第135話 鉄火場
「ロシアの人型決戦兵器か何かかあの人」
「それボクの時も同じようなこと言ってなかった?」
以上の暗殺劇を観終わった日向が、目の前の現実を飲み込めないという声色で呟いた。ズィークフリドの身体能力は常軌を逸している。まさしく全身凶器である。
「あれがズィークの鋼指拳よ。グーに握った拳より、一本の指の方が貫通力は高い。極限まで鍛え抜かれた彼の指は、銃弾並みの殺傷力があるわよ」
「六式かよ……」
「ロクシキ? ピロシキの仲間かしら?」
「ピロシキではないです……。それより、一階にマモノの姿がありましたね。あれが取引に使われるマモノでしょうか」
日向の問いかけに、狭山が答える。
「まず間違いないだろうね。あの姿はビッグフットだろうか。初めて見るマモノだ。北欧ではユニコーンが出るし、大西洋ではクラーケンが出るし……。この星の伝説に伝わる怪物たちは、かつてどこかで出現したマモノなのではないかとさえ思うようになってきたよ」
「可能性がありそうなのが恐ろしいですね……」
「そろそろ私たちも動くわよ。敵の本隊は一階に集中している。さすがのズィークもさっきみたいに、気づかれずに敵全員を暗殺とはいかないわ。さ、覚悟を決めなさい」
「い、イヤだ……! だって相手、銃持ってるんだよ!? 絶対ヤバいって! 絶対ヤバいって!!」
「ワガママ言ってると、あなたに精神支配かけるわよ」
「そ、そんなぁ……」
絶望の表情を浮かべるシャオラン。
そんなシャオランに、北園が申し訳なさそうに声をかけた。
「シャオランくん……ごめんね。私があんな予知夢見ちゃったばっかりに、こんな戦いに参加させちゃって……」
「いや、夢を見るなんて不可抗力なワケだからキタゾノは悪くない……と頭では思ってるけど……し、しょうがないなぁもう……。覚悟完了、よし、行こう……!」
意を決して、五人は立ち上がった。
狭山もタブレットを手に、皆を援護する準備を始めた。
◆ ◆ ◆
廃工場内部。
周りには様々な機械、加工物を運ぶレーン、何かのコンテナなどが散見される。
「これが約束の金だ。受け取れ」
「確かに。では、我々はこれで失礼する」
『赤い雷』のメンバーがマフィアから金を受け取り、その場を去ろうとする。
しかしその瞬間、外から火球が投げ込まれる。
着弾と同時に大爆炎を撒き散らした。
「うわぁ!? なんだなんだ!?」
「敵か!? くそ、見張りは何やってたんだ!」
「撃て撃て! 撃ち返せ……おわぁ!?」
次々と火球が投げ込まれ、爆炎に吹き飛ばされるテロリストたち。
命までは取られていないが、いきなり大打撃を受けることとなった。
『いいぞ北園さん。君の火球はちょっとした重火器並みの威力がある。人間相手なら直撃させずとも十分なダメージになるはずだ。そのままドッカンドッカン投げ込んでやりなさい』
「は、はい! ええと、ハンドブック通りに、不用意に顔を出さないよう、時々場所を移動しながら攻撃……」
火球の正体は、北園の発火能力だ。工場の入り口近くの機械に身を隠しながら、テロリストたち目掛けて火球を投げつけている。
予知夢では『人を殺せ』とまでは言われていないので、北園も多少加減しつつ火球攻撃を仕掛ける。しかし、やはりと言うべきか、人間が相手ということもあって、北園もいつになく緊張気味だ。
