第1458話 ヴェルデュ
エヴァの気配感知によって、日向たちは一人の少年と出会う。
だが、互いに自己紹介をする間もなく、植物に包まれたような人型のモンスターが建物の陰から出現。少年は、この怪物をヴェルデュと呼んだ。
ヴェルデュはうめき声をあげながら、ゆっくり、ゆっくりと日向たちに歩み寄ってくる。歩くたびに上半身が揺れ動き、フラフラとしている。日向たちを捕まえようとしているのか、両腕を前に突き出しており、全体的に立ち振る舞いが完全にゾンビのそれである。
「ァ……ウァ……」
そんなヴェルデュの姿を見て、北園やシャオランが青ざめた。
「わぁ……なんかすごいホラーだね……」
「ほ、ホラーいやだ! ボク飛空艇に帰る!」
「でもシャオランくん。ホラー映画とかだとさ、こういう時に逃げちゃう人が、逃げてる途中でやられちゃうってパターン、多いよね?」
「なんでそんなこと言うかなぁぁ!?」
その一方で、日向たちが出会った少年は、やはりこのヴェルデュという怪物を危険視しているらしく、日向たちにここから逃げるよう促している様子である。ブラジルの公用語であるポルトガル語で声をかけてくる。
『は、早くここから逃げよう! あれはモンスターだよ! 動きは遅いから、急いで逃げれば捕まらないから!』
「……って言ってますけど、どうしますか、日下部さん?」
レイカが少年の言葉を通訳し、日向に問いかける。
日向は、聞かれるまでもないというふうに、即答した。
「レイカさんはその子を頼みます。あのヴェルデュとかいう怪物はきっちりと倒しますから。日影が」
「おい」
「いや俺がやってもいいんだけど、やっぱりお前の方が強いし、”再生の炎”もあるから他の人に頼むより安全かなって。あいつが俺たちの知らないやばい能力を持ってる可能性もあるし」
「オレだって困るんだよ、あんな見るからにゾンビみてぇなヤツ……」
「え? ゾンビみたいな敵だと何か困るのか?」
「あ、いや……とにかく、困るモンは困るんだよ」
日影はホラーな要素を苦手としており、その関係でゾンビなども大嫌いなのだが、日向にはそのことを黙っている。
こんなやり取りをしていても、まだ距離が開いているくらいにヴェルデュの動きは鈍い。そして誰もヴェルデュと戦いたがらないので、仕方なくコーネリアスが前に出ようとした。
だがその時。
他の建物の陰、あちこちから新たなヴェルデュが現れた。
建物の窓を中から破壊して、建物内からずり落ちてくる個体も。
「ァ……ア……」
「ウァァァァァ……」
「アガ……アガ……」
「どうやラ、誰が相手をするか、などト言っている場合ではなくなってきたナ」
コーネリアスの言葉に、皆がうなずく。
少年はまだ「今すぐ逃げよう」と言っているようだが、この数を相手に無理に逃げようとしたら、逃げる途中で不意を突かれて余計なダメージを受けるかもしれない。
レイカが少年をかばい、皆がそれぞれ戦闘態勢。
まずは日向が、目の前にいるヴェルデュに斬りかかった。
「見た目は完全に植物人間だし、火に弱そうだよな! というわけで”点火”っ!!」
灼熱の炎を宿した刀身が、ヴェルデュの頭部に振り下ろされ、食い込んだ。そしてそのまま、薄布が布切バサミで裁断されるように、ヴェルデュは真っ二つに切り裂かれた。
北園が火炎を放射して、四体ほどのヴェルデュが炎に巻かれる。
ヴェルデュたちは炎の中でしばらくうごめいていたが、やがて倒れて動かなくなった。
本堂が右手を振り下ろし、ヴェルデュの頭を殴打。
道路ごと砕く勢いで、殴打したヴェルデュをそのまま叩きつけた。
シャオランが”空の気質”を纏い、火の練気法の”爆砕”を使用。
これを受けたヴェルデュは腹部に大穴を開けられ、絶命した。
日影も、嫌そうな顔をしながらも”オーバードライヴ”を発動。
目の前にいた三体のヴェルデュの首を斬り飛ばした。
エヴァは杖から冷気を放出。
冷気に包まれたヴェルデュたちは、氷漬けになった後、崩れ落ちた。
日向たちの戦闘の様子を見て、ジャックがつぶやく。
「コイツぁ、このヴェルデュとかいうヤツら、思ったより楽に倒せそうだな?」
そしてジャックも、弾丸の節約を兼ねて、銃は使わずに義手でヴェルデュを殴り飛ばした。
殴り飛ばされたヴェルデュは、きりもみ回転して道路に落下し、その道路上で死にかけの虫のようにモゾモゾと動いていたが、やがて動きは止まり、息絶えた。
その後も日向たちは、ヴェルデュが何か隠し玉などを持っていないか警戒しつつ、ヴェルデュの耐久性を試すように、一体ずつゆっくり仕留めていく。
やがて日向たちは、この場に現れたヴェルデュを一掃。
最後までヴェルデュたちの様子は変わらず、まるで倒されに来たようにあっさりと全滅した。
日向たちが保護した少年は、日向たちの強さに心底驚いているらしく、口をポカンと開けていた。
『皆さん、強いんですね……』
その少年のつぶやきに、彼の言葉が分かるレイカがにこやかに返事をした。
『ふふ、そうでしょう? 私たちが来たからには、こんな怪物がいようとも、あなたたち生存者に危害は加えさせませんよ!』
そのレイカの言葉に、少年は微笑んでうなずいた。
しかし、この突如としてやって来た余所者たちをまだ信用できていないのか、その微笑みには少しだけ暗さがあった。
その一方で、日向はこのヴェルデュという怪物がいったい何なのか気になっている様子である。
「随分とあっさり倒せちゃったけど、こいつらいったい何だったんだ? 植物が生えたレッドラムってわけじゃないのか……? レッドラムにしては弱かったしな……」
日向は膝をつき、ヴェルデュを近くで見てみる。
いきなり復活して襲い掛かってきたりしないだろうか、とドキドキしながら。
……が、その時。
日向はいきなり悲鳴を上げ、尻もちをつき、ヴェルデュから後ずさった。
「わ、おわぁぁぁ!?」
「わぁぁぁぁ!? ど、どうしたのヒューガ!?」
「な、なんだよビビらせやがって……。どうかしたか日向」
シャオランと日影が日向に尋ねる。
他の皆も日向の声を聞いて、彼に注目している。
日向は、先ほど観察していたヴェルデュを指さしながら、口を開いた。
「こ、こいつ、レッドラムじゃない……! 人間だ……!」