第1462話 果実の謎、ヴェルデュの謎
テオ少年を伴って、緑の都市と化したリオデジャネイロを歩き回る日向たち。
植物ゾンビことヴェルデュの襲撃を警戒しながら探索を続けていると、建物を覆うツタに実っている果実を発見した。緑の皮に黄緑の斑点が入った、ヤシの実くらいの大きさの果実である。
「見たことがない果物だな……。ひょっとしてこれが、この街の人たちが食べているっていう果物?」
日向は、ゆっくりとした英語でテオにそう尋ねてみた。
テオはうなずき、日向よりもゆっくりとした英語で返答。
「そ、だよ。ぼくたち、みんな、これ食べてる。ほかにも、種類、いくつかいっぱい。水分多いのもある。のど、乾くがなくなる」
「一応聞いてみるけど、身体に異常とかはない? この果物は、この星を滅ぼす怪物が生み出している可能性が……」
日向がそう聞いてみるが、テオは首を横に振った。
そもそも、彼らはもう何か月も、この果実を口にしている。
何らかの毒などが盛られているなら、すでに効力を発揮しているだろう。
するとここで、エヴァが発言。
「この果実は……私は見たことがあります」
「え? マジで?」
「はい。『幻の大地』で実っていたものと同じはずです。みずみずしくて美味しいのです」
「悪い成分とかは……」
「全くありません。私も何度も口にしましたが、この通り、今に至るまで元気です」
「けど……ここに生えてる果物が特別製って可能性もある。やっぱり一度は調べた方がいいと思うな俺は」
「それは私も同感ですね」
「テオくんが言うには、他にもいくつか違う種類の果物があるみたいだから、サンプルとして探してみよう」
それから日向たちは街中を歩き回り、合わせて五種類ほどの果実を探し出した。ちなみに、その五つの果実は、全てエヴァが『幻の大地』で見たことがあるものだった。そしてどれも、エヴァが言うには無毒、無害である。
アメリカチームの医療班から分けてもらった検査キットで、本堂が果実の成分を調べる。半分に割った実から果汁を採取し、特殊な薬液に混ぜて、反応を見ているようだ。
しばらく薬液を見つめていた本堂が、口を開いた。
「……全く異常無しだな。少なくとも化学的な成分は、だが。エヴァ、其方はどうだ? 何か、この果実から怪しげな力などを感じないか?」
「私も、何も感じないですね……。分かることがあるとしたら、これらの果実は『星の力』を多く受けた大地に実ります。『幻の大地』は、大気に至るまで濃い『星の力』で満たされていた世界。ゆえに、こちらの世界とは似て非なる生態系を築いていた場所でした」
「そんな場所で育つ果実が、このブラジルにも実っている。つまり、今このブラジルの大地は、半ば『幻の大地』と化しているという事か?」
「まだ『幻の大地』には遠く及ばない濃さですが、そういうことになります。この地の緑化現象は生命を司る『星の力』によって引き起こされたものでしょう」
「大地一つを丸ごと改変する規模の『星の力』か……。まだロストエデンの姿は影も形も見えない現状だが、やはりこの地は『星殺し』が関係していると断定して良さそうだ」
最終的に、日向たちはこの果実をそれぞれ食べてみた。
みずみずしい果肉のものからジューシーな果肉までそろっており、どの果実も非常に美味しかった。
果実を食べ終えて、北園が口を開く。
「とうとう食べちゃったけど、本当においしかったね! こっちは柿みたいなジューシーさで、メロンみたいにすごく甘かったよ! 私これ好きー!」
「良乃はお目が高いです。その果実は『幻の大地』でもなかなか見つけられない高級品です」
「えへへー」
エヴァに褒められて、北園は上機嫌。
そしてやはり、果実を口にした日向たち全員にも、特に異常は見られなかった。
日向たちの推測の一つでは「この街で自生している果実を食べると、その果実の成分によって肉体が植物に寄生されて、やがてヴェルデュになり果てる」という話も出ていたが、少なくともその線はなさそうである。
