第1459話 謎の多い街
日向たちが倒した植物ゾンビのような怪物、ヴェルデュ。
倒したヴェルデュを観察していた日向が、ヴェルデュは人間だと発言した。その言葉を受けて、仲間たちもそれぞれヴェルデュを観察してみる。
全身が植物のツタや木の葉などに覆われたような見た目のヴェルデュ。だが、その顔を覗き込んでみると、たしかにツタとツタの隙間から人間のものと思われる鼻や口、瞳などを確認できる。肌の色は非常に悪く、人間のものとは思えないような、緑色と土色の中間のような色に変色してしまっているが。
顔立ちからして、このヴェルデュの元は、恐らくこの街に住んでいた市民だ。この街の住民が怪物にされてしまったのだろうか。
日向や北園、本堂にシャオラン、そして日影は、それぞれ大なり小なりショックを受けている様子である。彼らはこれまでの戦いで人間を相手にしたこともあるが、本気で命を奪うことはしなかった。
「知らなかったとはいえ、俺たちとうとう人を殺しちゃったのか……」
愕然としてつぶやく日向。
そんな彼に、ジャックが声をかけた。
「けどよ、コイツら、とても理性のある人間には見えなかったぜ? ゾンビ枠ならセーフじゃねーか?」
「それはまぁ、そうかもしれないけど、やっぱりそれなりにショックはあるなぁ……」
「まぁ、そりゃそーか」
「そう言うジャックはけっこう平然としてるな。こういうの平気な性質?」
「ああ。まぁ、マモノ災害の時は人間のテロリストをガンガン殺ってたしな」
「おおう……プロの方でしたか……」
「手加減の余裕もないくらい向こうも手ごわかったんだよ。んで……ようやっと状況が落ち着いたな?」
ジャックの言う通り、もう襲ってくるヴェルデュの姿はない。
これでようやく少年を保護することができる。
少年は、ヴェルデュに驚く日向たちを不思議そうに眺めており、何かを説明しようとしているのか、口元を少しまごつかせている。
この街の人間が、ヴェルデュという怪物に変えられた。
いったいこの街で何が起こったのか。
少年が何か知っているのなら、ぜひとも聞いておきたいところ。
レイカが、ポルトガル語で少年に声をかけた。
『あなたは、この怪物が何なのか、この街で何が起こっているのか、詳しく知っているみたいですね? もしよかったら、私たちと一緒に来て話を聞かせてくれませんか? 野菜や果物でよければ、食べ物もお分けしますよ』
そう尋ねられた少年は、少し迷っているようだったが、恐る恐るうなずいてくれた。
知らない人について行くというのは、子供にとって代表的な危険行為だ。少年は勇気を振り絞って答えてくれたのであろう。そんな彼に、レイカはにこやかに礼を言った。
『ありがとう! 助かります! あ、そうだ、よければ君のお名前を聞かせてもらってもいいでしょうか?』
そう尋ねられた少年は、たどたどしい英語で名乗った。
「え、と、ぼくの、なまえは、テオっていいます」
『あら、あなた、英語が喋れるんですか?』
「ちょと、だけ。ならった」
『なるほど、まだ完全にはマスターしていないのですね。それはそれとして、あなたはテオくんっていうんですね。いい名前ですね! それじゃあ、まずは安全な場所に移動しましょう。私たちが乗ってきた飛空艇に案内しますね』
そして九人は、テオと名乗った少年を連れて、飛空艇への帰路につく。
帰り道を歩いている途中で、エヴァが足を止めた。
先ほどヴェルデュを発見した時のように、建物の陰を注視している。
日向がエヴァに声をかけた。
「どうしたエヴァ。またヴェルデュか?」
「気配を感じますが、これはヴェルデュではなさそうです」
すると、エヴァが注視していた建物の陰から、人間の少年と少女が顔をのぞかせた。二人は思わず顔を出しすぎたのか、日向たちの視線に気づくと、慌てて顔をひっこめた。
「せ、生存者だ! まだいたんだ。保護しなきゃ。おーい、そこの君たち!」
日向が少年と少女に呼び掛けながら近づこうとするが、二人は路地裏の奥へと逃げてしまった。
「ああ、怖がらせちゃったかな……。素直にレイカさんを頼るんだった。それにしても、勝手に怖がられて逃げられるのって、思ったより傷つくな!」
「日向。日向」
「ん、今度はどうしたエヴァ?」
「周りを見てください」
「周りを?」
エヴァに言われて、周囲を見回してみる日向。
すると、他の建物の陰や屋上などから、さらに多くの人間たちが、日向たちの様子を窺っていることに気づいた。子供の数がやや多いが、大人や老人もおり、男女比もあまり偏りはない。
他の仲間たちも、周囲の人々に気づいたようだ。
本堂が疑問の表情を浮かべながらつぶやく。
「先程のヴェルデュのような化け物が街中を徘徊していると思いきや、今度はたくさんの生存者か。ここまで人が残っている街というのは、相当に珍しいな」
その本堂の言葉に、シャオランもうなずいた。
「エヴァでもまだ見つけられない『星殺し』といい、この緑の街といい、レッドラムとは違うヴェルデュって怪物といい、この生存者の数といい、ここまでのボクたちの常識がまったく通じないね」
「ああ。だが、何故だろうな。生存者たちが多いのは喜ばしいことなのだが、何故か不吉な予感を感じずにはいられない」
「ボクも、そう思ってた。この星の全てを憎んでいるっていうアーリアの民が、こんなに生存者が多い街を見逃すはずがないもん……」
「中国で倒したアポカリプスのように、生存者に俺達を襲わせるというのは勘弁だな」
本堂とシャオランがやり取りを交わす一方で、北園が日影に声をかけていた。
「ねぇ日影くん。この生存者さんたちは、保護しなくてもいいのかな?」
「さすがに数が多すぎるし、向こうもオレたちを警戒してるみてぇだ。あからさまな敵意こそ感じねぇが、余所者を見る視線だな。下手に刺激しない方がいいかもしれねぇ」
「りょーかい。それにしても、私たちを警戒してるだけで、食べ物や保護を要求したりしないってことは、ここにいる人たちは、この街で問題なく安全に生活できてるってことなのかな?」
「そういうことになるんだろうな。食べ物とかどうしてるんだ? 植物が多いから、木の実でも生えてるのか? 本当に、今までとは完全に異質な街だぜ……」
その後も、日向たちは周囲の生存者たちの視線を浴びながら、飛空艇へとまっすぐ向かう。
そんな彼らから、何キロメートルも離れたところ。
このリオデジャネイロの中心街の、高いビルの屋上。
日向たちがいる方角をジッと見つめる、一人の女性がいた。
その女性は、露出度の高い古代の祭祀服のようなものを着ていて、背は女性にしてはスラリと長く、髪は足元まで届くほどの、銀の長髪だった。
「……遂にここまで来ましたか。『牙』よ、貴方がここまでの戦いでどれだけ研ぎ澄まされたか、この地を以て試しましょう」