テロリストたちもタダでやられてはいない。
爆炎から逃れ、物陰から様子を窺っていた左翼の二人が北園を捕捉した。
「あいつだ! あの女の仕業だ!」
「手りゅう弾……じゃねぇな。何投げてるんだ……?」
「いいから撃つぞ! これ以上好きにされてたまるか!」
そう言ってテロリスト二人が北園に銃を構える。
北園はまだ自分が狙われていることに気付いていない。
『シャオランくん。北園さんが狙われている。連中に突撃して蹴散らせるかい?』
「む、無茶言わないでよぉぉぉぉ!? で、でも、行かないとキタゾノがやられちゃうし……うわああああああ当たって砕けろぉぉぉぉぉ!!」
通信機越しに狭山の指示を受け、シャオランがテロリスト陣営の左翼側に突撃する。銃も持たず、素手で二人のテロリストに向かって走り寄る。
「な、なんだアイツ!?」
「あの女の仲間か! これでも食らえ!」
言って、テロリスト二人がアサルトライフルのトリガーを引いた。
「ひ、ひいいいいいいっ!?」
悲鳴を上げると同時に、シャオランは両の腕を顔の前でクロスさせる。
銃弾は、道着の袖に包まれたシャオランの腕に当たる。
ガガガガガ、と銃弾は全て、弾かれた。
「はぁ!?」
「嘘だろ!?」
テロリストたちも思わず驚愕の悲鳴を上げる。
本来、いくら『地の練気法』で身を固めているとはいえ、銃弾の集中砲火を受けて傷一つつかずに切り抜けられるほど、流石のシャオランも頑丈ではない。今しがたシャオランが銃弾を防御しきったのには、ちょっとしたからくりがある。
シャオランの道着は今回の任務に合わせて新調されたものなのだが、狭山が取り寄せた防弾繊維をリンファが編み込んで作ったものだ。つまるところ、シャオランが着ているのは防弾道着というワケである。そこにシャオランの鋼のような筋肉と『地の練気法』が合わさることで、銃弾の防御を可能としたのだ。
シャオランは自身を撃った二人に接近すると、肘をぶつけて吹っ飛ばした。
「ぐえ!?」
「ぎゃあ!?」
二人は背後の壁に叩きつけられ、倒れた。
死んではいないが、意識は完全に飛んでいる。
「もうヤダ帰りたい!!」
『気持ちは分かるが、ここで背を見せるのは逆に危ない。いっそ敵陣に切り込んで、さっさと仕事を終わらせるというのはどうだろう?』
「さ、最初からそうさせるつもりでボクを突っ込ませたなぁぁぁぁぁ!? ああもうやけっぱちだぁー!!」
泣きわめきながら、シャオランは敵が密集する場所へと突撃していった。
一方、シャオランと逆側の右翼では本堂とテロリスト三人が戦っている。
本堂は”指電”でテロリストたちを狙っている。
ちょうど、その内の一発が一人を仕留めた。
「ぎゃああ!?」
「ああ!? ニコライがやられた!」
「ちっ! なんだアイツの攻撃は! 政府の新装備か!?」
次々と飛んでくる電撃に、二人は物陰に隠れてやり過ごすしかない。
……と、ここで不意に電撃が止んだ。
テロリストの二人は、意を決して物陰から飛び出る。
その目の前に、本堂が迫っていた。
「うわ!?」
「速……!」
慌ててアサルトライフルの銃口を本堂に向ける二人。
本堂はその二つの銃口をそれぞれ両手で掴み、ずらす。
弾丸は本堂の両脇に逸れる。
本堂が、掴んだ銃身に電撃を流す。
銃身を伝って、電気が二人の手をバチィ!と焼いた。
「うわっつ!?」
