第134話 絶殺の鋼指拳
雪の積もる森の中、一言も喋ること無く歩き続ける日向たち。
近くで敵が見張りをしているかもしれない、というのもある。
しかし、これからの戦いを思うと、和やかにお話をする気にもなれなかった。
と、ここで先頭に立っていたズィークフリドが足を止める。
「どうしたの、ズィーク?」
「…………。」
ズィークフリドは、前方の茂みを警戒しているようだ。
すると、茂みの中から真っ白な狼が現れた。その数、六体。
日向の家の裏山にも現れたことがある、ユキオオカミである。
「うわぁ、懐かしいヤツが出たなぁ」
「うーん、ズィークに任せてもいいけど、あなたたちのお手並みを拝見したいわね。見せてもらえるかしら?」
オリガの言葉を受けて、日影がユキオオカミたちの前へと立った。
「チッ、仕方ねぇな。だが近くに犯罪組織の見張りがいるかもしれねぇし、派手にやるワケにもいかないだろ? 北園は下がっとけ。オレと、本堂と、シャオランでいくぞ」
「う、うん。分かった。気を付けてね、日影くん」
「なんでボクも!?」
「ああそれと、良ければあの狼を一匹、生け捕りにしてくれないかしら? 手駒は多い方が良いものね」
「何企んでるか知らねぇが、シャオラン、頼めるか?」
「なんでボクが!?」
「そりゃあ、パワーで無理やり押さえつけることができそうなの、お前しかいないからな。頼むぜ!」
「あ、ちょ!? ……もおおおおしょうがないなあああああ!!」
シャオランは泣き叫びながら、『地の練気法』で呼吸を整える。
それが終わると同時に、ユキオオカミたちが襲い掛かってきた。
先頭の二頭が日影に飛びかかってくる。
「おるぁぁッ!!」
日影は『太陽の牙』をフルスイングし、噛みつきにかかった二体をまとめて斬り飛ばしてしまった。
「ケッ、今さらお前らなんぞ相手になるかよ!」
「見事なものだな。さて、俺も行くか」
その一方で、本堂は自らの全身に稲妻を巡らせ、青白く発光させる。
新能力の”迅雷”だ。
迫る二頭のユキオオカミのうち、一体目に向かってナイフを投げつける。狭山から新しく貰った高周波ナイフだ。
黒色の刃渡りを持つそのナイフは、見事にユキオオカミの眉間に命中し、何の抵抗も無く深々と突き刺さった。当然、ユキオオカミは即死である。
続く二体目が本堂に接近し、左に回り込む。
本堂の死角から襲い掛かるつもりなのだろう。
だが本堂はその動きに素早く反応し、逆にユキオオカミの進路を塞いで動きを止め、その隙に二本目のナイフで首を切り裂き、その命を断った。迅雷状態の本堂は、肉食獣をも超える俊敏さを発揮できるらしい。
「ふむ。良い調子だ。ナイフの切れ味も見事なものだな」
「すごいぞホンドー! その調子で残りもお願い!」
「いやいや、ここは三人で二匹ずつ倒すのが美しい」
「そういうのいいからぁぁぁぁぁ!!」
泣きわめきながらも、シャオランは自身の脚めがけて噛みついてきたユキオオカミの頭を、逆に思いっきり踏み潰して仕留めた。そして、続く二体目の飛びかかりを回避し、その隙に首根っこを押さえつけ、オリガの注文通り生け捕りにしてみせた。
「やるじゃない。お疲れ様」
「は、はやく済ませてぇぇぇぇ!! 逃げられちゃううううううう!!」
「分かってるわよ。さて……」
オリガは押さえつけられたユキオオカミに歩み寄ると、その瞳をじっと見つめる。
見つめられたユキオオカミはだんだん大人しくなり、とうとう暴れることを止めてしまった。彼女の能力、精神支配とやらの力だろう。
「……はい、支配完了よ。手を離していいわ、シャオラン。その子はもう、私の忠実な手駒だから」
「ほ、ホントだね!? 手を離した瞬間襲ってくるとか、ないよねっ!?」
「大丈夫だから。ほら、はやく離す」
「は、はいっ! ……わ、ホントだ。大人しくなってる……」
