第1444話 犠牲を払ってもなお
ノイマンが投下したグングニルが、グラウンド・ゼロの抉れたわき腹の内側で爆発を起こした。
飛空艇に乗っている日向とジャックは、グングニルの攻撃の成果より先に、ノイマンの身を案じた。
「グングニルが爆発した! ノイマン准尉はどうなった!?」
「ノイマン! おい、応答しろノイマン!」
ジャックが通信機でノイマンに呼び掛けるが、返事はない。
戦闘機の通信機器が壊れたのか、ノイズ音が聞こえるだけだった。
モニターに映し出される外の景色を見ていたコーネリアス少尉が口を開く。
「ノイマンの戦闘機ノ姿は見えないナ……。通信もつながらないということハ、やはり機体が対消滅ノ光に巻き込まれテ……」
「チクショウが……!」
コーネリアスの言葉を聞いたジャックは、右手で顔面を潰しながら、そう吐き捨てた。
さらに、今度はサミュエル中尉が、グラウンド・ゼロを見ながら声を上げた。
「グラウンド・ゼロめ、まだ倒れていないぞ! 奴は健在だ!」
「えぇ!?」
飛空艇に乗っている日向たち、そしてアメリカ兵たち、全員がグラウンド・ゼロに注目。たしかにサミュエルの言う通り、グラウンド・ゼロはまだ倒れていなかった。二発目のグングニルを受けて、左わき腹は完全に消えてなくなったにもかかわらず、である。
アメリカ兵たちが口々に言葉を発する。
「そんな……! ノイマンの犠牲は無駄だったっていうの!?」
「いや、よく見ろ! 奴の上半身はかなりぐらついている! 奴もバランスを取るのが精いっぱいなんだ!」
「もう放っておいても倒れてくれそうだが……倒れないな。くそっ、あともうほんのちょっとだけでも、わき腹を掘ってやれば、いけそうなんだけどな……!」
「あ……見て! あいつ、空中に浮遊している岩石を集めて、抉られたわき腹を塞ごうとしているわ!」
「奴の外殻を構成する岩盤も動員して、わき腹に集め始めているな。自分のサイズを多少縮めてでも、わき腹を修復して倒壊を防ぐつもりだ!」
「奴を構成する岩は、ここから見ると小さく見えるけど、一つひとつがとんでもなく大きい! 一番小さいのでもマンション並みのサイズだ! そんな馬鹿でかいサイズの岩でわき腹を特急修復しているわけだから、今から俺たちが修復を阻止しようとしても、その修復のスピードに俺たちの火力が追い付かない!」
「何かないのか! グラウンド・ゼロをぶっ倒すための、最後のダメ押しは!」
「それこそ、日下部日向の『太陽の牙』しかないんじゃねぇか!? あのグラウンド・ゼロの超震動エネルギーを一発で消し飛ばした、あの光線なら!」
一人の兵士がそう言うと、この場にいる全ての兵士が、日向へ期待の眼差しを向けた。
しかし日向は、非常に気まずそうに、彼らに答える。
「いや、すみませんが駄目です! まだ剣のエネルギーが回復していません! なんかちょっと回復のスピードが速くなったような気もするけど、それでも”星殺閃光”を撃つにはまだまだ足りません!」
「じゃあ……もうダメなのか……? ここまでの俺たちの戦いは無駄に終わったってことか……?」
別の兵士がそうつぶやき、飛空艇内に悲痛な沈黙が広がった。
日向はもう一度、モニターに映るグラウンド・ゼロを見る。
その目はまだ、諦めていない。
「ここまで来たんだ、どうにかできる方法はきっとあるはずだ。絶対に見つけてみせる……」
現状、日向たちが実行できる強力な攻撃を、日向は思い浮かべてみる。
日影の”落陽鉄槌”。
シャオランの”火の練気法”。
北園の”氷炎発破”。
ジャックの”パイルバンカー”。
エヴァの”星の咆哮”。
この飛空艇のミサイルや主砲。
駄目だ。
これら全ての攻撃を一度にぶつけたとしても、グラウンド・ゼロの修復スピードの方が恐らく上だ。
「何か……何か方法は……」
……その時だった。
日向は、グラウンド・ゼロの現在の全体像を見て、ひょんな考えが脳裏に浮かんだ。
「なんか……今のグラウンド・ゼロは、倒壊しそうな上半身を支えようとして、両腕を大きく広げている状態だな。そして今もなお不安定な状態だから、上半身がグラグラしてる。人間でいうと、片足立ちしてるような状態なのかな……?」
