第132話 ヤクーツクへ飛ぶ
金曜日の学校が終わると、予知夢の五人と狭山は急いで空港へ。
時刻は現在19時ちょうど。空はすっかり暗くなっている。
本来、空港へのチェックインは二時間前を推奨されているが、今回はマモノ対策室の権限を使った特別措置で、三十分前でも大丈夫とのことらしい。
チェックインカウンターへと向かいながら、狭山が日向に話しかける。
「ところで日向くん。前回の中国旅行の時は出国前にひと悶着あったらしいね?」
「あー、ありましたね。金属探知機のX線カメラに写らないんですよ、俺。だから今回もちょっと無事に出発できるかどうか……」
「ご心配なく! 今回は、空港にあらかじめ話を通してある! VIP対応を期待してもらっていいよ!」
「マジですか」
チェックインカウンターにて、自分たちの番がくる。
狭山が皆を代表し、カウンターの前に出る。
「どうもー。マモノ対策室の……」
「ああ、話は聞いております。パスポートを――――」
係の者に言われ、狭山は自身のパスポートを取り出す。
その様子を、日向は横からこっそり覗き見ていた。
(狭山さんのパスポート……生年月日とか載ってるんじゃ……)
先日、本堂と『狭山の年齢はいくつなのか』という話をしてから、日向はそれが少し気になっていたのだ。
……しかし、生年月日が記載されているページはあっという間にパラパラとめくられ、確認することは叶わなかった。
(ああ、ダメだった。もう直接聞いた方が早いなこれは)
チェックインを終えると、六人はセキュリティチェックへとやって来た。日向のトラウマポイントである。他の仲間たちはすでに検査を終え、X線センサーの向こうで日向を待っている。
「『話は通してある』って言ってたけど、大丈夫なんだろうな……?」
恐る恐る日向がセンサーのゲートをくぐる。
きっと、今回も日向はカメラに写っていなかっただろう。
しかし、職員は何も言わずに日向を通してくれた。
「はい大丈夫です。行ってらっしゃい」
「あ、あれ? 大丈夫なんですか?」
「ええ。マモノ対策室から話は伺っております。お気をつけて」
(すげぇ。マジでVIP対応だ……)
セキュリティチェックを抜けると、六人は待合室を通り過ぎ、そのまま飛行機へと向かう。
左手の窓から滑走路を眺めると、様々な航空機が停まっているのが見えた。
「狭山さん! 私たちはどの飛行機に乗るんですか!?」
「自分たちはアレだよ、北園さん。あの飛行機に乗る」
「アレですかー! ……ん? あれって……」
狭山が指差したのは、周りの航空機とは雰囲気が違う、どこか物々しい見た目の機体だ。シルエットも周りの航空機よりやや小さめかつスマートで、いかにもスピードが出そうだ。
まるで軍の基地からこの空港まで抜け出してきたかのような、鈍色の航空機である。日向も興味津々に見つめている。
「狭山さん、あれは……」
「ふふふ。自分たちの専用機さ。航空自衛隊から借りてきた」
「さっきからやること成すことのスケールのデカさよ……」
「はは、しっかり堪能するといい。これほどの経験ができる高校生など、そうそういないよ」
「ちなみになぜそこまでするんですか? 普通の飛行機じゃダメだったんですか?」
「ああ、それはね。自分たちは今回、ヤクーツクというロシア東部の都市に向かうんだけど、普通の飛行機だと午前中の便しかない。つまり、今みたいに金曜日の夜中に向かうという選択肢が取れない。そうなると、土日に日本に帰ってくるなんて到底不可能になるからね」
「な、なるほど……」
待合室を抜け、六人はタラップから件の航空機に搭乗した。
兵器然とした見た目とは裏腹に、中の雰囲気は明るめで、快適な空の旅が期待できそうである。五人はさっそく荷物を置いて、椅子に座る。
(そういえば、操縦士の姿が見当たらなかったように感じたけど、操縦士はどんな人なんだろう)
そう思い、日向が操縦席を覗きに行く。
するとそこには、コックピットに座り、鼻歌混じりに周りの機器をいじっている狭山の姿が。
「アンタが操縦するんかい!」
「ははは、御心配なく。ちゃんと操縦の方法は知ってるし、夜間のフライトに向けて昼間はバッチリ睡眠を取った。安全かつ迅速に君たちをロシアへ送り届けよう。さ、間もなく離陸を開始するよ。席についてシートベルトをお締めください、お客様」
そして19時30分。航空機は離陸し、日本を飛び立った。
◆ ◆ ◆
フライトは順調、五人は乗客席にて思い思いに過ごしている。
北園と日影は戦いに備え、狭山が製作したハンドブック『小学生でも生き残れる! 銃撃戦講座』を読んでいるところだ。
「うーん……死ぬ……」
一方、シャオランはダウンした。
彼は空を飛ぶ乗り物に弱い。
「ほ、ホンドー……。医者として、なにか良い対策はないかな……?」
「まだ医者になったワケではないが。そうだな……月並みだが、もうさっさと寝てしまうのが一番だろうな。眠っている間は乗り物酔いしないからな」
「そ、そうだね……そうしようかな……」
そう言ってシャオランは横になった。
一方の日向は、操縦席へとやって来た。
なかなか見れるものじゃないと思い、見学にやって来たのだ。
操縦席では狭山が操縦桿を握っている。
「おや、日向くん。見物にでも来たのかい?」
「ええ、まあ。……狭山さん、一つ質問良いですか?」
「どうぞ。自分に答えられることなら」
「では。……狭山さんって、今、年齢はいくつなんですか?」
