第1427話 竜は大地へ還る
最後の力を振り絞って合衆国機密兵器開発所中枢への強襲を図ったスピカ型のレッドラムだったが、本物のスピカが考案した「無人兵器の待ち伏せ作戦」により、ついにスピカ型は撃破された。
その顛末を、地上にいるロドリゴとカインは、パウンド・マイケル曹長から通信で伝えられていた。
『……というわけで、こっちは大丈夫! スピカ型のレッドラムも討伐されたよぉ~!』
「ふー……良かったぜ……。逃がしちまった時はやらかしたと思ったけど、ちゃんと対策は取ってあったんだな……。というか本物スピカも人が悪いぜ。いくらオレっちたちから情報が漏れないようにするためとはいえ、スピカ型に侵入されたら終わりなんてウソっぱちを教えるなんてよー」
『まぁ相手の能力が能力だっただけに、仕方なかったと思うよぉ。ともかく、これでようやく最後のグングニルが発射できる! あとはマードック大尉の合図に合わせて発射するだけだよぉ~!』
「なんとかグラウンド・ゼロが大陸を破壊する前に間に合わせることができたか。ヒヤヒヤもんだったぜ」
それからロドリゴは、近くで倒れていたカインとニコを助け起こすために、二人のもとに歩み寄る。まずはカインに手を差し伸べた。
「カイン、立てるか?」
「なんとか……。あぁ、背骨がマジ痛いっす……」
「派手に潰されてたからなー。ホントお疲れ様な」
ロドリゴがカインの手を取って立たせたが、カインはすぐにその場で膝をついてしまった。まだしばらくはこの場所で休ませておいた方がよさそうである。
次にロドリゴはニコを助け起こそうと、彼女の方を見る。
しかしニコは、すでに自力で立ち上がっていた。
そして、鋭い目つきでロドリゴを睨みつけていた。
それを見て、カインがハッと思い出した。今のニコは、敵と味方の区別もなく暴れる、理性なき怪物になり果ててしまっていることを。先ほどスピカ型が乱入してくるまでは、自分も襲われそうになっていたことを。
「マルティン少尉、今のブライアント少尉は……」
ニコに歩み寄ろうとしたロドリゴを、カインが止める。
しかしロドリゴは、警戒した足取りながらも、ニコに近づくのをやめない。
「ああ、オレっちも隠れながら見てたよ、ニコちんがお前に襲い掛かろうとしてたところを。でも、まだ分からないじゃねーか。スピカ型は今度こそ確実に死んだし、もうちょっと声をかければ落ち着きを取り戻してくれるかも……。なぁニコちん、オレっちが分かるかい?」
恐る恐る、ニコに近づくロドリゴ。
両者の距離、およそ一メートルほどまでに縮まる。
その瞬間、ニコがハイキックを繰り出した。
ロドリゴはスウェーでこれを回避。
今のニコのキックに、手加減はまったく見られなかった。直撃していれば、ロドリゴの頭がもげ飛んでいたのは間違いない。そう思えるほどの勢いだった。
「少尉……」
カインが、無念と心配が入り混じったような表情で、小さくロドリゴを呼んだ。
樹海の中に仕込まれている隠しカメラで今のシーンを見ていたか、施設中枢のマイケル曹長から再び通信が入る。ロドリゴを気遣っているような声で。
『……そこにいると、ニコちゃんがグングニルを巻き込んじゃう可能性がある。ロドリゴ、できるだけそこからニコちゃんを引き離して。その間にグングニルを発射して、ニコちゃんは後で、元に戻すための方法をみんなで見つければ……』
「いや……サンキュー、マイケル。気を遣ってくれて。けど、大丈夫だ。すぐに終わらせるからよ」
そう言ってロドリゴは、メリケンサックを取り出して両方の拳に装着した。敵を本気で殴り殺すときに使う、ロドリゴの武装である。
メリケンサックを装備したロドリゴを見て、カインもブレードを抜刀しようとしたが、ロドリゴに止められた。
「お前は休んでなカイン。まだ無理したらいけねーぜ」
「いや、しかし……」
「それに……オレっちがケリをつけてやりてーんだ。別にニコちんはそんなこと願ってないだろうから、これは完全にオレっちのエゴなわけだけど」
「でも、今のブライアント少尉を相手に一人は危険……」
……と答えながらも、カインは考え直す。
