第1454話 進展
「日向くん……だいじょうぶ? 日向くん!」
「ん……」
北園が呼ぶ声が聞こえる。
日向は気だるそうに瞼を開けて、身を起こす。
どうやら、いつの間にか意識を失っていたようだ。
周囲を見回す日向。
北園に本堂、シャオランとエヴァ、それからアメリカチームの皆が、倒れていた彼の顔を覗き込んでいた。
すると、日向の隣でうめき声がした。
「ぐ……クソ、頭が痛ぇ……」
聞き慣れた、ぶっきらぼうな声。
どうやら、日影も日向と同じく気を失って、倒れていたようだ。
いったいどうしてこんな状況になったのか、日向は頭の中を整理する。
「ええと、何があったんだっけ……。そうだ、狭山さんの記憶を見たんだ。でも、この状況は? なんで俺と日影は倒れて、皆に見守られてたんだ?」
首をかしげる日向に、北園が説明する。
「私たちのほとんどは、あの狭山さんの記憶を見たときに、襲ってきた激痛に耐えられずに、すぐに記憶の中から脱出したの。私たちが現実に戻ってきたときは、日向くんと日影くんはまだ意識を失ってて、今までずっと起きなくて……」
「もしかして、俺と日影が一番、狭山さんの記憶を長く見てたのか」
北園とのやり取りを終えると、次にジャックが声をかけてきた。
「しっかしまぁ、現実ではダメージは残らないとはいえ、めちゃくちゃキツかったぜアレは。オマエら、サヤマの記憶を見る時はいつもこうなのか?」
「いや、これはかなり特殊なケース」
「そりゃアンラッキーだったな俺たちは。とにかく、オマエら二人がどんなものを見てきたか、ちょいと教えてくれよ。悪いが俺たち全員、ほとんど何の情報も手に入れられてねーんだ。俺だって、いきなりあんな痛みに襲われるとは思ってなかったから、ビックリして五秒で脱出しちまったしな」
ジャックに言われて、日向は狭山の記憶の中で見てきたことを話す。
”怨気”の源泉のような場所に、幼いころの狭山……ゼス王子がいたこと。
そのゼス王子の中のアーリアの民が、彼を怨みで染め上げて支配しようとしていたこと。
ゼス王子は、その民たちからの侵食に耐えて、苦痛を表情に一切出すことなく生活し続けていたこと。
皆は、日向の話を食い入るように聞いていた。
衝撃的だったのだ。
今まで、狭山がアーリアの民たちを率いて、この星を滅ぼそうとしているものだと、皆がそう思っていた。
しかし、実際は違ったのかもしれない。
日向が見た限りでは、星を滅ぼそうと計画したのはアーリアの民たちで、狭山はそれを抑え込もうとしているようだった。
シャオランが日向に問いかける。
「つ……つまり今のサヤマは、アーリアの民たちの抑え込みに失敗して、操られちゃってるってこと!?」
「そう考えるのが妥当だと思う。狭山さんは今、アーリアの民たちに操られて俺たちの敵になっているのかもしれない。だとしたら、狭山さんを解放できれば……」
「サヤマは元に戻って、またボクたちの味方になってくれるってこと……!」
皆の間にどよめきが走る。
今やこの星の全てにおける敵と言っても過言ではない狭山を、倒すのではなく救うという選択肢が出てきた。
北園が、とても嬉しそうな様子で日向に声をかけてきた。
「狭山さんはこの星のために、今までずっとアーリアの民さんたちを自分の中に抑え込んでくれていたんだね……。あの人はやっぱり、良い人だったんだね……!」
「うん、きっと。もしかしたら、今の狭山さんが、俺たちとずっと一緒にいた時みたいな優しい性格を崩さないのは、そのあたりも関係しているのかも……」
「きっとそうだよ! 完全に操られてたら、あの怨みに支配されたアーリアの民さんたちみたいな、凶暴な性格になっちゃうはずだもん! それでもまだ優しいってことは、きっと狭山さんは今もアーリアの民さんたちの支配に、がんばって抵抗してるんだよ!」
興奮しながらそう語る北園だが、そこへジャックが意見を差し込んだ。
「あー、ちょっといいか。俺もあまりこんなこと言いたくはねーんだがよ、そんなに簡単に信じちまっていいのか? 曲がりなりにも、敵が自分から見せてきた映像だろ。自分にとって都合のいい映像を見せて、オマエらを騙そうとしてるって線はないのか?」
「う、うーん、それはそうなんだけど……」
