第15話 レストランで二人
「あ、日向くん、ここだよー」
日向は北園と待ち合わせているレストランにやってきた。
ちょうど北園が、窓側の席から手を振っているのを見つける。
「よっす。元気そうで何より」
「うん! あ、何か食べる? 私もまだ注文してないんだ」
「そうするよ。今日は母さん仕事で家にいないし」
とりあえず適当にメニューを眺め、目ぼしい料理に目を付けていく。そして店員を呼び、注文する。
「じゃあ、このハンバーグセットのご飯大盛りと、ビーフシチューオムライス、それからマルゲリータを一枚で」
メインディッシュ級の料理を三品頼む日向。
店員は当然ながら「二人で一緒に食べるんだろうな」と思い込む。
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、まだ北園さんが注文してないですよ」
「は……? あ、すみません。お伺いします」
「あ、はーい。えーと私は……」
明らかに動揺しながら、店員は北園の注文を受ける。
先ほどの三品は、日向一人の注文である。
「……今の注文、一人で食べるんだよね? 日向くんって意外と大食いなんだね……」
「そうなんだよね。あまり運動もしてないのに。『俺はともかく、運動部でもこれくらい食べるだろ?』って友達に聞いたことあるんだけど、『運動部でもそうそういねぇよ』ってキッパリ言われたことがある」
「そんなに食べて、お腹痛くならない?」
「大丈夫。腹八分目になるよう注文してる」
「は!?」
「期待通りの反応をありがとう」
こうも面白おかしく反応してくれると、日向もちょっと楽しくなってくる。
「……それはそれとして、三人目の仲間が見つかりそうだって?」
「あ、そうそう! 今日の夢でね、この街の中心街で、ある人にバッタリ出会う夢を見たんだけど、その人があの『世界を救う予知夢』に出てた人とそっくりなの! 直感だけど!」
「また直感か。……で、その人はどの人だった? 背が高いコートの人? それとも……」
「あ、その人だよ! 背が高いコートの人だった! 今日の夢の中でもコートを着てたよ!」
背が高いコートの人、とは言うが、世の中は12月の下旬。コートを着ている人なんてそこら中にいる。予知夢に出てきたという仲間を見つけるには、もっと特徴を絞り込む必要があるだろう。
「ふっふっふ。そう言うと思って、その人の似顔絵を描いて来たよ!」
「お、でかしたぞ北園さん」
「そうでしょー! もっと褒めてくれてもいいよ!」
ふんす、と胸を張る北園。今の彼女にふわふわ耳や尻尾を付ければ、今ごろ全力でパタパタと振り回しているところだろう。
「あ、ただ、ちょっとした問題があってね」
「ちょっとした問題?」
「私、風景とかは描けるんだけど、人間の絵になると途端にダメになるんだ」
「致命的な問題じゃないか」
「まぁまぁ。それでも結構頑張って描いたから、とりあえず見てみてよ」
そう言って、北園は件の似顔絵を日向に差し出す。
「…………。」
日向、絶句。
北園に対して、かける言葉が見つからない。
「どう? 特徴はかなり捉えてると思うんだけど?」
北園の似顔絵を見た日向の頭の中で、人体錬成とか、合体事故とか、バイオハザードとか、そういう単語が頭をよぎる。
「……北園さん?」
「ん? なに?」
「これは何のクリーチャーかな?」
「人間だよ!?」
「……新手のマモノ?」
「人間だよー!?」
日向も美術の成績はあまりよろしくないが、それにしたってここまでひどくはならない。例えるなら『かろうじて人間の形を残している何者かの成れの果て』という感じである。これが口を開こうものなら「オレ 外道 キタゾノノニガオエ コンゴトモヨロシク」なんて言い出しかねない風貌だった。
「とりあえず、コレはあくまで人間ということで話を進めようか」
「悪魔じゃなくて人間だよー!?」
「『あくまで』ってそういう意味じゃないから。あーもう、いいから進めるよ。結論から言うと、この似顔絵はちょっと役に立ちそうにない」
「ひどい。」
「かわいそうだけど、これはもう仕方ない。で、仕方ないから北園さんに直接、この人の特徴を聞くことにする。どんな些細なものでもいいから、どんどん情報を出してくれ」
「分かった。えーと……」
こめかみに指をあてながら、北園は夢に出た仲間の特徴を述べていく。
曰く、理知的な顔立ちに、インテリチックな眼鏡、そして女性もののシルバーのネックレスをつけているのだという。
「女性もののネックレス……。その人、確か男性だよね?」
「うん。夢で見た感じ、間違いないと思う」
「ふーむ、何か理由があってつけてるのか、それともただの趣味か……。それにしてもこの似顔絵、これ、メガネだったのか。四角い白目かと……」
「ひどい。」
そんなやりとりを続けていると、注文した料理が運ばれてきた。
二人は料理を食べながら、話を続ける。
「それで、やっぱりこれからその人を探しに行くのか? むしゃむしゃ」
「もちろん! これを食べ終わったら、早速中心街に行くよ! もぐもぐ」
「そっか。頑張れー」
「何言ってるの、日向くんも来るんだよー?」
「いや聞いてない聞いてない」
「その『三人目の仲間と出会う夢』の中には、日向くんも出てたから。絶対に逃がさないよー」
