第1421話 それが彼女の意思ならば
「ニコちんが、人間やめるって……?」
スピカ型のレッドラムの言葉に、ロドリゴ少尉は衝撃を受けた。
構えを取ることも忘れ、スピカ型の話を詳しく聞こうとするほどに。
近くでその話を聞いていたカイン曹長も、いったん動きを止めてしまっていた。
そのロドリゴの様子を見て、スピカ型も話を続けた。
「あの子が最初に割った、あの蒼い水晶玉。あれはエヴァ・アンダーソンが能力で作り上げた『星の力』の結晶体さ。同じ『星の力』を凝縮して作ったオリハルコンと似ているけど、製造方法は違うみたいで、強度もガラス玉くらいしかない」
「そういえばニコちん、セントルイス攻略戦が終わった夜、なんかエヴァ・アンダーソンに会いに行ってたな。珍しいと思ったけど、あの時に作ってもらったのか……。じゃあ、ニコちんがあの水晶玉を割って出てきた蒼い気体は、『星の力』だったってことか……?」
「そのとーり。あれだけ高濃度の『星の力』を浴びれば、肉体が変質してマモノ化するよ。あの子は、予知夢の六人の本堂くんがマモノになっているのを見て、自分もマモノになればワタシに勝てるかもしれないと踏んだみたいだねー。それで、いつでもマモノに変化できるための道具を、エヴァちゃんに依頼したみたい」
「ニコちんが、マモノに……」
長らくつるんできたパートナーが、人間をやめてしまう。
ロドリゴは胸が苦しい思いだったが、それが彼女の覚悟なら、それでスピカ型を倒せるのならと、どうにか自分を納得させようとした。
しかしスピカ型は、話を続ける。
「でもねー、その方法には一つ、致命的な欠陥があるのさ」
「ち、致命的な欠陥だって? それはいったい……」
「あの子がモデルとした本堂くんが、マモノ化しても人間としての意識を保っているのはあくまで特例。いや、彼であっても、いつかは獣としての野生が人としての理性を侵食して、言葉を介さない魔獣へとなり果てるだろうね。そして大抵の人間は、マモノになった瞬間に理性が消し飛んじゃうのさ」
「んなっ……!?」
「そもそも疑問に思わなかったかな? そんな作戦を用意しているのなら、どうしてワタシと対峙する前に、あらかじめマモノになっておかなかったんだろうって。前もってマモノになっておけば、こうしてマモノ化の隙をワタシに狙われることもなかったし、キミたちに苦労を掛けることもなかったでしょ?」
「それは、確かに……」
「ワタシもあの子の心を読んで答えを知ったわけだけど、もしもあの子がマモノになって、理性を保つのに失敗したら、その場で暴れ出して敵味方関係なく攻撃する可能性が高い。そんな場合に備えて、理性を失くしてもワタシを巻き込んで暴れられるように、ワタシの目の前でマモノになろうとしたみたいだよー。……で、あらためて質問なわけだけど」
そう言ってスピカ型は、ロドリゴに顔を近づけた。
妖しく、そしてどこか艶めかしく微笑みながら。
「いいのかな? 大事なパートナーちゃんがマモノになっちゃっても。仮にマモノ化したことでワタシを倒せたとしても、その次はキミたちに襲い掛かるだろうね? そうなったら、キミはあの子を殺せるのかな?」
「う……」
「その気になれば、キミが作ったその岩の囲いごと、あの子を潰すのは簡単なんだよね。それでもこうやって忠告してあげてるのは、何も知らずにお仲間さんが化け物になる手伝いをしているキミたちが本当にかわいそうだと思ったからだよ。ほら、どうするんだいー? 今なら、まだ彼女を止められるかもだよ?」
ロドリゴのことをかわいそうだと言ったのは、本心なのか。
それともレッドラムとして、彼の絶望感を味わおうとしているのか。
