第1426話 スピカ型の最期
ロドリゴの射撃を受けて、スピカ型のレッドラムは致命傷を負った。
「あー……これは、やられたかな……」
口から溢れるように血を吐きながら、スピカ型がそうつぶやく。
レッドラムの生命力は、人間よりはるかに高い。
心臓にあたる器官が破壊されても、肉体そのものに生命力が残っていれば、活動を続行することは可能である。
それを差し引いても、スピカ型が受けたダメージは致命的であった。
放っておいても、もう間もなく彼女は死ぬだろう。
「仮にもアーリア最強の超能力兵士であるワタシを倒すのは、予知夢の六人とか、ミオンさんとか、そのあたりだと思ったんだけどね……。さすがはこの星最強の軍隊、ちょっと甘く見すぎちゃったかなー」
致命傷を負ったことで、スピカ型はカインとニコを押さえつけていた”念動力”も維持できなくなっていた。
現在、その二人はすでに”念動力”から解放されているが、カインもニコもぐったりとしており、とても今すぐには動けなさそうな状態だった。
この中でまともに動けるのは、ロドリゴのみ。
彼はスピカ型にアサルトライフルの銃口を向けつつ、先ほど撃ち尽くした弾倉を抜き取り、新しい弾倉を装填しようとしていた。
その隙を見逃すスピカ型ではない。
とはいえ、今ここでスピカ型がロドリゴに攻撃を仕掛けても、彼女を正面に見据えてガッチリと警戒している彼を出し抜くのはさすがに難しいだろう。
よしんばロドリゴの不意を突けたとしても、カインとニコがジッとしてはいないはずだ。まだ二人ともぐったりとしている状態だが、スピカ型が下手な動きを見せたらすぐに起き上がり、トドメを刺しにかかるはずである。
だから、この三人はもう相手にしない。
スピカ型は”瞬間移動”を使い、合衆国機密兵器開発所の中枢を狙うつもりなのだ。
中枢を襲撃し、最後の力を振り絞って大暴れして、中にいる技術兵や通信兵を皆殺しにする。そうすれば、彼らが頼りにしている蒼いミサイル……グングニルの発射も妨害できる。そう判断した。
目の前のロドリゴの心を読んで、自分だけは絶対に中枢へ攻め込ませてはならないと注意しているのも把握した。
幽霊のスピカが言っていた通り、このスピカ型が今まで施設中枢に直接乗り込んでこなかったのは、地中にある中枢の正確な位置が分からなかったからだ。転移先を誤れば最悪、自分から地中に生き埋めになってしまう恐れもあった。
だが、先に施設内に突入させた通常個体のレッドラムたちの”精神感応”による報告を受けて、中枢の大まかな位置は知ることができた。今のスピカ型なら、”瞬間移動”で中枢に直接乗り込むことができる。
ロドリゴがアサルトライフルから空の弾倉を抜いたのを見て、スピカ型は作戦を実行に移した。
「この勝負、キミたちの勝ちだ。でも最終的な試合はこっちが勝たせてもらうよ。じゃ、さよならー!」
捨て台詞を残して、スピカ型はその場で姿を消した。
彼女の意図を察したロドリゴが慌てて弾倉を装填し、引き金を引いた。
だが、すでにそこにスピカ型の姿はなく。
ロドリゴが撃った弾丸は、その先の木の幹に虚しく弾痕を刻むだけだった。
「あ、しまった……! アイツ、今の口ぶりだと、施設の中枢に侵入したんじゃ!? あっちにはスピカ型の襲撃に対応できる戦力がミス・ミオン以外にいない! 彼女が中枢を離れていたらジ・エンドだぜ……!?」
そしてスピカ型は、作戦通りに合衆国機密兵器開発所の中枢内に姿を現す。
……が、その瞬間に銃声。
四方八方から銃弾を撃ち込まれ、スピカ型の身体はハチの巣にされた。
「ごほっ……!?」
突然の一斉射撃。
驚愕と、それにも勝る強烈な痛みで、ついにスピカ型は倒れ伏した。
「て……”瞬間移動”してきたと同時に、ワタシに射撃を……? 実戦経験に乏しい技術兵や通信兵に、そんな芸当ができるなんて思ってなかったんだけど……」
床に倒れながら、周囲を見回すスピカ型。
彼女の周りには、もともとこの施設を守っていた無人兵器、スパイダーやホーネット、それから人型兵器のガーディアンがいて、スピカ型を包囲していた。
「……ああ、無人兵器なら、普通の人間より圧倒的に速い反応で敵襲に対応することができる……。この子たちを施設内に配置しておくことで、ワタシの襲撃に備えてたのか……」