「いってぇ!?」
慌てて銃から手を放す二人。
本堂はそれを見逃さない。
すかさず二人との距離を詰め、両の手でそれぞれの首を掴む。
そして、一気に電撃を流してやった。
「あぶぶぶぶぶぶぶぶ!?」
「しびびびびびびびび!?」
声を上げ、テロリスト二人は気絶した。
電撃とは厄介なもので、どれだけ屈強な人間であろうと、耐えられる負荷には限界がある。全身スタンガンともいえる本堂は、こと対人戦においてはマモノ討伐以上の活躍が期待できる。
「しかし……対人戦などこれっきりにしたいものだな。俺が最終的に目指すのは人を傷つける兵士ではなく、人を治す医者なのだから」
と、ここで本堂の肩をポン、と叩いた男が一人。
ズィークフリドである。
ズィークフリドは、「良くやった。ここから先は任せろ」と言わんばかりに、本堂の横を通り過ぎると、敵陣に向かって切り込んでいった。
「なるほど、派手に暴れていぶり出すというワケか。なら、俺はここで逃げてきた奴らを待ち構えておくか」
そして、テロリストたちが集結している地点に、シャオランとズィークフリドが切り込んだ。
「はぁッ!!」
「ぶげぇ!?」
シャオランの裡門頂肘を受け、男が一人吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされた男は、その先にいた仲間たち三人をボウリングのピンの如く薙ぎ倒した。
「おわぁ!?」
「ぐぇ!?」
「ぎゃあ!?」
その向こうではズィークフリドが戦っている。
近くの男の喉を指で一突きし、二人目の男は手刀で首筋を切断した。
その背後から三人目がアサルトライフルでこちらを狙っている。
側転宙返りで銃弾を避ける。
着地を待たずハンドガンを撃ち返した。
弾丸は三人目の心臓に、吸い込まれるように命中した。
四人目が鉄パイプを持って振りかぶってきた。
これを回し蹴りで迎え撃つ。
大鎌のように鋭い蹴りは、見事に男の側頭部に直撃。
蹴られた男の身体が反時計回りに回転する。
一撃でその命を刈り取った。
「くそ、やべぇ! やべぇ奴らがいるぞ!」
テロリストたちが叫ぶ。
シャオランとズィークフリドのあまりの強さに悲鳴を上げているのだ。
「こうなったら特攻だ! あの重火器じみた女の子だけでも仕留めるぞ!」
「捕まえて、俺たちの姫にしてやる!」
「行け、行けぇ!!」
声を上げながら、男たちが物陰から飛び出し、北園に正面切って突撃する。トリガーを引き続け、フルオートで射撃しながら突っ走る。
……はずだった。
「ぐわぁ!?」
「あぐぁ!?」
「ぎゃああ!?」
「いでぇぇ!?」
テロリストたちの特攻は、失敗に終わった。
物陰から飛び出た瞬間、銃弾を撃ち込まれて倒れ込んだのだ。
ある者は心臓に。またある者は手足に数発。
テロリストたちの突撃を止めたのは、北園の左右にいる二人の人物。
共にハンドガンを構えている。
一人はオリガだ。
傍らには洗脳したユキオオカミを控えさせている。
冷静に、そして非情に、男たちの心臓を撃ち抜いた。
そして、北園を守ったもう一人は……。
「よしゃー、命中」
日向だった。
接近を試みた男たちの手足を撃ち抜き、特攻を食い止めた。
(オリガさんは『手足を撃っても無駄』なんて言ってたけど、さすがに三、四発ほど撃ち込まれれば反撃する気も無くすだろ……?)