ジャックの言葉を受けて、北園は消沈。
しかし日向は、ジャックの意見に意見を返した。
「たしかにジャックの言うことも正しい。ただ、狭山さんって大事なことを黙秘することは多いけど、あからさまな嘘をつくことって滅多にないんだ」
「あー、ソイツぁ間違いねー」
「何よりも、『虚偽の映像を見せて、俺たちを騙す』なんてチンケな作戦、あの人が実行するか?」
「んー……言われてみりゃ、あまりイメージじゃねーかもな……」
「俺は信じたい。あの人は、まだ助けることができるんだって」
するとここで、本堂も口を開く。
「今の狭山さんの強さは尋常ではない。もしも狭山さんと戦わず、あの人を怨みの呪縛から解放して味方に引き込めるのであれば、厳しい戦闘を一つ回避することにも繋がる。戦略的に見ても、あの人を助けるのはメリットがあると考えられる」
「ですよね。ただ……問題は、どうすればあの人を助けられるか、という点なんですけど……」
「何か情報はないのか、日向。申し訳ないが、俺達はお前が見てきた情報に頼るしかない」
「そういえば……狭山さんの記憶の最後のほうで、なんか他のアーリアの民とは明らかに違う、”怨気”の親玉みたいなのが出てきたような気が……。狭山さんも、そいつが皆に怨みを伝染させたって……」
「そいつが狭山さんを操っている主犯格だとしたら、それを倒せば狭山さんも元に戻るかもしれんな」
「ですね。でも、そいつの正体が何だったのかは分からなくて……」
それから日向は、日影に声をかけた。
彼ならば、日向が見れなかった謎の存在の正体について、何か見れたかもしれない。
「日影。お前はどうだった? 何か見てきたか?」
「悪ぃが、オレが手に入れた情報は、お前と全然変わらねぇ。オレも最後になんか馬鹿でけぇ何かが出てきたと思ったが、そこで意識が途切れちまった」
「なんだ、がっかり……」
「うるせぇな。もしもオレが先に狭山の記憶について皆に話してたら、いま役立たず扱いされてるのはテメェなんだからな。オレと同じ情報しか手に入れられなかったんだからよ」
「うぐ。そ、そうだ、アーリアの民についてなら、同じアーリアの民に聞いてみよう」
日影の話から逃げるように、日向は通信機でスピカとミオンに連絡。この二人に、狭山を蝕む謎の存在について聞いてみたが……。
『うーん、ゴメン、ワタシたち二人とも、全く心当たりがないや……』
「そうですか……」
再度、落胆する日向。
……と、ここでミオンが発言。
『でもね~日向くん。あなたが見てきたのが間違いなく王子さまの内面なのだとしたら、そこにいる『謎の存在』っていうのは、つまり王子さまに魂を取り込まれた何者かってことになるわ』
『王子さまがこの星にやってきてから、民たちの怨みをつついて爆発させるような何者かの魂を取り込んでいない限り、その『謎の存在』っていうのは、この星に来た時点で王子さまに魂を取り込まれていた人物……要するにアーリアの民ってことになるよねー』
「つまり、全てのアーリアの民を狂わせて、狭山さんを蝕んだのは、彼らと同じアーリアの民の誰かってことですか? でもお二人はさっき言った通り、そんなことをする人物に心当たりはないと……」
『そうなんだよねー……。前も言ったかもしれないけど、アーリアの民って基本的にすっごい穏やかなんだよね。個人の喧嘩でさえ一万年に一回あるかどうか。だから自分から、こんな超規模の復讐を実行しようなんて考えるとは思えない』
『この星で新しく取り込んだ魂という線にしても、一億のアーリアの民全員を怨嗟の怪物に変貌させるなんて、それだけのパワーがある魂なんてそうそう見つからないと思うしね~……』
この二人が分からないなら、この場にいる誰も分からないだろう。今回の記憶から得られる情報は、ここまでのようだ。
とはいえ、狭山の過去や人となりくらいしか分からなかった今までの記憶と比べれば、今回は極めて大きな収穫だろう。この戦いが終わりに向かうための大きな進展を、皆が感じた。
そんな中、日向はあることを考えていた。
(およそ一億のアーリアの民を侵食して、狭山さんを蝕む、アーリア遊星由来の何者か……。一人だけ、心当たりがある……けど、その人物は絶対にありえないはずなんだよな……)