第1438話 大尉の我が儘
ARMOUREDが光剣型のレッドラムを倒したことで、いよいよ残る目標はグラウンド・ゼロの討伐のみとなった。
現状をまとめる。
もともとグラウンド・ゼロを倒すための反物質ミサイル、グングニルは三発用意されていた。
しかし一発目はスピカ型のレッドラムによって故障させられ、このグラウンド・ゼロの左腕の上へ落下。今は光剣型のレッドラムを倒したARMOUREDが回収完了している。
二発目のグングニルは、発射する前にスピカ型によって砲台を潰されてしまい、発射不可能な状態となった。
唯一無事なのは三発目のグングニルのみ。
これを使えば、外殻内に隠れているグラウンド・ゼロ本体を消滅させることができるだろう。
だが現在、グラウンド・ゼロは両方の拳に一つずつ”地震”の超震動エネルギーを生成している。どちらか片方が大地に落ちるだけでも北アメリカ大陸が粉砕されるほどの威力を持つ、凶悪極まりない量のエネルギーである。
二つの超震動エネルギーのうち、右拳の方は日向の”星殺閃光”によって一度は焼き尽くされ、その後に再生成されるも、一回目より規模が落ちている。現在も予知夢の六人や他のアメリカ兵たちがこの右拳に攻撃を行なっており、エネルギーの回復を抑えてくれている。
問題は左拳のエネルギーだ。
こちらは右拳と違って無傷であり、これが落下したら北アメリカ大陸は崩壊してしまう。
グングニルでグラウンド・ゼロ本体を狙い撃ちにすることはできるだろうが、この左拳の超震動エネルギーを放置すれば、グラウンド・ゼロが倒れた拍子にエネルギーも大地へ落ちて、結局は大陸を壊されるという痛み分けの結果になってしまうだろう。
地上に残っている技術班や通信班、そして、あるいはまだどこかの街や山などに生存者が隠れているとしたら、きっと彼らも無事では済まない。
かと言って三発目のグングニルで左拳の超震動エネルギーを消滅させると、今度はグラウンド・ゼロ本体を倒すための手段が事実上無くなってしまう。
グラウンド・ゼロの外殻はあまりにも巨大で、たとえ日向であっても焼き尽くすのは難しい。本体を倒すのに時間がかかれば、グングニルを使ってまで消滅させたエネルギーを再生成されるかもしれない。
だからここは、この北アメリカ大陸を犠牲にすることを覚悟してでも、グラウンド・ゼロ本体にグングニルを撃ち込むべきだ。光剣型との戦闘中に、ジャックは同僚たちにそう呼び掛けていた。
しかし、ここでジャックたちは思い出す。
そのジャックの話の直後に、マードックが「左拳の超震動エネルギーもどうにかできるかもしれない」と発言していたことを。
そのことをマードックに尋ねると、マードックはすぐには答えず、何やら考え込む様子を見せる。その姿はいつになく真剣。というより、何かの覚悟を決めている最中のようにも見える。
やがてマードックは通信機を取り出し、機密兵器開発所のハイネと話を始めた。
「ハイネ。こちらに落ちているグングニル一号を、そちらからの操作で爆破させることはできるか? それでグラウンド・ゼロの超震動エネルギーを、左拳ごと消滅させられるだろうか?」
『ごめん、ちょっとダメそう! スピカ型がグングニル一号の内部機構をいじった時に、そのあたりに関する回路がお陀仏にされちゃってる!』
「やはりか。では、手動で爆破するのはどうだ? ミサイルの中身をこじ開け、反物質を反応させる装置を人力で動かすのは」
『え、ええ!? まぁ……理論上は不可能じゃないよ。グングニルの中の反物質そのものは無事だから、正しい知識を持っている人がいじれば、手動でグングニルを作動させることはできると思う。でもそうしたら、作動させた人はグングニルの爆発に巻き込まれて、一緒に消滅しちゃうよ!』
「良し、ならば問題ない。グングニルは私が作動させる。それでグラウンド・ゼロの超震動エネルギーを消滅させる」
『え……ええええええ!?』
通信機越しにハイネが絶叫。
近くでマードックの話を聞いていたジャックも、レイカも、そしてコーネリアスも、目を丸くしてマードックの方を見ていた。
『ちょっと大将! あたしの話聞いてた!? 手動でグングニルを爆破したら巻き込まれちゃうんだって! 反物質の対消滅は、大将の装甲だってお構いなしに消し飛ばしちゃうんだよ!?』
「そうだぜマードック! なに馬鹿なこと言ってんだ! オマエらしくねーぜ!」
「私は本気だ。グラウンド・ゼロからこのアメリカの大地を守るには、こうするしかない」
