第1463話 検証とスナイパー
一体のヴェルデュを捕獲した日向たち。
日向たちはヴェルデュをその場で押さえつけながら、この個体の全身を覆うツタ植物を除去していく。ちなみにヴェルデュの筋力は成人男性と同じくらい。意外と強いが、本堂やジャック一人で抑え込める程度だ。
この街に住む生存者たちは、日向たちの行動があまりにも奇想天外摩訶不思議なのか、あちこちの建物の陰から不思議そうに日向たちを眺めている。
「言い出しっぺは実質俺だけどさ、皆でこんな植物ゾンビを押さえつけて、ツタをひん剥いて……何やってるんだろうな俺たち」
周りの生存者たちの視線を感じながら、日向がつぶやく。
その言葉に、ジャックが苦笑いしながら返事をした。
「チキン作ってるとでも思おうぜ。今はニワトリの羽をむしる作業だ」
「いや無理があるわ」
その後、日向たちはヴェルデュのツタをほぼ完全に除去完了。
この街に住んでいたと思われる白人男性の姿が露わになった。
巻き付いているツタが死体にエネルギーを送ることで、死体が再び動いている。つまりヴェルデュの本体はツタ植物の方だと言える。ならば、ツタ植物を除去すればヴェルデュは倒せるのではないか。それだけでなく、寄生から解放されて、ヴェルデュ化した人間は元に戻るのではないか。
そんな予測を立てていた日向たち。
現在のところ、ツタを除去されたヴェルデュは、相変わらず日向たちに襲い掛かろうとしている。
「ゥ……ァア……ウ……」
「うーん、元には戻らないか?」
それから数秒後。
突如として、ヴェルデュはまったく動かなくなった。
不気味なうめき声も、一瞬たりとも発さなくなった。
「あ……お亡くなりになった?」
日向がそうつぶやくと、エヴァがうなずいた。
「身体に巻き付いていたツタが除去されたことで、ツタからのエネルギー供給が受けられなくなり、死体に戻ったのだと考えられます。一応これで『身体に巻き付くツタを除去すればヴェルデュを倒せる』ということは判明しましたね」
「手間がかかりすぎるから現実的じゃないけどな。……現地住民さん、検証にご協力いただき、ありがとうございました」
最後に日向はそう言って、、動かなくなったヴェルデュに合掌した。
これで日向たちは、調べておきたかったことは一通り調べることができたことになる。判明したことをまとめると以下の通り。
この街に自生している果実は、基本的に無毒、無害。
食べてもヴェルデュになったりはしない。
とはいえ、この街で採れる全ての果実を把握できていない以上、絶対安全とはまだ言い切れない。
先述の果実は、『星の力』が濃い大地で実る。
このブラジルの大地には『星の力』が大量に注入されており、それがこの地の緑化現象を引き起こした。
全身がツタに巻かれた植物ゾンビことヴェルデュだが、巻き付いているツタが死体にエネルギーを送ることで、死体を動かしている。ヴェルデュを覆うツタを全て除去すると、エネルギーの供給も途絶えてヴェルデュは活動を停止する。ヴェルデュはツタが本体と言える。
こんなところだろう。
すると、情報をまとめ終えた日向が、何かに気づいた様子でエヴァに声をかけた。
「なぁエヴァ。お前はこの大地そのものから『星の力』を感じるって言ってるよな?」
「言ってますね」
「今までは『星殺し』たちが『星の力』を持ってて、だからこそ俺たちはまず『星殺し』を倒してから『星の力』を奪い返さなきゃいけなかったわけで。けど今回は『星殺し』ロストエデンじゃなくて、この大地そのものに『星の力』が宿ってる」
「だから、もうさっさとこの大地から『星の力』を吸い上げて回収してしまえばいい、ですか?」
「そゆこと。理論上いけるよな?」
「残念ですが、昨日の時点でもう試しました。テオを発見し、飛空艇に戻る途中で。そしてさらに残念なことに、『星の力』の回収はできなかったのです」