その考えが、妙に日向の頭の中で引っ掛かった。
何か、今までとは別のアプローチができそうな観点。
片足立ちの不安定な状態。
それはつまり、ほんのわずかな重心の変化でも、体勢が大きく崩れることを意味する。
そう考えた瞬間、日向は操縦士のアラムに向かって叫んでいた。
「アラムくん! グラウンド・ゼロの右腕上空へ急行! 急いで!」
「え、あ、わかった!」
驚いた様子で日向に返事をして、飛空艇を操縦するアラム。
彼だけでなく、この場にいる全員が、いきなり大きな声を上げた日向に注目していた。
そしてジャックが、いつになく真剣な表情で、日向に声をかけた。
「その様子……何か面白いアイディアが浮かんだんだな、ヒュウガ?」
「うん。面白いというか、もう本当に我ながら馬鹿馬鹿しい作戦だと思うけど、ここまで来た以上、もうこれしかないと思う」
「話してみてくれよ。どういうプランなんだ?」
「今のグラウンド・ゼロは、重心のバランスを取って、自分が倒壊しないように耐えている状態だ。だから、その重心を崩す。バランスを取るために下がっている、奴の右腕。あれを上から全員で総攻撃して、奴の腕を下へ押し下げる!」
「は……? あの山脈みたいな腕をか……?」
この場にいる全員の目線が、モニターに映し出されているグラウンド・ゼロの右腕へと向いた。
グラウンド・ゼロの右腕は、宙に浮かぶ大陸のように巨大で、そして太い。たとえミサイルを百発撃ち込んだとしても微動だにしないだろう、と思えるほどの威容だ。
ジャックの反応と、しんとする皆の反応を見て、日向もだんだん気まずくなってきた。
だが、負けじと日向は力説する。
「エヴァの能力や、この飛空艇の武装もある! 北園さんの超能力に、シャオランのパワーも! いけるはず! たぶん!」
「……く、くくっ、くふふふ……!」
誰かが笑った。
日向の目の前にいる、ジャックの笑い声だ。
そして堪えきれなくなったように、ジャックは大笑いし始めた。
「うははははは! オマエ、とんでもないコト考えるなオイ! いや、あのデカい腕を動かすっつうのもクレイジーだけどさぁ、わき腹じゃなくて腕を狙うって発想もな! そっちは盲点だったなぁ完全に!」
「あれ? 馬鹿にされてると思いきや、意外と好評?」
「ああ、最高だ。いいぜ、どのみち、もうそれ以外に良いアイディアも思いつかねーしな。失敗しようが構うもんか。俺はやるぜ、面白そうだしな」
そう言ってジャックは、コックピットの出入り口へ向かう。恐らくはこの飛空艇の甲板に移動するつもりなのだろう。
コックピットから出る直前に、ジャックは振り返って、他のアメリカ兵たちに声をかけた。
「高高度強襲を仕掛けるぜ。この飛空艇から飛び降りて、右腕に激突すると同時に最大火力をぶち込んでやるんだ。命が惜しくないバカヤロウだけついて来な!」
そう言うと、ジャックは改めて、コックピットを出て行った。
アメリカ兵たちは互いに顔を見合わせた後、ほとんどの者がジャックについて行った。まるで、テーマパークを前にした子供のようにワクワクしながら。
「……やる気になってくれたのはもちろん嬉しいんだけど、皆して身投げする気満々で、ちょっと引くなぁ」
日向がつぶやく。
すると、今度は日影が皆に声をかけた。
「んじゃ、オレたちも行くか」
「ああ。飛び降りて、グラウンド・ゼロの右腕に最大の一撃を叩き込む。今のこの肉体なら耐えられる」
「と、飛び降りるのは怖いけど、とびっきりの一撃、お見舞いするよ!」
「私も行くよ! エヴァちゃんも行くよね?」
「もちろんです。そもそもこの作戦、私の能力が一番頼りにされているでしょうから、私がいないと始まらないでしょう」
「日向。テメェは飛び降りたところで、そのままグラウンド・ゼロに落下するくらいしか、できることはねぇだろ? 痛い思いしたくねぇなら、ここに残ってもいいんだぜ?」
「な、なにをー。言い出しっぺだし、俺もちゃんとついて行くわ。俺がグラウンド・ゼロに落下したら、それはそれで、それなりの衝撃にはなるだろ」
やり取りを交わした後、日向たちも甲板へと向かった。
ジャックたちと同じような、自信と希望と決意に満ちた表情で。