「クソッ、義体より先に脳ミソがポンコツになっちまったのかよ!? おいハイネ、なんか他に方法はねーのか!? このハゲ、このままだとマジで自爆する気だぞ!」
『そ、そう言われても、何も思いつかないよー!』
するとここで、コーネリアスがマードックに声をかけた。
「大尉、俺がやル。お前はまダ、生きて成すべきことガ残っていル」
「少尉、気持ちは嬉しいが、お前はグングニルを正しく動作させることができるか? ハイネが言っていた通り、これは専門の知識を持つ者にしかできない」
「く……だったラ、通信で教えてもらいながラ……」
「流石に無茶だろう。それに、グラウンド・ゼロの拳もだいぶ下がってきた。あと十分もしたら超震動エネルギーが地上に叩きつけられるだろう。のんびり教えてもらいながら、というわけにもいくまい」
コーネリアスにそう返事をすると、マードックは近くに落ちていたグングニルを持ち上げ、肩に担ぐ。
そんなマードックに、今度はレイカが声をかけた。
「マードック大尉……本当にあなたが犠牲にならないといけないんですか? アカネに続いてあなたまでいなくなったら……」
「だが、このまま超震動エネルギーが大地に落ちれば、まだ地上に残っているハイネたちや、どこかに隠れているかもしれない生存者たちが危険に晒される。お前はそれを良しとできるか?」
「そ、それは……」
「……いや、すまない。意地の悪い質問だった。こればかりは完全に、私の我が儘なのだ」
「わがまま……ですか?」
つぶやくように聞き返すレイカ。
マードックはうなずき、話を続ける。
「ここまで来るのに、多くの隊員たちが犠牲になった。彼らはこの国の、そしてこの星の未来のため、犠牲になることを恐れず突き進んでくれた。そして、彼らが犠牲になるのを見るたびに、私の心はひどく痛んだ」
「それは……はい、私もです……」
「レッドラムから無辜の国民たちを守れなかった時、己の無力さを呪い、胸をかきむしりたくなった」
「はい……」
「私はどうやら、私自身の命より、ほんの幾らか、お前たちや他の人々の命の方が大切らしい。だから私は行きたいんだ。これで最後にするために」
話を終えると、マードックは三人に背を向けようとする。
そこへ、再びジャックが声をかけた。
「なぁマードック、やっぱり考え直さねーか? これから先、この国が立ち直っていくのにもアンタの力が必要だってことくらい、アンタなら想像がつくだろ?」
「その点も心配はしていない。私がいなくとも、お前たちが、そして生き残った合衆国の国民たちがいる。皆が力を合わせれば、人々を脅威から守る能力、復興に役立つ能力、現段階で全て揃えられるはずだ」
「けどよ、誰が俺たちを引っ張っていくんだよ! アンタっていうリーダーがいたから俺たちは……!」
「お前がいるだろう、ジャック」
「は? 俺?」
キョトンとするジャックに、マードックは話を続ける。
「お前自身はあまり自覚はないだろうがな、お前の明るさは皆を照らし、お前の健闘は皆を奮い立たせる。光剣型と戦いながら皆を鼓舞した時や、沖縄で日影と一対一で戦っていた時など、特にな」
「けどそれは別に、アンタみたいにちゃんとした考えで皆をまとめようって思ったワケじゃねーぞ」
「それでいい。別に私の代わりにならなくていい。お前はお前のやり方で、皆を引っ張っていけばいい」
するとマードックは、グングニルを担いだままジャックの前まで歩み寄ってきて、再び口を開く。
「私は皆を統率する指揮官だった。ジャック、お前は皆を引っ張る英雄になれ。この星の英雄には予知夢の六人が成るのかもしれないが、合衆国には合衆国の英雄が必要だ」
「マードック……」
「……まぁ、自信が無いなら、断ってもいいのだぞ?」
そう言って冷ややかな笑みを見せるマードック。
あからさまな挑発行為。
ジャックは、カチンときた。
「言ってくれるじゃねーか。いいぜ、見てろよ、アンタが霞むくらいの英雄になってやるからよ!」
「ふっ、期待している」
そう告げると、マードックはジャックの肩をポンと叩いて、グラウンド・ゼロの左拳へと歩き始めた。
その直前。
もう一度、ジャックがマードックに声をかけた。
「マードック!」
マードックが振り返ると、ジャックは敬礼のポーズを取っていた。
普段から礼儀やマナーについては適当極まりない彼が、姿勢をまっすぐ正して、これ以上ないくらいに綺麗な敬礼をしていた。
「……ふふ、似合わんな」
そうつぶやくと、マードックはジャックたちに軽く敬礼を返し、今度こそこの場を後にした。