「ええー……。原因は?」
「単純に、何者かによって、この大地に『星の力』を繋ぎ止められています。『星の力』の所有権を向こうが握っている、とでも言いましょうか。こちらに取り返されないよう、がっしりと掴んで離しません」
「強奪もできない?」
「カッチリと固定されて、少しも吸い上げることができません。すぐ足元に、取り返すべき『星の力』があるというのに、これはいわゆる生殺しです」
「じゃあつまり、結局のところ、『星の力』を取り返すにはロストエデンを討伐するしかないってことか」
「そういうことになりますね。しかし、そのロストエデンはいったいどこなのでしょうか。このワタシでも、未だに気配すら掴めず――」
……と、エヴァが日向に返事をしていた、その時だった。
急にエヴァが日向との会話を中断し、振り返って、どこか遠くを見つめ始める。
「エヴァ、どうした? 向こうに何かあるのか?」
「敵意です。敵意を感じます……」
「敵意? まさかロストエデン……?」
「……来る!」
するとエヴァが、視線を向けていた方向へ飛び出して、足元の歩道に手をついた。
エヴァが手をついた歩道の下から盛り上がるように、固い土の壁が現れた。
その直後、現れた土の壁の表面にパスン、と音を立てて何かが撃ち込まれる。
今の音を聞いて、ジャックが声を上げた。
「狙撃だ! どこからか狙撃兵がこっちを狙ってやがる!」
「そ、狙撃!? ロストエデンが狙撃してきた!?」
「いや、今のは普通の狙撃銃で撃ってきた音だったぞ。それはともかく、ナイスだったぜエヴァ。流石のこのジャック様も、超遠距離からの狙撃は察知できねー。よく事前に察知してくれた」
「かなりの遠距離でしたが、あんなにあからさまな敵意ならこの距離からでも気づけます。『星の力』の気配感知の賜物ですが」
「だとしてもすげーぜ。さて、そんじゃコーディ、よりにもよって狙撃でケンカを売ってきたバカ野郎どもに、オマエの腕前を見せてやりな」
「あア。Time to work」
ジャックに声をかけられて、コーネリアスは背負っていた筒状のカバンから対物ライフルを素早く取り出す。そして素早く近くの建物の陰に隠れて、どこに敵の狙撃兵が潜んでいるか探り始めた。
日向たちも第二の狙撃を受けないよう、それぞれ建物や乗り捨てられた車の後ろへ身を隠し、コーネリアスの様子を見守る。
やがてコーネリアスが、およそ三百メートル先にいる敵スナイパーを三人、肉眼で発見したようだ。
「素人メ。スコープが光を反射しているゾ」
そう言ってコーネリアスが対物ライフルを構え、撃ち返しの用意。
コーネリアスがスコープを覗き込んだ時、少し驚いたように目を見開いたが、すぐにライフルを構えなおして二回、三回と引き金を引いた。
「良シ」
短くつぶやいて、コーネリアスは対物ライフルを下ろした。
ジャックが建物の陰から身を出して、彼に声をかける。
「お疲れだぜコーディ。ところで、狙撃するときに一瞬動揺したよな? 何かあったか?」
「敵スナイパーは人間だっタ。レッドラムやヴェルデュではなイ。それで一瞬、撃つべきか迷っタ」
「人間だったのかよ。殺したのか?」
「いいヤ、威嚇射撃に留めておいタ。連中のすぐ近くに弾丸を撃ち込んだラ、ビビり上がって逃げて行っタ」
「ははっ、気持ちは分かるな。オマエのライフル、マジで大砲みたいな威力だからな。着弾地点が爆発するからなー。そりゃ逃げる」
だが、その時。
今度は銃で武装した若者の一団が急に周囲から現れて、日向たちを包囲した。
若者たちは敵意のこもった目で日向たちを見ており、全員が銃口をピタリと日向たちへ向けている。
恐らく彼らは、今しがた日向たちを狙撃しようとしたスナイパーの仲間だろう。仲間を傷つけられたことで怒っている様子だ。
そんな彼らを見て、テオ少年が小さくつぶやいた。
『あ……ファミリーのみんな……』