぁぁぁ!?」
ビッグフットが檻の中で暴れ出す。
檻はあっさりと破壊され、その外にいたマフィアのボスが、ビッグフットの腕にグシャリと叩き潰された。
◆ ◆ ◆
「マモノが檻から脱走したぞ!」
「うわぁぁぁ逃げろぉぉぉ!!」
「馬鹿、逃げるな! 戦え!」
「ガキどもとあのマモノ、どっちを攻撃すりゃいいんだ!?」
「マモノに決まってるだろ! このままじゃ殺されるぞ!」
「けど、あっちの奴らも攻撃を止めないぞ! 挟み撃ちにされる!」
ビッグフットが檻を脱走して、テロリストたちの陣営内で暴れ始めた。テロリストたちも完全に混乱している。ある者はビッグフットを狙い、ある者は日向たちを狙い、ある者は我先にと逃げ始める。廃工場内は阿鼻叫喚だ。
「うっわぁ……大変なことになってるなぁ……」
「大混戦ね。こうなると敵の射線が予測しにくくて、逆にやりづらいわね。仕方ない、そろそろこの子を使いましょうか」
そう言うと、オリガは側に控えさせていたユキオオカミに指示を飛ばす。
ユキオオカミは物陰から飛び出ると、一直線にビッグフットへと向かう。
「ワン! ワン!」
「ウガアアアア!!」
ビッグフットはユキオオカミを敵対者と認識した。
ユキオオカミ目掛けて腕を振り下ろす。
しかしユキオオカミはこれを素早く避けた。
ビッグフットの足元を走り回りかく乱する。
「な、なんだあのオオカミ。マモノと戦ってるぞ」
「俺たちから注意が逸れたな。この隙に逃げるか!?」
「に、逃げろ逃げろー!!」
ユキオオカミが注意を引きつけている間、テロリストたちが退却を始めた。持っていた武器を放り出して、日向たちのいる場所を通り過ぎ、わき目も振らずに外の車へと走って行く。
「いいんですか? アイツらを逃がして」
「良いのよ。アイツらどうせ末端だから。殺したところで『赤い雷』にとっては大した痛手にならないわ。それより、これで邪魔者はいなくなったわよ。あとはお任せしていいわよね? マモノ退治の専門家さん?」
「……分かりましたよ。やっぱり俺たちは、銃撃戦よりこっちじゃないと! ……来い、『太陽の牙』!!」
瞬間、日向の手元から火柱が上がる。
その火は徐々に剣の形を取り、やがて厚い刀身を持つ両手剣となった。
「うおおおおお!!」
日向が物陰から飛び出し、ビッグフットへと迫る。
他の仲間たちも既にビッグフットに攻撃を開始している。切り込むチャンスだ。
「せやあああ!!」
日向がビッグフットの脇腹目掛けて『太陽の牙』を振り上げる。
そして……。
「ウガアアアアアア!!」
「ぐええ!?」
……ビッグフットの右腕の薙ぎ払いに巻き込まれた。
日向はそのまま大きく吹っ飛ばされ、工場の隅に落下した。
「……銃を持ってるときはなかなかだったのに、剣を持った途端に弱くなったわね……」
そんな日向を見て、オリガは呆れ気味に呟いた。
◆ ◆ ◆
「ウガアアアアアアッ!!」
ビッグフットが暴れまわる。
腕を振り回し、巨大な足を踏みつけ、周囲を破壊しまくっている。
その近くには、怪我をして動けなくなっていたテロリストが二人。
「ぎゃああ!?」
「うわああああ!!」
彼らは、ビッグフットに踏み潰されて絶命した。
工場内には、逃げ遅れたテロリストたちも残っている。
怪我した身体を引きずりながら、ビッグフットの攻撃範囲内から逃れようとしていた。
「このままじゃあ無駄な死者が出ちまうな。仕方ねぇ、アイツらを守るぞ!」
言って、日影がビッグフットの前に躍り出る。
『太陽の牙』を構え、ビッグフットに斬りかかる。
「ウガアアアアアア!!」
「うおっ!?」
しかし、ビッグフットはめったやたらに暴れ続け、下手に近寄ることができない。人間と同じ二本ずつの手足から、大嵐のような連続攻撃が繰り出される。
いくら再生能力があるとはいえ、これでは日影も迂闊に手出しができない。まとわりついていたユキオオカミも、たまらずビッグフットから距離を取っている。
しかし、そんなビッグフットに向かって走る人影が一つ。
「…………。」
ズィークフリドだ。
冷静にビッグフットの腕を掻い潜り、無傷で足元まで到達すると……。
「…………!」
「ウガアアッ!?」
ビッグフットの膝の後ろに回し蹴りを叩き込んだ。
膝カックンの形となり、たまらずビッグフットは前方に倒れ掛かる。
その前方にシャオランがいた。倒れてくるビッグフットの眉間に拳の振り上げ……通天炮を叩き込む。それも、『火の気質』を纏った赤色の拳で、だ。
「はぁッ!!」
「ガッ……!?」
叩きつけられた拳から、赤色のオーラが爆ぜて飛ぶ。シャオランの破壊力と、ビッグフットの倒れ掛かる勢いが相互作用し、強烈な破壊力を生み出した。
シャオランの”火の気質”の威力たるや、なんとビッグフットの巨体が浮き上がるほどだ。これにはビッグフットもたまらず、落下した後にのたうち回る。
そこへ北園が、追撃の火炎放射をお見舞いする。
「やああああっ!!」
「ウガアアアアアッ!?」
北園は大きな機械の上に乗って、真下のビッグフットに高熱の火炎を浴びせ続ける。この高い位置からなら狙いやすい。
「ウガアアアアアッ!!」
ビッグフットは暴れまわりながら逃げ出し、北園の火炎放射から逃れた。
その後、身体中をはたいて体毛についた火を払う。
「フーッ! フーッ!」
ビッグフットは自身に攻撃した人間たちを睨む。
その鼻息は荒く、瞳はこれ以上ない怒りの色に染まっている。
そしてビッグフットは、自身の背後に横たえられていた大木に手を伸ばす。恐らくは、この廃工場で材木として加工される予定だったものだろう。
ビッグフットがその大木に触れると、途端に大木がピキピキと凍り始め、やがて巨大な氷の棍棒に姿を変えた。ビッグフットにとっては手ごろなサイズだが、人間にとっては氷塊といっても差し支えない大きさだ。
「氷の異能……! つまりあの野郎は吹雪』の星の牙ってワケか!」
氷の棍棒を抱えたビッグフットが、日影たちの元へ戻っていく。
その目は、空中を移動している北園を狙っている。
氷の棍棒を装備した今、ビッグフットは空中の北園をも攻撃範囲内に捉えている。
「ウガアアアアアッ!!」
「わ、や、やば……!?」
ビッグフットが北園目掛けて氷の棍棒を振り下ろす。
北園は、慌ててそれをバリアーで防御する。
しかし、ビッグフットの筋力と氷の棍棒の大質量から繰り出される一撃は、ただひたすらに強烈だった。バリアーはあっさり破壊され、北園はハエたたきで撃墜されたハエの如く、地面に叩きつけられた。
「うあっ……!」
「やべぇ、北園が!」
「ウガアアアアアアアッ!!!」
日影の焦りの声が聞こえる。
北園はぐったりとして動かない。
そしてビッグフットは北園にトドメを刺すべく、氷の棍棒を振り上げたのだった。