先ほどはスピカ型を追い詰めるほどの身体能力を発揮したニコであるが、そのスピカ型から受けたダメージはカイン以上に大きい。まだ絶命していないのが不思議なくらいである。これほど弱っているのならば、ロドリゴ一人でもどうにかできるかもしれない。
「……分かったっす」
カインはロドリゴの覚悟を聞き入れて、二人の結末を見守ることにした。
右の拳を引き絞って構えるロドリゴ。
その右拳には、『星の力』による暴風の渦が宿されている。
一方、やはりニコもやる気のようだ。
右足に黄金色の雷電を纏わせ、回し蹴りを繰り出す体勢。
歯茎をも剝き出しにした、怒ったような表情でロドリゴを見据えている。
「チカラガ……欲しイ……。もウ誰モ死なセナい、皆ヲ守れル、強いチカラガ……!」
「ニコちん……そんなモン、最初から持ってたじゃんか。そんな姿になるよりも前からさ……」
「アンタノチカら……アタシニ寄越セェェッ!!」
ニコがロドリゴに飛び掛かった。
反時計回りに勢いよく一回転しながら、右の飛び回し蹴り。
ロドリゴもダッキングで踏み込んだ。
引き絞った右の拳を、全力でまっすぐ突き出す。
「スマッシュ!!」
ロドリゴの風の拳と、ニコの雷電の回し蹴りが、真正面から激突した。
およそ人間の拳と足がぶつかり合ったとは思えない轟音が鳴り響いた。
ロドリゴの拳に激痛が走り、顔をしかめる。
今の激突、とうてい人間の拳が耐えきれるような重さではなかった。
右の拳は無残に砕かれ、おまけに雷電で焼かれて赤黒く焦げる。
「っつ……!!」
……が、ニコも無事では済んでいなかった。
硬いメリケンサックがニコの脛を破壊し、拳に宿っていた風が彼女の足を抉っていた。
「ああァァぁっ!?」
ニコが大きく体勢を崩した。
すかさずロドリゴが、左の拳でフックを放つ。
左フックを放つ瞬間、ロドリゴは一瞬だけためらった。
このまま、彼女の命を奪ってしまうことに。
だが、もう覚悟は済ませている。
先ほどマイケルやカインに決意表明したのも、その一環である。
自分にそう言い聞かせ、ロドリゴは渾身の一撃を放った。
「フィニッシュッ!!」
メリケンサックを装着したロドリゴの左拳は、ニコの顎先を打ち砕き、そのまま彼女を地面の上に叩き落とした。
大の字になって地面に倒れているニコ。
そんな彼女を、すぐ側で見下ろすロドリゴ。
「ニコちん……」
「ハ……ぁ……ホンと、サイ、あく……。アタシが、アンタに負けるなんてね……」
「……ニコちん、もしかして意識戻った?」
「ちょっと、だけね……」
どうやら、ニコが正気を取り戻したようだ。
だが残念なことに、彼女がもう長くないのは、誰が見ても明らかだった。
ニコは、朦朧としている意識をどうにか繋ぎ止めながらといった様子で、ロドリゴに声をかけてきた。
「……ゴメン、迷惑かけて。アタシの自分勝手に、アンタたちを巻き込んじゃった。自分で言うのもなんだけど、アタシってけっこう意志が強い自信があったからさ、予知夢の六人のホンドウジンみたいに、マモノ化しても意識を保てるんじゃないかって期待しちゃったんだよ。それで、アンタらと協力して戦えたらって……」
「まぁ、最終的にはこうなっちゃったけどさ、共闘は一応できていたワケだし、こうやって最後に意識は取り戻したし、ニコちんも十分にすげぇって思うぜ?」
「ふん……褒めても、何にも出ないっての……」
ニコが微笑む。
いつも気難しそうな表情を浮かべている彼女からすると、珍しい顔だった。
「それじゃ……先に大地に還ってるね……。アンタのヘッタクソなラップはぶっちゃけ嫌いだったけど、アンタ自体のことは、まぁ、そんなに、嫌いじゃなかったよ……」
「ああ、お疲れ、ニコちん。オレっちもニコちんの容赦ない言葉責め、クセになるくらい気持ち良かったぜ」
「……っふふ、ばーか……」
最後にそう言葉を発して、ニコ・ブライアントは息を引き取った。
覚悟はしていた。
それでもロドリゴは、胸にどこまでも深い穴が開いたような気持ちだった。
自分の一部が消失してしまったような。
半身、というものだったのかもしれない。
彼とニコの、奇妙な友情は。
「……父なる大地よ。また一人、貴方のもとに勇敢な戦士が逝きました。どうかその魂を受け容れ給え」
相棒の亡骸を前にして、ロドリゴは厳かな口調で、そう祈った。