「く……くそぅ……。午後からやりたいゲームがあったのに……」
ダメもとで、何とか逃れる術は無いかと考える日向。
「……そうだ、北園さん、精神感応使えるじゃん。あれでその人に呼びかけることはできないの? まだ見ぬ仲間を呼ぶためにテレパシーを使うゲーム、俺見たことあるんだけど。M●THER2っていうヤツ」
隠せてないぞ日向。
「あー、ごめん。それはちょっと無理。私の精神感応は一度会ったことがある人にしか使えないの」
「えー。何か不便だなぁ」
「私の精神感応を使うには、その人の波長を知る必要があるの。電話番号を知らないと電話をかけられない、みたいな感じ? けれど、一度波長を知ることができたら、地球の裏側に居ようと声を届けられるよ!」
「……けどそれなら、それこそ電話で良くないか?」
「それ言っちゃダメなやつ!」
(そういえば、最初に北園さんに超能力を見せてもらった時、精神感応は『あまり使わない』と言っていたな。なるほど、納得した)
それにしても、と日向は思う。昨日の発火能力といい、今回の精神感応といい、北園の超能力には細かな制約があるようだ。
今後のためにも、彼女の超能力についてもっと詳しく聞く必要がありそうだ。そう考えた日向は、さっそく北園に彼女の超能力の詳しい説明を求める。
「詳しく、かぁ。じゃあ、一つずつ説明していくね」
そう言って北園は自身の能力について解説していった。
まず発火能力。
これは北園の操る超能力の中でも最も威力がある。また、威力は大爆炎からライターの火くらいまで調節できる。しかし、雨が降っている場合、または水中などでは湿気って使えない。
次に凍結能力。
これは発火能力とは逆に、空間が湿気っていると効果が高まる。そして、猛暑の中、あるいは乾燥している場所では威力が弱まる。また、凍らせることができるのは、北園が直接手で触れたもののみである。
電撃能力。
触った相手に電気を流せるほか、遠距離の相手に電気を放出することもできる。その際、拡散させたり、収縮して稲妻のビーム状に放つこともできる。この能力は先の二つと違って、環境による威力の増減が無い。
念動力。
物体を触れずに動かしたり、バリアーを張ったりしているのがこの能力だ。北園曰く、目に見えないエネルギーで壁を作ったり、物体を包み込んだりする能力なのだという。物を持ち上げる時は、エネルギーでその対象を包み込んでいるのだとか。しかし物体操作は生き物相手には使えず、対象は無機物のみに限られる。
治癒能力。
傷を治す力。かすり傷から骨折まで完治させ、さらに腕が欠損してもくっつけることができる。火傷や凍傷も治療可能で、傷であれば基本的に何でも治せる。
だが、傷以外のダメージには効果が無い。例えば、毒や病を受けた人、溺れて水を飲み込んだ人などは治せない。無い腕を生やすこともできない。死んだ人を蘇らせることも不可能だ。
また、その傷が重症であるほど完治には時間がかかる。それでも一分もあれば治るらしいが。加えて、この能力を行使するには、手で対象に直接触れる必要があり、遠距離の相手には使用できない。
精神感応はさっきのやり取りで大体説明できているため割愛。
そして、北園が超能力を使う時は、大体の場合、彼女の手を使って制御する必要がある。そのため、一度に使える超能力は、片手につき一種類で、合計二種類。
しかし、これを応用して超能力を組み合わせて使うこともできる。先日、サンダーマウスとの戦いで披露した氷弾は、凍結能力と念動力の合わせ技だ。
一方で、両手で一種類の超能力を制御すれば、その超能力をさらに強力なものにできる。例えば、念動力のバリアーは、両手でなければ使用できない。
「片手で一種類」の例外は精神感応と予知夢の二つのみ。
どちらもその能力を行使する場合、他の能力は使えなくなる。
精神感応は集中力を要するために。
予知夢は、そもそも眠っている時は他の超能力を使えないために。
「それで、最後に『予知夢』なんだけど、私の予知夢は、私たちが実現のために動かないと実現しないの。例えば、私がケーキを食べる夢を見たとして、『今日は別にケーキ食べなくていいや』って思ったら、予知夢は実現せずに終わるの」
「予知夢を見たからといって、結果が向こうからやって来るわけじゃないってことか」
「そういうこと。『未来を視る』というより、『一つの可能性を視る』くらいの認識で良いと思うよ。私が予知夢に必死になっている理由、ちょっとは分かってくれたかな?」
「まぁ、ちょっとは。……けど、その予知夢って、すぐに現実になるわけじゃないよな?」
「そーだね。その日に起こるものもあれば、ずっと先に起こるものもあるよ。基本的に、ずっと先の予知夢ほど、夢の中の光景がぼやけて見えるかな」
「なるほど。確か『世界を救う予知夢』も、そのぼやけている夢だったっけ」
「うん。あの感じなら、多分向こう一年は先の未来だと思う」
「うへぇ。長い付き合いになりそうだな」
「ふふ、そうだね。じゃあ、そろそろ行こっか」
そうして三人目の仲間を探すため、伝票を手に、二人は席を立ったのだった。
「あ、日向くん」
「なに?」
「私、財布忘れた」
「………。」
「で、思ったんだけど」
「……なにを?」
「これ、一週間前の夢で見たやつだ」
「予知夢、有効活用してあげようよ……」
結局、日向が立て替えた。