オリガの精神支配を受けたユキオオカミは完全に彼女の忠犬となり、彼女の指示でお手やお座りをしてみせる。
しかしこれは、いつぞやの北園とグラスホーンのような『相互理解』ではない。オリガの能力を利用した、一方的な『洗脳』である。そこに日向たちは、複雑な思いを感じていた。中でも、歯に衣着せない日影がオリガに悪態をぶつけた。
「へっ、まるで悪役の能力だな。ゾッとするぜ」
「あら、褒めても何も出てこないわよ?」
「これならもっと操って、狼の軍団でも作れば良かったんじゃねぇか?」
「おあいにくさま。私の能力で操れるのは、一度につき一人だけ。オマケに私の集中力が切れれば、自動的に解除されるわ。気絶したりしても解除されるから、せいぜい私を守ってちょうだいね?」
「……けっ」
オリガもオリガで負けじと言葉を返してくる。
日影は、面白くなさそうに押し黙ってしまった。
やり取りを終えると、一行は廃工場を目指して先を急いだ。
◆ ◆ ◆
この廃工場は、かつては切り出した木材を加工していた施設らしい。建物は横幅が広く、入り口は端から端までシャッターが開放されている。一階と二階があり、一階は天井がかなり高いようだ。
廃工場の前にはたくさんの車が停まっている。そのどれもがオンボロで、あちこちが錆びている。そこら辺から拾ってきて無理やり動かしているかのような車である。
周りには武装した男たちがいる。
その多くは若者で、みな一様に人相が悪い。
服装はテロリストらしい、ラフな格好で統一されている。
彼らが反ロシア組織『赤い雷』である。
東の方から一台の白い高級車と、大きなトラックがやってきた。こちらがマモノの買い手である新興マフィアである。トラックは、購入したマモノを運ぶためのものだ。
高級車からスーツ姿の男たち五人ほど出てくると、周囲の『赤い雷』の見張り達数人と共に、廃工場へと入っていった。
そしてその隙を見計らい、ズィークフリドが停まった車の間を縫うように、廃工場へと忍び寄る。
周囲の見張りの眼を掻い潜り、廃工場の右端へと到達すると、そこから上へと伸びている配管パイプに手をかけ、昇る。無音で、しかし物凄いスピードで。
あっという間に二階へと到達すると、そのまま窓からスルリと内部へ侵入してしまった。
そして残ったメンバーは、廃工場近くの茂みに潜み、タブレットを覗き込んでいる。タブレットの映像は、ズィークフリドのコンタクトカメラからの目線映像である。
「ズィークさんは無事に内部に潜入できたみたいですね」
「そのようだね。……さて、ここから先は暴力シーンやグロテスクな表現が含まれている。耐性の無い人は気を付けてね」
「CEROでいうならZ指定ですね」
◆ ◆ ◆
まずは二階の見張り達を排除するため、廃工場の二階へと潜入したズィークフリド。ここなら多少、テロリストたちの死体が並んでも、下の者たちにはバレないだろう。
腕から指先にかけて、力を隅々まで浸透させる。
指がゴキリ、と鳴り響いた。
壁に張り付き、通路の先の様子を窺う。
すると、さっそくこちらに向かってくる見張りが一人。
ズィークフリドは息を潜めて見張りの接近を待つ。
見張りが角を曲がってきた。
その瞬間、ズィークフリドは見張りの喉を人差し指で突いた。
「ごふ……!?」
ズィークフリドの指は、素手であるにも関わらず、見張りの首を文字通り貫通した。喉を潰された見張りは、断末魔さえ上げること叶わず窒息、絶命。
仰け反り、倒れる見張りを支え、音を立てないようにゆっくり寝かせるズィークフリド。
すると、今の見張りがやってきた通路から、もう一人の見張りがやって来る気配を感じた。再びズィークフリドは角に隠れ、先ほどの見張りの亡骸を、足先が少し見えるように角から出した。
やってきたもう一人の見張りは、倒れている仲間の足を見つけてこちらに駆け寄ってくる。