「本当に、ただ美味しいだけの果実……。ロストエデンはいったい何の目的があって、こんなものを生成してるんだ……?」
……と、その時だ。
近くの路地裏に通じる道から、うごめく影が一つ。
噂をすればと言うべきか。
現れたのは一体のヴェルデュだった。
非常にゆっくりとした足取りで、日向たちの方へ向かってくる。
「ゥ……ウゥ……」
「出やがったなグリーンゾンビ」
ジャックがそう言って、ヴェルデュに向けてデザートイーグルを発砲。
銃弾は、ヴェルデュのみぞおちあたりに命中。
みぞおちに銃弾を受けたヴェルデュは大きくよろめいたが、持ちこたえ、再び前進を開始。腹部からは出血が見られるが、気にせず襲い掛かろうとしている。
「ァァアア……」
「昨日、テオは『ヴェルデュは銃弾に耐性がある』って言ってたが、なるほど、コイツぁ硬ぇーや」
そう言うとジャックは、先ほど銃弾を喰らわせたヴェルデュに近づいて右ストレートを放った。
「オラァッ!」
ジャックが放った右ストレートは、ヴェルデュの顔面に直撃。
骨が砕けるような音と共にヴェルデュは吹っ飛ばされ、動かなくなった。
「んで、思いっきりぶん殴ってやりゃ、起き上がってこねーときた。こりゃ多分アレだな。肉体の欠損率が生命力に直結しているタイプだ。完全にゾンビだな」
そして、たった今ジャックが仕留めたばかりのヴェルデュに、本堂とエヴァ、それからコーネリアスが群がった。ヴェルデュに絡みつくツタ植物を調べ、この怪物がいったい何者なのかを改めて判明させるために。
「ふム……。流石に植物の専門家には及ばないガ、俺もサバイバル知識の一環デ、それなりの植物を知っていると思っていタ。だガ、このツタ植物がどういった種類なのかは分からないナ」
「自分も、誠に遺憾ながら。強いて言えば、このヴェルデュに巻き付いているツタ植物は、この街を覆っているツタ植物とはまた違う種類のように見えます」
「ヴェルデュに巻き付いているツタからは、ほんの少しだけ『星の力』を感じます。やはりこのツタ植物が特別製のようですね。死体に寄生し、宿主となった死体を動かすためのエネルギーを注入しているようです」
「エヴァ・アンダーソン。『幻の大地』デ、このようなツタ植物を見た記憶ハ?」
「これについては、ありません。私も初めて見ます。種類、性質ともにです。しかしこれは、やはりレッドラムではなく、どちらかと言えば、この星の生物が変質したマモノに近い存在だと思いますね」
その時。
日向が何かを閃いた様子で、皆に声をかけた。
「待った。今のエヴァの話だと、このヴェルデュを……死体を動かしているのはツタの方ってことか? だったらどうして、人間の肉体の方が欠損するだけでヴェルデュは動かなくなるんだ? ツタが本体なら、いくら寄生元の人間が傷つこうとも動けるはずだろ? 理論上は」
確かに日向の言う通りである。
しかし、先ほどジャックが仕留めたヴェルデュは、肉体の損壊で活動を停止した。肉体を覆うツタ植物の方は、全体的に見ればあまり損壊はないと言える。
……と、そこへもう一体のヴェルデュが姿を現した。
「ォォ……ォァ……」
このヴェルデュを見て、日向とレイカが声を上げる。
「お、ちょうどいいところへサンプル二号が」
「ですね。あの個体を捕獲して、身体を覆うツタを全て除去してみましょう。もしかしたら、ツタによる洗脳が解けて、元の人間に戻るなんて展開もあるかもです!」
「それじゃあ、さっそくあの個体を捕まえましょうか。行け日影!」
「ざけんな! オレにあの化け物の相手させるなっつってんだろ!」
その後、日向たちはすんなりとヴェルデュの捕獲に成功。
動きが鈍いので、取り押さえるのも簡単だった。
さっそく日向たちは、捕獲したヴェルデュを覆うツタ植物を除去し始める。はたして、どのような結果が見られるのだろうか。