第1431話 もう一段階、上へ
光剣型のレッドラムの強烈な回転斬りによって、ジャックとコーネリアス、そしてマードックの三人が吹き飛ばされてしまった。
離れたところでこの場面を見ていたレイカが、心配そうに三人の名を呼ぶ。
「ジャックくん! コーネリアス少尉! マードック大尉! 大丈夫ですか!?」
そのレイカの声に応えるように、三人はゆっくりと立ち上がった。どうやらそれぞれ鋼の義体となっている右腕や左腕を使って、直撃を凌いでいたようだ。
とはいえ、三人のダメージは軽くない。ジャックとコーネリアスは胴体から出血が見られる。そしてコーネリアスは対物ライフルを、マードックはガトリング砲と火炎放射器、そして両肩のスモールミサイルポッドを真っ二つに破壊されてしまっていた。
「左腕でガードしてなかったら危なかったぜ……。複雑な気分だけどよ、こういう時、生身の身体じゃなくてよかったって思っちまうな」
「そもそモ、お前の両腕ガ生身のままだったラ、お前がこの部隊ニ来ることもなかったのだろうガ」
「二人とも、義体の稼働に支障は無いな? 奴が再び仕掛けてくるぞ、構えろ!」
「ここからは近接戦がメインになるな! コーディ、アンタは遠距離専門なんだから、あまり無茶すんなよ!」
「そうさせてもらおウ」
「敵性体ノ生存ヲ確認。戦闘続行」
光剣型が斬りかかってくる。
マードックが光剣型に接近し、この斬撃を全身で受け止めた。
特殊な合金で造られたマードックの義体の装甲は、銃弾さえも容易くはじき返してしまうほどに頑丈だ。
だが、光剣型の斬撃も強烈。
この攻撃は装甲の表面に傷がつく程度で済んだが、装甲が薄い関節部分などを狙われたら危ないかもしれない。
マードックが光剣型を引き付けている間に、ジャックがデザートイーグルで、コーネリアスがショットガンで光剣型を射撃するが、マードックの相手をしながらも、光剣型は二人の銃弾を光剣で防御してしまう。
レイカも三人に加勢するべく、急いで駆けつける。
「こうしてる場合じゃないわね! アカネ、お願い!」
(あいよ!)
単純な身体能力であれば、レイカよりアカネの方が高い。二人は同じ肉体を使いながらも、アカネの方がより強力に肉体を行使することができる。だから、レイカよりも一秒でも早く、ジャックたちのもとへ駆けつけることができる。
レイカから切り替わったアカネが猛ダッシュ。
あっという間に光剣型の背中まで肉薄し、思いっきり刀を振るった。
「アタシらを無視してんじゃないよッ!!」
しかし光剣型は、アカネの方を振り向かず、背中で光剣を×の字に交差させ、彼女の斬撃を簡単に受け止めてしまった。
そのまま光剣型は、背中で交差させた光剣を正面に振り下ろすようにして、アカネを刀ごと振り払い、押しのけた。
「くぅぅッ!」
そして光剣型の正面では、マードックが殴りかかろうとしていたが、光剣型はアカネを振り払うと同時に彼にも斬りかかる。マードックはとっさに防御して、光剣型の斬撃を受け止めた。
「ぬっ……!」
光剣型の攻撃を防御したことで、マードックの動きが止まる。
その隙に光剣型はマードックに背中を向け、アカネに追撃を仕掛けた。
アカネはレイカに人格を切り替え、光剣型を迎え撃つ。
直後、距離を詰めてきた光剣型が猛烈な斬撃を繰り出してきた。
元々持っている二振りの光剣と、精神エネルギーで生成した二振りの光剣。合わせて四本の光剣が、暴風のような勢いでレイカに襲い掛かる。
「くぅぅぅっ……!」
レイカは自身の刀で必死に光剣型の斬撃を逸らし、アカネの念刃も斬撃を打ち落としてくれているが、それでも防御が追い付かない。レイカの腕や肩、わき腹から次々と出血。
光剣型をレイカから引き離すべく、ジャックとコーネリアスが射撃を仕掛けるが、光剣型はレイカを攻撃するついでに、二人が放った銃弾も叩き落してしまう。
再びマードックが光剣型の背後から仕掛けるが、光剣型はマードックの方を振り向かず、いきなりマードックめがけて飛び掛かる。
「むっ!?」
矢のような速度で飛んできて、飛び蹴りを仕掛けてきた光剣型。
マードックは不意を突かれるも、反射的に両腕をクロスして防御体勢。
マードックは、光剣型の防御を受け止めることができた。
しかし光剣型の狙いは、マードックを攻撃することではなかった。
光剣型はマードックを蹴り飛ばし、その勢いでレイカに向かって飛んでいく。光剣型の狙いはレイカだ。
光剣型の斬撃で血まみれになってしまっているレイカだが、その瞳はまだ力強い光を宿しており、光剣型が再びこちらに向かってくると先読みして、居合の構えを取っていた。
「上等です。斬って落としてあげますから……!」
(合わせるよ、レイカ!)