角の前までやって来た。
仲間の死体を覗き込む。
瞬間、ズィークフリドが腕を伸ばす。
左腕で見張りの首をからめとり、フロントネックロックの形で締め上げる。
「う……ぐ……!?」
突然の襲撃に戸惑い、抵抗する見張り。
その見張りの首をさらに締め上げる。
ポキリ、と見張りの首から嫌な音が鳴った。
ズィークフリドが見張りを解放すると、見張りは力なくその場に倒れた。
通路を進み、その途中にあるドアに耳を澄ませる。
この先は小部屋のようだ。
男たちが愉快に話し合っている声が聞こえる。
内容から察するに、どうやら四人でポーカーに興じているようだ。
ズィークフリドは懐からサイレンサー付きハンドガンを取り出し、ごく自然にドアを開けた。
中の男たちは、円形のテーブルに座ってトランプを囲んでいる。あまりにもズィークフリドが自然に入ってくるものだから、四人は彼が侵入者だと気づくのに一拍遅れた。
その隙を見逃さず、ズィークフリドはハンドガンの引き金を引く。
まずは奥の男。
次に右の男を。
その次は左。
パシュ、パシュ、と消音機を通した射撃音が鳴る。
男たちの額を正確に撃ち抜いていく。
最後の、こちらに背を向けて座っていた手前の男が振り向く。
同時にズィークが左手で男の顔面を鷲掴み。
掴んだ頭を左に倒す。
男の首が直角90度に曲がる。
首がゴキッとへし折れた。
四人の始末を終え、部屋を出ようとするズィークフリド。
しかし、部屋の外に何者かの気配を感じ取った。
誰かがこの部屋に入ってくるのだろう。
ズィークフリドは入って来た時と同じく、素知らぬ顔で部屋を出る。
部屋のすぐそばで、別の見張りとすれ違った。
そのすれ違いざま、見張りの頸椎をひとひねり。
見張りは、何が起きたかも分からずに死んだ。
通路を歩くズィークフリド。
その先はL字型の曲がり角となっている。
と、ズィークフリドが耳を澄ませると、角の向こうから呼吸音が聞こえる。
恐らく、見張りが一人隠れている。ズィークフリドの侵入を察知し、しかし仲間に知らせる余裕が無く、ここで立ち向かうことを選んだのだろう。
おもむろに曲がり角へと近づくズィークフリド。
案の定、その角から敵が飛び出てきた。
アサルトライフル、カラシニコフ突撃銃を構える男。
その銃身を左の手刀で切断する。
「は……え!?」
素手で銃を切断されて戸惑う男。
その隙を逃さない。
今度は右の指を四本、男の首筋に突き立てる。
頸動脈を引きちぎり、男を始末した。
ズィークフリドは止まらない。
殺す。殺す。淡々と殺す。
一人、また一人と、静かに見張りを葬っていく。
二階の見張り達を片付けたら、窓から顔を出し、外にいる見張り達を撃ち抜いていく。
その狙いは正確無比。
外の見張り達は、まさか味方が大勢いる二階から銃撃を受けるなど夢にも思わない。
サイレンサーによる消音効果もあり、見張り達は自分たちが攻撃されていることに、死ぬ瞬間まで気づかなかった。
やがて見張りは全滅し、残るは一階の本隊のみとなった。
工場内の階段を下りて、一階に潜入するズィークフリド。
一階全体が材木の加工場として使われていたようで、既に使われていない大型機械の他、ついぞ加工されることのなかった大木までも置いてある。
そしてその中心部に、総勢四十人以上の『赤い雷』の末端構成員が集まっている。思った以上に数が多い。
その中のリーダー格と思われる男が、マフィアの代表からアタッシュケースを受け取った。彼らの傍には、巨大な檻に入っている一体のマモノ。
そのマモノは人型で、4メートル近い身長があり、身体は茶色の体毛で覆われている。手足は太く、類人猿のような姿をしており、今は檻の中で仰向けになって、いびきをかいて寝ている。麻酔で眠らされているのだ。
そのマモノは、UMAとして名高い『ビッグフット』そのものであった。