「ああ、俺もそれが気になってたぞ、日向」
日向の話を聞きつけたのか、本堂も操縦席へとやって来た。
通路と操縦室をつなぐ扉からぬっと顔を出す。
「本堂さん。シャオランは大丈夫でしたか?」
「今は横になってる。あの様子なら、ほどなく眠れるだろうな」
「シャオランくんには辛い思いをさせてしまったね……。今度、よく効く酔い止め薬でも開発しよう。……ところで、自分の年齢だったね。戸籍上では35歳だよ」
「『戸籍上では』って……実年齢は違うって言ってるようなモンじゃないですか」
「そもそも、それではまるで『戸籍を偽装している』とも言ってませんか?」
「うん。自分の戸籍は、余所から買った」
「「!?」」
日向と本堂は、揃って目を丸くした。
日向はともかく、普段無表情な本堂も動揺を隠せないでいる。
「誰かがお金に困って売り払った戸籍を、自分が買い取ったんだ。この『狭山誠』という名前も、元はどこかの誰かの名前だったんだよ」
「あの……それは……戸籍ってそもそも、マトモに売ってるものなんですか……?」
「いいや。これはちょっと、いわゆる『裏の世界』のお話だね」
「う、裏の世界に通じてる人が、マモノ対策室のトップなんですか!?」
「もともとは雇われの技術者だったんだけどね。お上も、自分が得体のしれない人間だと承知の上で、その能力を買ってこの地位に就けた。ならば、自分は期待に応えるだけさ」
「……失礼ですが、狭山さんは真っ当な人間、なのですか……?」
「うーん、どうだろう。自分としては真っ当に生きてきて、真っ当な人間を目指して振舞ってきたつもりだけど、君たちからはどう見える?」
そう言われ、日向と本堂は顔を見合わせる。
狭山の人柄は既に二人もよく知っている。ここまでお人好しで、世話焼きで、和やかで、優秀で、しかしちょっと気の抜けた、親しみやすい人物もそういないだろう。思わず寄り添ってしまいそうな『暖かなカリスマ』を、二人は感じていた。
「……どうあれ、狭山さんは信頼できる人だと、俺は思います」
「そうか。そう言ってくれて良かった。自分としても、君たちの力になりたいという思いは本当だ。これからも全力で君たちをサポートしよう。……あ、ちなみにこの話はあまり人には言わないでおくれ。情報部でも知っているのはごく一握りなんだ」
「分かりました。……ところで狭山さん。良ければあなたの過去について伺っても?」
「うーん……それについてはトップシークレットとさせていただきたい」
「「ええー」」
日向と本堂が、揃って不満そうな声を上げる。
「すまないねぇ。自分の過去については本当に秘密にしておきたいんだ。お上にだって知らせていないからね」
「うーん……過去を隠すとか、怪しい……」
「そんなぁ。さっきは信頼できる人だって言ってくれたじゃないか」
「本堂さん。自白剤とか、作れます?」
「帰ったら作り方を調べておこう」
「おおぉう……そして自分が被験者か……。これは自分も対抗薬の開発を急がねば……」
和やかな空気に満たされながら、鈍色の航空機は夜の寒空を飛んで行く。
やがて時刻も遅くなると、狭山以外の五人は席に座って眠りについた。
◆ ◆ ◆
そして午前7時。
ヤクーツク空港にて。
「ついたーっ!」
北園の声がこだまする。
六人は無事にロシア、ヤクーツクへと到着した。
ちなみに、ヤクーツクと日本の九州に時差は無い。
地図で見れば、ちょうど九州の真上にヤクーツクがあるのだ。
現在は4月の半ばだが、ヤクーツクの町は雪に包まれている。
もこもこマフラーを装備した北園が、両腕を目いっぱいに広げて異国の空気を堪能する。そんな北園に、ひと際強い北風が吹きつけた。
「ぎゃー寒い!?」
慌てて北園は身を縮ぢこめた。
4月だというのに、ヤクーツクの風は相当な冷たさである。
「はは、なにせヤクーツクは世界屈指の極寒都市だ。冬になると、平均最高気温がマイナス40℃にもなる」
「最高がマイナス40℃!? 寒すぎでしょ!? バナナで釘打てちゃいますよ!?」
「打てちゃうね。バラの花びらもバラバラになっちゃうよ」
「すごい! ところで凍結能力使うの止めてもらえますか!」
「はは、申し訳ない。……おっと、彼らももう来ているみたいだ」
そう言う狭山の視線の先には、ワゴン車の前に立つ一組の男女の姿が。北園がタブレットの写真で見た人物たちと同じ顔だ。
「あの人たちが、北園さんの予知夢の……」
日向も二人を視認する。
少女はシャオランよりもさらに身長が低く、金色の瞳を持ち、髪は肩まで伸びたふわふわの金髪。少しクリーム色がかかった白色のコートを着こんでいる。『少女』とはいうが、データによれば彼女の年齢は25歳なのだが。
「ちっさ……。いやもうあれは完全に小学生でしょ……」
「日向くん。オリガさんは自身の幼い見た目を多少気にしているから、あまり彼女の前ではそういう感想は控えておくれ」
「あ、はい、分かりました」
もう一人の男性は、真っ黒な艶光りするオーバーコートに身を包んだ、銀髪ロングの男性だ。瞳は少女と同じく金色。こちらの背筋が凍てつきそうな、威圧感のある無表情を浮かべている…………が。
「なんだあれ。」
日向が、気の抜けた声を上げた。
なにせその男、手には「ようこそロシアへ!」と書かれた、なんとも親しみやすそうなプラカードを持ってこちらを見ているのだ。無表情で。
「今回の人たちも、一癖二癖ありそうだ……」
多少げんなりした顔で、日向は皆と共にその二人の元へと歩いていった。