第1461話 街の再調査へ
飛空艇内にて、日向たちはテオ少年の話を聞き終えた。
レイカがポルトガル語で、話をしてくれたテオに礼を言う。
『話を聞かせてくれてありがとうございます、テオくん。約束どおり、こちらが持ってる食べ物を分けてあげますよ。よかったら、ここにしばらく滞在してもらっても構いません。ヴェルデュはあまり危険のない怪物だと言ってましたが、それでも外よりはこの飛空艇の方が安全だと思いますよ』
レイカの言葉を受けて、テオは少し考えこんだが、やがて遠慮がちにうなずいた。
『そ、それじゃあ、よろしくおねがいします』
『うふふ、こちらこそ! では、こちらへ。食糧庫に案内しますよ』
『あ……それと、もしよかったら、英語を少し教えてほしいな。皆さんが話してること、僕も分かるようになりたいから……』
『お安い御用ですよ。フルーツでも食べながら、一緒に勉強しましょう』
そう言ってレイカはテオを連れて、このコックピットから退出。
彼女が退出する間際、日向たちの方を見て軽くうなずいた。
何かの合図をするように。
レイカは今、わざと日向たちからテオを遠ざけたのだ。
テオに食料をごちそうするのは間違いないが、これからの日向たちの話を、テオに聞かせないように配慮してくれた。
テオは先ほどの話で、こう言っていた。
この街は今、生存者たちにとって楽園なのだと。
それが日向たちによって脅かされることを心配していると。
この街の緑化現象は、明らかな異常事態だ。
何が原因でそうなったのかは分からないが、”最後の災害”が関係しているのはまず間違いない。
であれば、狭山を倒し、”最後の災害”を終わらせることを目標とする日向たちにとって、この街の異常事態は解決しなければならない課題であり、つまりは街を元に戻さなければならないことを意味する。
そして、それは、この街の生存者たちの意に沿わないものだ。
最後の『星殺し』……ロストエデンを倒せば街は元通りになるのか、それとも永遠に緑化したままなのか、それはまだ分からないが、日向たちの目的を知られたら、生存者たちに白い目で見られるのは避けられないだろう。
「けど……ここの住民たちのためにロストエデンを倒さないなんて選択肢はない。狭山さんのところへ行くには、最後の『星殺し』を倒して、『星の力』をエヴァに回収してもらうことが必要不可欠なんだから」
日向の言葉に、皆がうなずく。
狭山を放置すれば、この星に未来はない。
この星に未来がなければ、この街の明日を守ったところで意味はないのだから。
とはいえ、もう日も暮れてきた。
アメリカからこの街に到着した時には、すでに夕方が近かった。
日向のタイムリミットは心配だが、夜の闇の中で活動するのは、強くなった今の彼らにとっても危険であり、何より休息をとるのは大事である。
そういうわけで。
ロストエデンの本格的な捜索は明日から、という結論になった。
◆ ◆ ◆
そして、次の日。
日向の存在のタイムリミットは、残り七日。
とうとう、残り一週間だ。
「なんだか胃が痛くなってきた。俺、本当に一週間後には消えるのかな……」
日向がつぶやく。
実際、彼の存在が消える前兆とされる「肉体の透過現象」は、見えないところで何度か起こっている。そして、ここ最近は頻度も多くなってきた。楽観視はできない状況だ。
そんな彼に、シャオランが声をかけた。
「そうならないためにも、急いでサヤマを倒さなきゃね。そして残った時間で、ヒューガとヒカゲが一緒に存在できる方法の捜索だよ」
「ああ、そうだな。とはいえ……狭山さんを倒した後で、存在維持の調査に使える時間はどれくらい残ってるか……」
「ここからは時間との勝負だね……」
シャオランの言葉に、日向はうなずく。
叶うならば、今日一日でロストエデンの居場所を捕捉したいところだ。
とはいえ、急いては事を仕損じる。
まず日向たちは、このリオデジャネイロの調査をもう少し続ける予定だ。
昨日のテオの話で、この街の過去や現在について多くのことを知れた日向たちだが、それでもまだ不明点はある。緑化現象の根本的な仕組みや、結局のところヴェルデュという怪物はレッドラムとどう違うのか、そして、このブラジルの大地に浸透しているという『星の力』についてなど……。
なによりも不明なのは。
この緑化現象がロストエデンの仕業だとしても、どうしてロストエデンは街を緑で覆ったのか、という点である。
現在のところ、生存者たちは街が緑化したことによる恩恵を存分に受けている状態であり、日向たちにはむしろ緑化の原因を解決しないでほしいとまで願っている。ロストエデンが生み出したと思われるヴェルデュも、生存者たちにとって大した脅威になっていない。
この星の全てを死滅させようとする『星殺し』が、逆に生存者たちの助けになっているのだ。これほどの異常事態はない。
日向たちは、この街が……いや、このブラジルという国そのものが、ロストエデンのためのご馳走が乗せられた大きな皿のように感じている。緑化という甘い蜜で人間たちを誘惑し、最後はロストエデン自身が人間も、文明も、全てを平らげてしまうのではないかと。
これを防ぐためにも、現状で手に入りそうな情報は、なるべく多く集めておいた方がいい。それが、あるいはロストエデンの策謀を防ぐための一手を生み出すかもしれないから。
日向たちが、本格的なロストエデン捜索の前に、この街の再調査を決定したのは、そういった理由のためである。
朝食を終えると、さっそく日向たちは街へ繰り出す。
メンバーは昨日の九人に加えて、現地ガイド役のテオ少年を合わせた十人だ。
レイカが、テオにポルトガル語で声をかけた。
『テオくん、今日はよろしくお願いしますね。ヴェルデュとかが襲ってきたら、私たちがしっかり守ってあげますから安心してください』
「うん。よろしく、です」
レイカの言葉に対して、テオはたどたどしい英語で返事をした。
彼女に英語を教えてもらったからか、昨日より少しだけ発音が良くなっていた。
飛空艇から出発した日向たち一行を、昨日と同じくこの街の生存者たちが遠巻きに見守っている。
だが、その中には。
銃で武装し、敵意のこもった目を日向たちに向ける少年たちもいた。