そして光剣型が射程圏内に入った瞬間、レイカは鞘のレールガンの機構を利用して、勢いよく刀を抜き放つ。それと同時にアカネも、渾身の力で念刃を振り下ろした。
「超電磁居合抜刀!!」
(はぁぁぁぁッ!!)
「抹消スル」
レイカとアカネ、そして光剣型。
二人と一体の斬撃が正面から激突する。
打ち勝ったのは、光剣型だった。
レイカは身体から大きく出血しながら、吹き飛ばされてしまった。
「うああああっ!?」
そのまま地面に倒れてしまうレイカ。
ジャックたち三人も、大ダメージを受けてしまったレイカを見て、慌ててしまう。
「レイカ!」
「これは、まずいナ……!」
「多少強引にでも、光剣型をレイカから引き離さねば……!」
マードックは被弾が増えることを覚悟して、光剣型に攻撃を仕掛けに行く。ジャックはデザートイーグルによる射撃に加えて、体術による接近戦も用い始めた。コーネリアスは引き続きショットガンで光剣型を攻撃しつつ、レイカの前に移動して、彼女を光剣型から守る。
ショットガンを射撃しながら、コーネリアスがレイカに声をかけた。
「レイカ! しっかりしロ!」
「コーネリアス少尉……。大丈夫です、攻撃しながら向こうの攻撃を避けようとしていたので、致命傷は受けずに済みました……。それでも超痛いですけどね……」
レイカは片膝をついて身を起こすが、やはりダメージが大きいらしく、まだ立ち上がることはできずにいる。血が出すぎたか、瞳もどこか朦朧としているように見えた。
そんな状態のまま、レイカは自身の中のアカネに声をかけた。
「アカネ……。さっきの光剣型の攻撃、見た……?」
(ああ……。あの野郎、二つの光剣の刺突で、アンタの居合とアタシの攻撃を止めて、残り二つの光剣でアタシらを斬りつけやがった)
「本当に、とんでもない相手よね……。私たちが一生を費やしても、あの領域には届かないって思わされるくらいに……」
(……なぁレイカ。アンタ、また光剣型の”怨気”にやられたんじゃ……)
弱気な発言を続けるレイカを見て、アカネがそう問いかけた。
しかしレイカは、苦笑いしながら首を横に振った。
「ううん、大丈夫。今のは何と言うか、覚悟を決める儀式というか」
レイカはまだ片膝をついたままだが、朦朧としていたように見えた瞳は、今は光を取り戻していた。凛とした、それでいてどこか朗らかな光を。
引き続きレイカは、アカネに声をかける。
「アカネ。私がこの間、スピカさんに言ったことを覚えてる?」
(ああ。アタシらが身に着けた『一度に二発の斬撃を放つ能力』……名付けて”夢幻殺法・弐の太刀”。けれどこれは、アタシらの”二重人格”の基礎的な能力、登竜門に過ぎない……)
「私がたったいま光剣型から受けた”怨気”を抑え込んで、逆に私たちの精神を補強するのに利用する。これがうまくいけば、私たちの精神はまた一つ先のステージに進んで、能力も強化できると思わない?」
(かもな。どのみち、アイツは明確にアタシらより強い。勝つなら賭けの一つや二つ、勝たないとな)
その後、レイカの肉体は静かに瞳を閉じた。
死んではいない。息はしている。
だが、石像になってしまったかのように動かない。
彼女らは今、瞑想をしている。
目を閉じながらも沸々と湧き上がる魂のエネルギーが、それを如実に物語っていた。