日向は躊躇なくテロリストたちを撃ったものの、その狙いは手や足に集中している。あくまで殺しはしないスタンスを取るつもりだ。
「もう、何度も銃を使っている内に、実際に人を撃つのもなんとも思わなくなってきたな……。やっぱり俺って、そういう奴なのかな……」
気力の無い目をしながら、日向が呟く。
ボーっとしているように見えたのか、隣からオリガが声をかけてきた。
「まだ来るわよ、日下部日向。油断しないで」
「分かってます。……北園さん、俺たちが援護するから、攻撃の手を止めないで」
「う、うん。分かった」
北園の返事を聞きながら、日向は空になった弾薬を取り出し、新しいマガジンを装填する。
再び物陰から顔を出す。
また別の男たちが突っ込んでくる。
彼らの脚を撃ち抜き、その歩みを止める。
次に肩や腕を撃ち抜き、無力化する。
これで三人、戦闘不能だ。
そろそろ敵に位置がバレる。
今までいた場所を離れ、別の物陰から敵陣の様子を窺う。
ちょうど、さっきまで自分がいた場所を狙っている敵を見つけた。
その腕に二発撃ち込み、無力化した。
さらに移動を開始する。
が、その先の物陰からちょうど敵が飛び出す。
鉢合わせしてしまった。
だが敵も驚いている。
敵は、慌てて日向に向かってアサルトライフルの引き金を引いた。
しかし日向はこれを冷静に対処した。
ハンドガンを構えた両手で相手の銃口を弾き、射線を逸らしたのだ。
そして日向はそのまま引き金を引き、相手の肩に二発撃ち込む。
泣き叫ぶ男からアサルトライフルを奪い、元の場所へと戻っていった。
「はい、危ないからこれは没収ね!」
日向が思わぬ善戦を見せるその一方。
日向の影、日影は苦戦していた。
「ちっ、全然当たらねぇ」
思わず舌打ちをしてしまう。
北園たちと同じ場所でハンドガンを撃っているのだが、めっきり当たらない。
「そもそも、オレが銃なんか使えるワケねぇだろうが……。あんなことがあったのに……」
呟きながら、日影は複雑そうな表情で日向を見る。
そして、銃を仕舞って『太陽の牙』を呼び出した。
「ああクソ、やっぱりオレは直接突っ込む方がやりやすいぜ! シャオランたちに混ざってくる! 来やがれ、『太陽の牙』ッ!!」
日影は物陰から飛び出し、『太陽の牙』を構えて敵陣へと走っていった。
テロリストたちが日影に一斉射撃を始める。
「おぉぉぉッ!!」
日影は『太陽の牙』を盾に、銃弾の雨を潜り抜ける。
ガギギギギギ、と銃弾を防御する音が聞こえる。
幅広な刀身は、日影の身を銃弾から守り切った。
敵陣に到達すると、日影は剣を振り回す。
「おるぁぁッ!!」
「ぐええっ!?」
「あだぁ!?」
振り回すと言っても、剣の腹を使った峰打ちである。
だが『太陽の牙』の刀身は重く、分厚く、幅広い。
ハンマーのような打撃がテロリストたちの頭を捉え、その意識を吹っ飛ばした。
さぁ次だ、と日影が剣を構えた瞬間、パン、と背後で銃声が聞こえた。
首の後ろに、小さく重い衝撃が叩きつけられた。
「ぐ……!?」
次いで、日影が血を吐き出した。
首を後ろから撃たれたのだ。
銃弾は首の後ろから喉まで貫通している。
「やったぁ! やりぃ!」
「馬鹿なヤツだぜ! 剣なんか持って突っ込んでくるなんてよぉ!」
背後でテロリストたちが嬉しそうに声を上げる。
日影は力なく項垂れ、そして……。
「……悪ぃな。これくらいじゃ死なねぇんだわ」
「は!?」
「え!?」
言うや否や、日影は背後の二人に剣の腹を振り下ろした。
鉄槌のような一撃が二人の脳天に直撃し、二人は昏倒してしまった。
「ったく、やってくれるぜ。……マモノを利用した犯罪者、か。こんな奴らがいるから動物はマモノになったんじゃないか? いっそここで殺しとくかコイツら?」
『彼らの生死は問われていない。自分が君を止める権利は無いが……』
「分かってるって狭山。オレだって人を殺すのは後味が悪ぃ。このまま殴ってボコるだけにしといてやるよ」
テロリストたちから見れば、もはや地獄絵図以外の何物でもない。火球が絶え間なく飛び続け、三人の超人が敵陣で大暴れし、左右に逃げた者は本堂とオリガが仕留め、正面は日向が食い止める。
今もちょうど、日向がアサルトライフルで掃射を行い、突撃してきた男たちの足を撃ち抜いたところだ。
「ふぅん、やるじゃない。あなたのこと気に入ったわ」
「え?」
銃弾飛び交う戦場の中、オリガが日向に声をかけてきた。