「そゆこと」
スピカ型のつぶやきに、誰かが返事をした。
見れば、そこには幽霊となっている、本物のスピカがいた。
「はー……。キミだと思ってたよ、こんな作戦を考えたのは。地上にいる三人には『ワタシに中枢まで侵入されたらどうにもできない』なんて言ってたみたいだけど、ウソを教えたね……? バリバリに迎撃準備を整えてるじゃん……」
「ウソは言ってないよ。万全の状態のワタシなら、たとえ”瞬間移動”先で敵に囲まれて即座に攻撃を受けていたとしても対応できたはず。でしょー?」
「まーね……。さすがワタシ、お互いに手の内は分かってるかー……」
「そうだ、せっかくこうして最後に会えたんだからさ、聞かせてよ。キミはいったい誰なんだい?」
「『誰』って……?」
「”読心能力”も、”瞬間移動”も、ワタシと同等の出力を持つ”念動力”も、ワタシ以外にも使い手はいた。でも、この能力を全部まとめて持ってるのは、アーリアの民の中でもワタシだけだったはず。そんなワタシのモノマネをしているキミはいったい、何者なんだい? その身体にはいったい、誰の魂が入っているんだい?」
そう聞かれたスピカ型は、くすりと笑った。
「薄々気づいているんじゃないー? こんなに強くて、こんな厄介な能力を持ってて、こんなキャラクターしてるのは、そりゃもうワタシ以外にいないでしょ」
「ありえない。ワタシの魂は確かにここにあって、王子さまに協力なんてしていないんだよ」
「それはそう。でもね、キミは一つ勘違いをしてる。あの時、キミが王子さまに殺された時、キミは王子さまに魂を傷つけられて弱体化させられたと思ってたみたいだけど、実際のところ、王子さまはあの時、キミの魂の一部を奪ったのさ」
「……ああ。そっか。たしかに深い傷というより、魂の一部がごっそり無くなっていたような感覚はあったけれど、あれはワタシの魂が破壊されたんじゃなくて奪われてたのか」
「そして奪った魂をご自身の”霊魂保存”で保管して、”怨気”で染め上げて、レッドラムとしての肉体を与えられたのがワタシってわけ。だからワタシは間違いなくスピグストゥリカであって、もう一人のキミなのさ」
「じゃあ、キミを吸収すれば、ワタシは元の能力を取り戻せる?」
「理論上はね。でも、やめといた方がいいと思うよー。今のワタシの魂は”怨気”でガッツリ汚染されてる。キミがワタシを吸収したら、第二のスピカ型が生まれるだけだと思うなー。大人しく、その魂が自己修復されるのを待つべきだね」
「ま、そうだと思ったよ」
短くため息をつく本物のスピカ。
それから、何かを思い出したように、本物のスピカが再びスピカ型に声をかけた。
「そういえばキミは……ニコちゃんがマモノ化する時、レッドラムとは思えない優しさを見せたね。ニコちゃんが人間でなくなるという事実をロドリゴくんたちに伝えて、彼らに彼女を止めさせようとした。キミなら自力で、一瞬でニコちゃんを止められただろうに」
「王子さまの”怨気”で染まってない、キミ本来の性格が残ってんだろうねー。まぁ、あの王子さまの性格を考えたら、オリジナルのワタシに人格を近づけるために、あえて一部を染めずに残してたって線もありえそうなのがねー……」
やがてスピカ型のレッドラムは、本物のスピカに伝えたいことはすべて伝えたのか、彼女から視線を外して正面を向いた。仰向けに倒れている今の彼女の正面に広がるのは、この機密兵器開発所の無機質な色をした天井のみ。
「……王子さま。レッドラムの身になっても、最後まであなたのお側にお仕えすることは叶いませんでした。どうか……お許し、を…………」
その言葉を最後に、スピカ型のレッドラムの肉体は崩れ落ち、血だまりとなって沈黙した。
恐らくは光剣型のレッドラムと並んだであろう強敵。
アーリア最強の超能力兵士を、ついに打ち倒したのである。
血だまりと化したスピカ型に、本物のスピカは、最後に告げた。
「キミは多くのアメリカ兵たちにとっての憎き仇でもある。だから、こんなこと言うのはアレかもしれないけど……ありがとね。ワタシの代わりに、最後まで王子さまに仕えてくれてさ……」