ともあれ、ロドリゴとしては、どちらでもよかった。
なぜなら、もうすでに彼の中で、答えは決まっていたからだ。
「よく分かったけど……オレっちの答えは、コッチだぜ!」
ロドリゴが右拳で勢いあるストレート。
狙いはスピカ型の顔面。
あらかじめロドリゴの答えを読んでいたスピカ型は、後退して回避。
距離が開いたスピカ型に、ロドリゴはあらためて返答した。
「それが戦友の選択なら、オレっちは全力で援護するだけだぜ!」
「ふーん、良いんだ。彼女が怪物になっちゃっても?」
「その前に、こっちからも一つ聞かせてくれよ。ニコちんがオレっちやカインに何の相談もなくマモノになるって決めたのは、オレっちたちがこの作戦を知ったらニコちんを止めるって、アイツ自身がそう確信してたからだろ?」
「ん、たぶんそう。彼女はキミたちに対して申し訳なく思ってたみたい」
「だったら、ここまで来てニコちん止めるのは野暮ちんじゃん? 人を捨てる覚悟までした仲間の生き様、キッチリ見守るのがパートナーってモンっしょ! そもそも、ニコちんが理性を失うって、まだ決まったワケじゃないしなー!」
「あ、そ。ざーんねん。そりゃあキミたちが同士討ちしてくれたらラッキーだなーとは思ってたけどさ、心配してあげたのも半分は本心だったのにねー。じゃあ、キミにもう用は無いからどいてくれる? その子にパワーアップされて一番困るのはこっちだからねー」
スピカ型はそう告げて、ロドリゴに右手を向ける。”念動力”の螺旋の衝撃波で、ロドリゴを空間ごとねじり殺すつもりだ。そして同時に、その後ろにいるニコまでも。
これを阻止するため、ロドリゴはスピカ型の正面から踏み込み殴りかかる。間に合わなければ殺されるが、どうせ自分だけではスピカ型に勝てないのは百も承知なので、己の命を張ってニコを守る方に賭けた。
カインもまた、スピカ型の背後から斬りかかる。
そのカインの接近を察知し、左手をカインに向けてきた。
「心を読まずとも、こっちの接近もしっかり気づいて……ホント隙が無いっすね……!」
……が、その時だった。
スピカ型も、カインも、二人の視線を追ってロドリゴも、ニコが囲われている岩壁のフェンスに、皆が一斉に視線を向けた。
岩壁の中からまばゆい光が発せられ、その光が岩壁の隙間から強烈に漏れ出ていたからである。
そして直後、岩壁を貫いて、黄金色の雷のビームが発射された。
スピカ型、ロドリゴ、カイン、全員を巻き込む軌道と規模である。
「わわっ」
「わっとぉ!?」
「危ないっす!?」
三人ともすぐさまその場から飛び退き、ビームに巻き込まれるのを回避した。
それから三人は示し合わせたかのように、ビームを放ったニコの方を改めて注目。
ビームに焼かれて溶解し崩れ落ちた岩壁の囲いの中に、ニコの姿が見える。全身からスパークを放っているが、まだ人間の原型を留めている。しかし、非常に苦しそうだ。
「ぐ……ア……ち、チカラが、溢れて……あぁぁァァッ!?」
ニコの両手が肥大化し、爪も包丁のように厚く、そして鋭くなる。さらに皮膚も変質。濃い黄色に変色し、硬質化し、幾枚にも分かれ、まるで鱗のようになる。
さらに、彼女の背中からもメキメキと音が立つ。
背中が裂け、金の膜を持つ翼が生えてきた。
尾てい骨のあたりからは、太くもしなやかな尻尾まで現れる。
ニコが翼を広げ、全身から強烈な電流を発する。
彼女の周りに残っていた岩壁が、すべて吹き飛ばされた。
そしてニコは少し落ち着きを取り戻し、正面にいるスピカ型を睨みつける。彼女の瞳の中の眼孔は異様に細くなっており、まるで爬虫類のそれだ。
ニコが『星の力』によって変貌したその姿は、一言で表すなら『竜人』だった。